第10話 初めての戦闘

 ウィリアムは検問所の中にある、区切りの壁の前で立ち止まった。天井ギリギリまでそびえている壁を仰ぎ見た。木で出来ているが、とても超えようと思えない。物理的にではなく、精神的といった方がいいだろうか。後ろと壁の向こう側には筋肉質の検問者がウィリアムの行動を逐一観察している。少しでも変な行動をした瞬間、彼らは一斉に止めにかかるだろう。

 「手続きは終了しました。そのまま扉を開けて越境は完了です」

 ウィリアムは検問者の言葉を片耳で聞きながら、高揚に浸っていた。

 ウィリアムは今まで国外に出たことはあったが、一人ではなかった。戦いや作戦で団体として越境していた。一人で越境するのはこれが初めてだ。そして、越境を完了したとき、本格的にこの戦いが始まる。戦いが始まれば人の生死を問い、決断しなければならない。ここで心を決める必要がある。

 ウィリアムは息をフーっと吐き、大きく息を吸った。そして、扉の持ち手をしっかりと掴む。すると検問者は鉄の棒を扉から抜き、扉の開放を許した。ウィリアムは持ち手を持ちながら、奥に押し開ける。木独特の音を発しながらぎぃぃっと音を上げながら開いた。その瞬間、ウィリアムの心は一つの目的に限られた。


 越境を終えてから、早数時間が経った。道なりに進むと、山岳地帯らしき場所に移り変わっていった。周りはほとんど高い山が広がっており、山腹の道に沿って進まなければいけないらしい。かと言って、その道が細いわけではなく、意外と道幅は広い。道に草はほとんど生えておらず、石や岩が道の妨害をしている。脇道が傾斜になっており、少しずつ体力を削られていくが、ここで休憩などできるはずもない。いつ落石があるか分からない以上、むやみに休憩できない。

 しばらく歩いていると、広い場所に出た。向こうには道の続きがあるがそこに行くには広場を横切らないといけない。右手には山に続く崖が、左手には落ちたら恐らく戻っては来られないであろう奈落があった。少し覗くと、遥か下に木が生えている。広場を普通に通ってもいいが、何か不穏な空気を感じる。

 ウィリアムは目に見えない何かに警戒しながら、右の崖に沿って向こうの道を目指した。すると、崖からコロコロと数個の石が落ちてきた。落石の可能性を考え、広場の真ん中を歩くことにした。

 刹那、何かが高速でウィリアムの右横を通り過ぎた。その際聞こえた音、いや声が聞こえた。

 「お前、初心者か?」

 一瞬だがはっきりと聞こえた声は低く掠れた声だった。思わず身震いしたが、足に違和感を感じた。恐る恐る下を向くと、小さな刃が両足の甲に突き刺さっていた。その瞬間、痛みが遅れてやってきたが、足の甲を押さえることが出来ずに短く声を上げた。

 「ぐっ!!」

 何者かは右を通り過ぎた後、ウィリアムの正面で立ち止まったが、ウィリアムが小さな刃に気付くまでそれを眺めていた。そして、ウィリアムが声を上げると、掠れた声でウィリアムに話しかけた。

 「やはり、初心者か。普通なら急襲に気付くはずだが・・・お前、もしかして貧民街出身ではないな?」

 「・・どういうことだ?」

 ウィリアムが苦しそうな表情で聞き返すと、目の前の男は左手に短刀を逆手で持ちながら姿勢を低くして、襲い掛かるような体勢でウィリアムの質問に律義に答えた。

 「貧民街出身ならどんな手段を使っても生き残ろうと必死になる。だからいろんな技術を知らず内に習得していく。しかし、お前のような幸せ者にはそんな手段は知らない。だから俺の奇襲にも気付かなかった」 

 その男は、体をゆらゆらと揺らし、動きが読みずらい。

 ウィリアムは両足の刃を抜き、その二本を左手の崖へ放り投げた。ウィリアムも腰の片手剣を抜いた。戦闘態勢を取り、姿勢を少し低くした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る