第12話 吉と出るか凶と出るか
そういえば、前にもこんなことがあったような気がする。
誰かの膝の上に頭を預けたまま、その人の話を聞いていた。それはとても優しい声で、高くなく低くないゆったりとした話し方は丁度聞き取りやすい声で、本の昔話を呼んでいた。内容は覚えていないが、その声を聴くだけでとても安心する。眠気を呼び起こされて思わず目を閉じた瞬間、すぐに夢の中へ誘われ、悪夢を見ることはなかった。
ふと意識が目覚め、目を開ける。視界に映ったのはどう見ても平らではなかった。天井は視線の先が一番へこんでおり、そこから広がるように狭くなっていっている。まるで洞窟の中のような雰囲気だ。そして視線の左下から聞こえるパチパチとはじけるような音はあまり聞きなれない音だ。さらに視線の右下からは何か固いもので乾いたものをすり潰すような、奇妙な音が聞こえる。その音が聞こえる度、顔をしかめたくなるようなきつい臭いが漂ってくる。
その正体をこの目で見ようと上体を起こすと、まず視界に映ったのは、小さな岩に腰を掛けながら何か作業をしている、簡易な衣装を身にまとった女性だった。髪は短く首の根本で切りそろえられている。そしてクッセル帝国では見慣れなかった茶髪だ。作業をしていて俯いているが顔は全体的に整っている。街で有名な別品さんなのではないだろうか。体型は座っているのでいまいち分かりずらいが、ウィリアムより少し背が高そうだ。それでいて、引き締まった体は男なら二度見してしまいそうなほど女性の魅力を放っている。
目の前にいる女性はウィリアムが起きたことに気が付き、作業から目を離し視線を上にあげた。初めて目の前の女性の顔を見たが、やはり美人だ。彼女は髪を耳にかけ、綺麗な口元を開き声を出した。
「傷、痛くない?」
彼女の口から出た声はなんともうっとりしそうな声なのだろう。夢の中で聞いた声と非常に似ている。絶対なんでも超人だと思っていると、突然背中が痛み始めた。彼女の口から言われて初めて、自分が背中を傷つけていることに気が付いた。痛みで顔をしかめ、背中を丸めたがこっちのほうが痛かった。姿勢をいろんな方向に変えていると、ちょうどいい姿勢を見つけた。背筋を伸ばすと傷が閉じ、痛みがましになる。
ウィリアムは目の前の女性に名前を聞いた。
「お名前は何というのでしょうか?」
あくまで騎士らしく丁寧に質問する。するとさっきよりも元気のある声で自分の名前を名乗った。
「私はアナリア。よろしく」
アナリアという女性はウィリアムから見て左の方にある焚火の光に照らされ、彼女の肌が橙色に染まっている。これほどきれいな女性が薄暗い洞窟にいることがそれはなんとも幻想的というか、非現実的な雰囲気を醸し出している。
ウィリアムもアナリアに自分の名前を伝えた。
「俺はウィリアムって言います・・ある国で騎士をやっていました。まぁ、今でもそうって言えるけど」
アナリアは関心そうな表情で頷いた。ウィリアムが出身国を口に出さなかったのは、ここで敵対関係になるのは合理的ではないと考えたからだ。せっかく助けてもらったのに、「クッセル帝国出身です」と言えば、相手がうちの国に因縁を持っていた場合大変なことになる。だからここでは控えることにした。しかし、相手もそれを理解していた。
アナリアは名乗るとき、自分の名前しか出していない。国はおろか職業さえも。まぁ、職業は目の前においてある器具を見ればなんとなくわかるが、個人情報を口にしなかったのは賢明だ。
ウィリアムは相手の動向を疑いつつ、自分を助けた理由について問いただした。
「なんで俺を救った?」
アナリアは少し俯き、ウィリアムを助けた経緯を話し始めた。
「少し躊躇われますが、話しましょう」
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