第9話 クッセル帝国

 ウィリアムが属し、大国の中でも武力や生産力がほかの国よりも上回っている国、クッセル帝国。東から北を通り西に続いている山々に囲まれ、南には大海原が広がっている。国内の山からは鉄と石炭が毎年、使い切れないほど産出される。それだけでなく、海からは魚介類や海藻、入浜では良質な塩を生産している。国の食糧の四割はそれでまかなわれている。

 そんな鉄と石炭の埋蔵量が多い国で知られるクッセル帝国は問題を抱えていた。それは、資金不足という国にとって一大事の問題である。確かに鉄や石炭を利用して生産性を上げるのはどの国でもやることだ。しかし、山と海で囲まれたその国は、ほかの国から貿易をすることが少なかった。悪しからずしていないという訳ではない。山にある道はほとんどが獰猛な猛獣の住処を横切る形になるので、とてもではないが安全に貿易など不可能に近い。海から船を出そうにも、近くにある海流のせいで難破をすることがほとんどだ。唯一山に残された一本の大通りが、国外に続いておりそこから馬車や行商人がやってくる。しかし、安全とは言え山の中。何が起こるか分からないのが不安定要素といったところだ。

 そんな問題を抱えているところに、謎の人物が「力を与える」などとぼやいたが、まんまとクッセル帝国の皇帝は戦いに参加することを決めた。その代表が、今国外に続く道を馬で移動中のウィリアムという訳だ。ウィリアムは馬に跨り、ゆっくりと馬の歩を進めていた。アグラナの町を出てから、盗賊や猛獣に襲われることなく安寧を謳歌している。実際には各国が国を挙げて戦おうとしているが。

 町を出て数時間たったころ、国境を警備する検問所が見えた。灰色の石を用いて建てられたこの検問所は容易に国境を超えることを許さない。その厳格さを象徴する建物は目にするだけでも威圧感がある。

 検問所の前で馬を止め、近くの木に手綱を結んだ。ウィリアムは検問所の扉を二回、軽く叩いた。すると、一人のガタイの良い大男が出てきた。

 「越境ですか?」

 騎士の服装とは違う紺色の服装に身を包んでいる。上下とも同じ色で、特徴と呼べるものがほとんど取り除かれている。所々衣嚢が付いているが、それでも九割近くが何も装飾されていない。これを着ていたら飽きるなぁと思っていたウィリアムに大男がさっきより強い言い方でもう一度同じ質問をした。

 「越境ですかっ?」

 そう言われて自分がさっきから何も話していないことに気が付き、検問者に返答した。

 「あぁ、そうです。越境です」

 そう言うと検問者はウィリアムを建物の中へ促した。建物の中は外見に比べ、意外と明るい雰囲気だった。壁は外よりも少し白く、石で出来た正方形の板が壁に満遍なく貼り付けてある。二階が吹き抜けとなっており、二階の天井には豪華そうな照明器具がぶら下がっている。

 そしてこの空間の中で異彩を放っているのが、奥の空間と手前の空間を区切るように設置している高い木製の壁だ。空間を二分する壁は、天井までは届かないがかなり高い位置で隔てられている。壁には小さな格子がいくつもあり向こう側の部屋が見える。恐らくこの建物が丁度国境を跨ぐ形で建てられているのだろう。

 手前の空間には灰色の絨毯が一面に敷いてあり、その上には幾つもの煌びやかな家具が丁寧に並べられている。奥側の空間は特に変わった装飾はなく、質素な雰囲気の家具が設置してある。

 区切りの開閉部分である扉には鉄の棒が中に通っており、これをどうにかしないと向こうに渡れないらしい。

 「そこに座ってください」

 検問者は手前の空間にある、机に付した対面した椅子に座るように促した。検問者は区切りの壁よりの椅子に座り、ウィリアムはその反対側に座った。そこから数十分の間、越境する理由や期間、その他諸々を聞きただした上に、申請書である羊皮紙に署名し、手続きは完了した。あとは越境するだけとなった。

 

 

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