2匹目 射程範囲は前後5歳くらいだな

第1話 ロスタムくんとタハミーネちゃんです

「こっちがロスタム」


 オルハンが自分の右側にいる片割れの頭を叩いた。

 片割れが可愛くにっこり微笑んだ。


「ロスタムですぅ! お気軽にロスって呼んでくださいねっ!」


 エレミヤは「はあ」と頷いた。


「こっちがタハミーネ」


 オルハンが自分の左側にいる片割れの頭を叩いた。

 片割れが可愛くにっこり微笑んだ。


「タハミーネですぅ! お気軽にミーネって呼んでくださいねっ!」


 エレミヤはまたもや、「はあ」と頷いた。


 ここは双子の猫の武器屋、店の二階の従業員居住空間。部屋の奥には小さな窓があり、身を乗り出すとそこから通りを見下ろすことができる。


 古い絨毯の上に柔らかい麻の布を敷き、オルハン、双子、そしてエレミヤが腰を下ろしている。


 エレミヤは左右を見比べた。


 ぱっちり二重まぶたの大きな杏形の目、ちょこんとした鼻と唇、ふわふわの長い髪。どっちもまるっきり、完璧にお揃いの、双子の美少女だった。


「オルハンさん、双子の顔の区別ついてます?」

「たぶん」


 不安しかない。


「今はあってたっぽいな。ラッキー」

「ラッキー、じゃないです」


 双子が左右からオルハンにすり寄る。


「どっちとも可愛いのでだいじょうぶですぅ」

「どっちも可愛がってくださいねっ!」

「いや……いやいや……」


 ちゃんと、ロスタムに用事の時にロスタムを、タハミーネに用事の時にタハミーネを捕まえられる自信がない。


「今は区別つかなくてもいいから」


 オルハンがひらひらとあしらうように手を振る。


「そのうちわかるようになってくると思う。たぶん。きっと。おそらく」

「本当ですか?」

「片方に何か言えばもう片方にも伝わるし、できなかったらできないって言ってもう片方を呼ぶからなんとかなる」

「それって双子に失礼じゃないですかね?」


 エレミヤとオルハンが双子を見下ろす。

 双子が大きな黒目がちの目で二人を見上げている。


「ロスは意図的にミーネに擬態しているので」

「なんで?」

「ミーネもロスとお揃いがいいのでだいじょうぶですぅ」

「いや……僕の心情的にあんまり芳しくないんだって……」


 改めて双子を眺める。やっぱり、違いがわからない。


「強いて言えば、ロスのほうがおしとやかでミーネのほうがきゃんきゃんしてる」


 タハミーネだと思われるほうが「悪口ですぅ」と抗議する。


「わかったようなわからないような」

「わかってたまるもんですかぁーっ」


 エレミヤは溜息をついた。


「まあ、でも、名前の響きがぜんぜん違ってよかったです。特にアリアナ人の女の子って似たような名前多いじゃないですか」

「わかる。双子だからっておんなじような名前つけてたら間違えまくりだっただろうな」

「それにちょっと古風な感じですね。王書シャーナーメから取ったのかな」


 王書シャーナーメとは、アリアナ人に伝わる拝火教神話の物語のことだ。

 善なる光の神と悪なる闇の神が数千年におよぶ闘争を繰り広げる、壮大な善悪二元論を基軸にした創世神話である。今でもアリアナ人からは根強い人気があるらしい。

 一途に一神教を信じるマシュリク人にとっては本来禁書にすべき伝説だが、宮廷の官僚や御用学者がアリアナ人であふれ返っている今それをやると国家が転覆しかねないので、目をつぶっている。


 アリアナ人がうらやましい。

 今でも春分の日を正月ノウルーズと呼んで祝い、子供に王書シャーナーメに出てくる英雄から取った名前をつけ、あっちでもこっちでもアリアナ語の詩を出版している。

 建前だけ改宗すれば、内心では拝火教文化にどっぷりのままだっていいのだ。


 ルーサ人にもそういう割り切りが必要なのかな、と思う時もないわけではない。けれど、司祭の息子である自分がそれを言っちゃおしまいなので、我慢我慢の日々である。


 双子が唇を尖らせた。


「エレミヤさんは王書シャーナーメにもお詳しいんですか?」

「あ、いや、ごめん」


 苦笑して首を横に振る。


「いつかはちゃんと勉強しなきゃとは思ってるんだけどさ、なかなかそこまでは手が回らなくて」

「じゃあ王書シャーナーメのどこに『ロスタム』と『タハミーネ』が出てくるかは知らないですか」

「そう……だね、ごめんね。いつかは、がんばるよ」

「うふふー」


 双子はにやにやと笑った。知らないと言っているのに機嫌がいい。自分たちの文化についてプライドが高いアリアナ人にしては珍しい。普通はここで世界に冠たるアリアナ文化をもっと勉強しろと言われるものだが。


「お前ら変なイタズラはしなくていいからな?」

「ミーネたちがいつイタズラしたって言うですか!」

「こんないたいけで素直な子たちを捕まえて! ぷんぷん!」


 話を切り替える。


「で、双子とオルハンさんはどういう関係なんですか? 親子、ではないんですよね?」


 オルハンが「無茶言うな」と顔をしかめた。


「あ、でも、双子が生まれた時俺は十六だったな。かなり早熟だけど無茶ではないのか」


 双子がぶんぶんと首を横に振って「こんなパパ嫌ですぅ」と主張する。


「双子の親が『鷹』でな。つまり同僚よ。で、俺が『鷹』を辞めた三年前に預かったというか引き取ったというか」

「なるほど。で、その方は今どこに?」

「三年前に俺が辞めることを決意した事件で死んだ」

「この話やめませんか掘り下げたら暗くなる気がします」

「そうだなそれが賢明だな、またおいおいな」


 揃って首を横に振り「ロスはいいですよぅ」「ミーネもいいですよぅ」と言うが、こちらが気を遣うのだ。


「『鷹』だった双子の親父さんは人望の厚い人だったし、双子はこれでも手のかからないほうなんで、引き取るって言った人は他にいたんだけどな。なにせ双子にも精霊ジンの血が流れてるもんだから、俺が適任だろ、ってことになったんだわ」


 エレミヤはまたまじまじと双子を見つめた。


「双子も親御さんが精霊ジンなの?」


 ロスタムだかタハミーネだかが「正確には四分の一ですぅ」と答える。


「母方のおじいちゃんが精霊ジンだったんですって」

「残りの四分の三は人間でアリアナ人ですぅ」

「なるほど。じゃあ二人も体に模様が入ってるんだ」

「いやーん、えっち!」

「見せろなんて一言も言ってないからね」


 オルハンが「とうとう我が家にツッコミが出現した」と呟く。


「ま、そんな感じだ。あと何か質問があれば――」

「すみませーん!」


 店の出入り口のほうから声がした。知らない男性の声だ。

 双子がすぐに反応した。


「お客様だーっ!」

「お客様ミーネたちが対応しますですーっ!」


 そう言うと二人はあっと言う間に階段を下りていった。早い。


「あいつら接客が好きなんだ、ガチな用事があったら呼ぶからほっといていい」

「そんなもんですか」


 言われてみれば、最初にエレミヤを出迎えたのも双子であった。双子はいつもああして客を待ち構えているのだ。


 それにしても、三年前に親が死んでいるとは。あの無駄に陽気な双子からは想像もつかない暗い過去だ。二人は今十三歳だと言っていた。十歳で父親を亡くしたことになる。こういう言い方をするということは、母親も死んでいるか、何か特別重い事情があるに違いない。


 体内に精霊ジンの血が流れている――想像もつかない世界だ。


「ってことは、双子も何か魔法を使えるんです?」


 オルハンはあっさり頷いた。


「って言ってもさすがに四分の一じゃ大掛かりな魔法は使えないんだけど、あの二人は――」


 店のほうから双子の声が響いてきた。


「ご主人様ぁーっ、来てくださいーっ!」


 いやいやなのがあらわの顔をしてオルハンは立ち上がった。


「おっと? マジで武器をお求めの方か、またシャフィークあたりからのめんどくせぇお客か」


 エレミヤは緊張した。どちらにしても普通のことではない。


「僕はここで待っていたほうがいいですか?」


 オルハンが振り向く。


「何言ってんだ、来い。これからはお前にも仕事を手伝ってもらうって話だろ」


 あまり気乗りはしなかったが、そういう約束で武術を教えてもらうことになっているのだから仕方ない。

 しぶしぶ頷き、立ち上がって、オルハンの後に続いた。



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