第15話 思い返す

 ウィリアムはアナリアの言葉を聞き、ある記憶が蘇った。それはかつての恋人の記憶だった。彼女はとてもおしとやかで、いつも話を聞いてくれていた。人当たりがよくて、誰に対しても分け隔てなく接していた。そのせいでいつも嫉妬していたが、そのあとに慰めてもらっていた。それが心地よかった。彼女と付き合い始めて七か月がたったころ、彼女は出かけるといったきり、姿を見なくなった。そして数日後彼女の遺体が、自宅で発見された。彼女は自らの首を吊り、自殺した。ウィリアムは訃報を耳にしてからずっと泣き喚いた。彼女の身の回りを調べていくうちに、遺書が見つかった。そこには自分が自殺をするに至った経緯とウィリアムに対する思いが綴られていた。それを見たウィリアムは心を入れ替え涙を拭い、前を向いた。

 記憶から掘り起こされた彼女の声はずっとウィリアムの頭の中で反芻された。“私はあなたを信じています”。その言葉はウィリアムと彼女が、何の理由からか自殺することについて話し合っていた時だった。ウィリアムが「俺が自殺したら君はどうする?」と彼女に質問すると、「私もあなたに付いていく」と答えた。ウィリアムは冗談半分で受け止めていたが、彼女の目に映る真剣さはこれが冗談ではないことを物語っていた。そこでウィリアムは彼女にもう一つ質問を投げかけた。「どうして?」と問うと、彼女はこう答えた。「あなたが不当な理由で自殺をするはずがない。きっと正当な理由があるから」と。ウィリアムはそれに対して「何を根拠にそんなことが言えるんだ?信頼性なんて欠片もないと思うけど?」と聞くと、彼女は目を瞑り胸に手を当てこう言った。「私、こんな性格だからあなたに浮気していないかと疑われていると思っていたけど、今まであなたは私を信じてくれました。それと同じです。だから・・・」


 「“私はあなたを信じています”」


 ウィリアムはアナリアの言葉を聞き、洞窟の前で立ち止まってしまった。ウィリアムは後ろを振り向かずにアナリアに本当に最後の質問をした。

 「これが本当の最後の質問だ。これに答えられなかったら俺はここから立ち去る」

 そして、ウィリアムは振り返りアナリアに向かってこう言った。

 「君が俺のことを信頼しているという証拠を示してほしい」

 するとアナリアは両手を強く握り、条件を提示した。

 「私の願いをあなたが果たしてくれるなら・・・」

 「その願いの内容は?」

 ウィリアムがアナリアの条件を確認すると、アナリアは洞窟においてある自分の荷物を指さした。

 「私の願いはあの荷物の中の羊皮紙に書いてある」

 「それを見せてくれ」

 ウィリアムが言うと同時にアナリアは自分の荷物から丸めた羊皮紙を一枚取り出し、ウィリアムに見せびらかした。

 「これでどう?」

 「・・分かった。じゃあ証拠を見せてくれ」

 ウィリアムは半信半疑だったが、こんな状況で自分の願いに嘘をつける訳がないと踏んで承諾した。

 するとアナリアは腰にぶら下がっていた小さな剣を取り出し、剣先を自分の首元へ突きつけた。瞬時に察したウィリアムはアナリアに向かって駆け出し、声を上げた。

 「やめろ!」

 最悪、アナリアの首に剣が突き刺さることはなく、首の直前で止まった。

 「どうして止めるんですか?」

 剣を首元から離したアナリアは冷静な態度でウィリアムに質問した。まだ焦りを感じる表情でウィリアムは答えた。

 「どうしてって・・今君は、自殺しようとした・・」

 「そうです。あなたに証明するため」

 「なんでさっき出会ったばかりの男に自分の願いを賭けられる!?」

 「あなたを信じているからです」

 「・・・」

 ウィリアムは絶句した。彼女の行動が常識の範疇をはるかに超えていることに対して、恐れを感じた。“信じる”、それだけで自分の命を投げ打つことができるのか。それほどまでに彼女は追い詰められているのか。

 そう考えているとアナリアの口から本心が言い放たれた。

 「実は、あなたを信じることができるのは一つの理由と三つの証拠があるからなんです」

 

 

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