条件反射な僕ら

那須儒一

1 目標は高校卒業

 条件反射じょうけんはんしゃ。それは動物が経験により、後天的に獲得する反射である。


 有名な例として、梅干しを見ると唾がでるなどが挙げられる。


 僕の名前はむらじ 一心いっしん


 実家が連天源流むらじてんげんりゅうという居合道場を開いていたこと以外は、特筆すべきことなどない高校生だ。


 連天源流むらじてんげんりゅうの歴史は浅く、曾祖父そうそふが老後に暇を持て余したのを機に、独学で流派を立ち上げたのが始まりだ。


 独学で始めたが故に、免許皆伝や基本となる構えなども一切、存在せず。当然、弟子なんて1人もいない。


 連家むらじけの当主は一族の長子が引き継いぐこととなり、流派は現当主である僕まで受け継がれてきた。


 連天源流むらじてんげんりゅうの教えは、至極単純で“何時如何いついかなる時でも、切られる前に切れ”。それが全てだ。


 この教えにより、僕は物心ついた頃から前当主であった父親に、朝から晩まで斬り掛かられていた。


 時と場所を選ばない父の襲撃により、その都度、テレビのリモコンや箸といった手近な細長い物で反撃したいた。


 そのせいで、僕には“ある条件反射”が身に付いてしまった。


 それは細長いを持つと、反射的に間合いに入った者を“居合い斬り”してしまう。これにより、僕の学生生活は困難を極めていた。


 小学生の頃、帰宅途中に複数の上級生からカツカゲにあった。その時、掴み掛かってきた上級生を、たまたま手にしていたソプラノリコーダーで反射的に居合い切りをかまし、全員病院送りにしてしまった。


 その後、被害者たちが、僕が一方的に暴力を振るったと口裏を合わせ、僕は加害者となった。


 被害者、加害者間で示談が成立し、大事にはならなかったが、時代錯誤の野蛮な流派として、近隣住民から酷いバッシングを受け、連天源流むらじてんげんりゅうは道場を畳まざる終えなくなった。


 もともと社会からあぶれ、道場を心の拠り所としていた父は、この件で心傷しんしょうし、僕に当主を引き継がせ、自ら命を絶った。


 このことで僕は学んだ事が2つある。


 1つは、力だけでは物事を解決できないということ。

 もう1つは、長い物を持ってはいけないということである。


 父が亡くなって、母の実家で暮らすようになった。


 その後も母を悲しませない、誰も傷付けないをモットーに力を隠してきた。幸いにも母の実家は他県にあった為、ここでは僕を知っている人は誰もいない。


 僕の目標は高校の卒業だ。義務教育ではない高校は、少しでも問題を起こせば、すぐに退学となる。


 高校2年生になった現在も、他者とは極力関わらず、長い物はなるべく手にせず、こうして授業も真面目に受けている。


 そんな中、数学教師の田中の怒号が教室内に響き渡る。


「おいコラ!むらじ。何をボーッとしとるんだ」


 田中の怒りは収まらず、僕に向かってチョークを投げてきた。


 僕の居合い斬りを封印したいという、気持ちとは裏腹に、居合いの条件反射は以前と比べ更に磨きが

 掛かっていた。


 幸か不幸か、飛んできたチョークを手にしていたシャープペンシルを、目にも止まらぬ居合い斬りで見事に真っ二つにしてしまった。


 2つに割れたチョークは、僕の左右斜め後ろの席にいた、三岡みおか倉持くらもちの額に直撃する。


 一瞬何が起きたかわからない、数学教師田中は、気を取り直して授業に戻った。


 黒板に向かう田中を背に、クラス内のヒソヒソ話しが聞こえる。


「田中のヤツ、最近、株に失敗したとかで、機嫌が悪いらしよ」


「ええっ~、マジで。それで生徒に当たるとか、あり得ないわ」



「なぁなぁ、今飛んでったチョーク、確実にむらじに直撃する位置だったよな。それが何で、2つに割れて後ろの席の奴らに当たってんだ?」


「はぁ?お前、よくあの一瞬でそこまで見えたよな。普通にむらじに当たって砕けたんじゃね」


「でもなぁ…」


 ヤバいヤバい。あいつは確か野球部エースの村上だ。

 さすがの動体視力だけど、僕がシャープペンシルを振ったとこは見えなかったみたい…。


 今後は、授業中にペンはできる限り、手に持たないようにしなきゃ。


 僕の居合いはどんどん物を選ばなくなっており、手に持てない物が日々増えていっている。


 このままでは、いずれ大きな傷害事件を起こしてしまう。


 僕は無意識の内に他人から物理的、心理的に距離を取るようになっていた。


 ハァ~。前途多難な自身の人生を嘆き、溜め息が漏れる。

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条件反射な僕ら 那須儒一 @jyunasu

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