第8話 面白い店主

 ウィリアムがカルトの屋敷から出た途端、雨が降り始めた。急いで近くの屋根のある場所まで走った。おもむろに走り出し、避難した場所は調合屋だった。調合屋とはいろんな薬草で薬を作る店のことだ。大概、地域で認められた調合士が店を構えているが、国外では詐欺まがいの商売をやっている店もあるらしい。

 町の大通りに面している建物はすべて窮屈そうに並んでいる。どれも簡素な石造りの建物だが、その中でこの店は最も異彩を放っている。なぜならほかの店は綺麗な石で出来た建物を構えているが、この店はすごく本能的に興味を刺激される。

 興味のままに、ウィリアムは木製の扉を開けた。ぎぃっと古びた音が店内に響くと、奥の接客台で調合していた店主らしき人物がこちらの入店に気付いた。店主の外見は、ウィリアムの予想に反し、肩幅が広く高身長だった。四~五十代ぐらいだろうか。頭頂部は禿げており、顔にはいくつかのしわが見える。目元は少し垂れ目だがくっきりとしており、口元には外見に反して、微笑が浮かんでいる。体型にぎりぎり合うような青い服の上に、白色の前掛けをしているが、所々大きな緑色の飛沫らしき模様が付いていて、客の第一印象は若干下がるような気がした。

 店主は来店者に対して、元気のよいドスのきいた声で挨拶を言った。

 「へい、らっしゃい!」

 ウィリアムはあまりの声量に思わず耳を塞ごうかと思ったが、相手に失礼なので思いとどまった。

 木で出来た店内には、同じく木製の商品棚にずらーっと大量の薬が並んでいる。中に入っている物は液体だけでなく、薬草が入っている物もある。薬草独特のにおいが店内に漂い、いい匂いが鼻に入ってくることもあれば、反対に顔を背けそうになるくらい強烈な臭いまでもが鼻腔を刺激する。

 店を見渡している来店者を気にせず、店主は両手を接客台につけ、続いて二言目を発した。

 「ご用件は?」

 特に理由なく訪れたウィリアムはとりあえずその場しのぎの返答をした。

 「えっと、旅で使えるような長持ちするような薬ってありますか?」

 意識せずに出た言葉だったが、実際これから長旅をするのでどっちにしろ都合がよかった。すると店主が困ったような顔をしてウィリアムを眺めた後、質問を投げた。

 「具体的にどのような薬でしょうか?」

 ウィリアムは少し考え、とりあえず必要であろう薬を言った。

 「体調を整える薬と、滋養強壮の薬と、あと・・・」

 そこまで言って、ウィリアムはおふざけ半分でこんなことを聞いた。

 「・・毒とか」

 「はぁ?」

店主はウィリアムの言葉に素で驚いた様子だった。ウィリアムを否定しようと店主が口を開いた。

 「そんなもの、ここには・・・」

 店主はそこで口を止めた。そして、何か考えるような仕草をするとこんなことを言った。

 「いや、店の奥にまだ試してない薬があったなぁ・・」

 「へ、へぇー」

 店主のある言葉に少し恐怖を覚えたをウィリアムは、何か危機感を覚え店から出ようとした。

 「ちょっとそこで待ってろ」

 言い方は鋭いが優しい口調で発せられた言葉はウィリアムを店から出ることを許さなかった。そして店主は接客台の向こう側の扉に姿を消した。

 数分後、接客台の奥の扉が開き、店主の右手には謎の液体が入っている小瓶が握られている。それを接客台に置いた。ウィリアムはとりあえず店主の話を聞こうと接客台の前まで近づいた。そして店主はこの薬の説明をし始めた。

 「これはだな、俺が夜の二時ぐらいに睡魔と戦っている間にできた代物だ。材料は残念ながら覚えていない。眠たかったからな。んで実験台のネズミに数滴飲ませたところ、ずっと苦しそうに身をよじっていたが、十分と経たずに死んだ」

 店主が真顔のまま薬の説明をしているが言っていることはえげつない。ウィリアムは顔をしかめながら説明を聞いていたが、こんな危険な薬は受け取れない。冗談半分で言った口から出まかせだが本当になってしまうとは思っていなかった。これからは自分の発言に気を付けようと思った。

 そして店主は説明の最後に一言だけウィリアムに言った。

 「買うか?」

 「買わんわ‼」

 ウィリアムは思わず大声を出してしまったが、店主は臆することなくさらに購入を勧めた。

 「毒が欲しいって言ったのはあんただぜ?買う義務はあると思うが」

 「いやいや、こんな危ない薬は受け取れない。正しく処理して捨ててください」

 「そうか・・・」

 店主はこの薬を買ってくれなかったことに、悲しそうな表情をしたがさすがにそんな顔をしても買えない。

 ウィリアムは商品棚から“調体薬ちょうたいやく”というものと“強壮薬きょうそうやく”なるものを手に取った。その二つは普通の瓶の大きさで何日も飲めそうだった。二つを持ち接客台で勘定を済ませるため、台に乗せる。すると、店主は接客台の下から何かを取り出し、台に乗せた。それはさっき説明を聞いたヤバい薬だった。

 「会計は調体薬と強壮薬と、これの三つだな」

 「それは欲しくない!」

 ウィリアムは店主に向かってツッコミを入れた。

 「“正しい処理”ってこういうことじゃないのか?」

 ふざけているのかふざけていないのか、分からない表情でそう言った。ウィリアムはすぐさま否定した。

 「“正しい処理”っていうのは、水で薄めたり、森に捨てるとか害のない処理の仕方のことを言ったんだ。俺に売るのは正しい処理じゃ断じてない!!」

 もう何が何だか分からないやり取りをしているうちに、ウィリアムはこの店主には勝てそうにないと思い溜息を吐きながら店主に妥協することを伝えた。

  「はぁ~、もういい、分かった。俺が買い取る」

 そう言うと店主はウィリアムを出迎えた時の笑顔で感謝の言葉を述べた。

 「お買い上げ、ありがとうございます!」

 その言葉を聞き、ウィリアムは店の扉を開け外に出た。

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