第7話 愚か者

 カルトは部屋を出た後、自室とは真反対の雰囲気である屋敷の庭園へ足を運んだ。庭園は自然の芝生で覆われており、日光を反射している鮮やかな黄緑色が屋敷の荘厳さを良い感じに醸し出している。

 カルトは屋敷の向こう側にある小洒落た小さな建物の前に着いた。その建物は、真上から見ると正六角形の建物で、窓や扉だけでなく壁も存在せず、六本の大理石製の支柱によって大理石で出来た屋根を支えているだけの建物だ。そこに机とともに置いている木製の椅子に腰を掛けた。

 椅子に深く座り、体重によってずり落ちていく自分の体を俯瞰し、溜め息を吐いた。数分後、短剣で弄んでいた付き人が屋敷を回り、こちらの建物に近づいてくるのが視認できた。カルトはそれに気づきながらも気付いていないふりをし、声を掛けられないように下を向いた。しかし、その考えが安易に見破られそのことについて苦言を呈された。

 「副騎士長とどれだけ一緒にいると思ってるんですか」

 後ろで腕を組みながら、カルトを馬鹿にするような発言に思わず騎士らしからぬ暴言を吐きだしそうになったところを大分堪えて、ましな発言をした。

 「捉えようによってはきもい」

 正面を向きながら、加えて真顔でそのような発言をしたので、短剣の付き人は少し悲しそうな表情でやれやれと言わんばかりに両手をひらひらしている。そして両手を下げると、真面目な声で何かを知っているかのように肯定を促すような物言いでカルトに疑問を投げかけた。

 「・・知ってましたよね」

 「・・・」

 カルトは宙を眺めながら、付き人の発言を聞き流した。無視を通そうとするカルトに付き人はさらに核心を突いた質問をした。

 「今まで賭けを申し込まなかったのは、自分が負けることを理解していたからですよね」

 その言葉を聞いたカルトはさすがに黙っておれず、イスから身を乗り出しながら、建物の外にいる付き人に叱咤した。

 「今の言葉は無礼に値するぞ‼今すぐ訂正しろ!!」

 カルトは険しい顔で付き人に叱責したが、付き人はすぐに頭を下げ、謝罪の意を示した。しかし、カルトは付き人の謝罪の速やかさに取り繕っただけの謝罪のように感じられた。

 カルトは表情を緩め、まだ少し怒りを感じるような気の籠った声でその態度の詳細を求めた。

 「お前らしくない。なぜそんなに薄っぺらい謝罪をする。理由を聞こう」

 付き人は顔を上げ、澄んだ声で淡々と理由を述べた。

 「・・副騎士長が図星だと言わんばかりの態度をとり、叱責の理由を理解できなかったためです」

 理由を述べながら、少し皮肉めいた事を含めたその言葉に再度憤りを感じそうになったが、表情には出さずに怒りを抑えた。なぜなら図星だと指摘され、さらに叱咤をするのは愚者の行動だと咄嗟に判断できたからだ。

 怒りを抑え、付き人の考えを聞いた。 

 「図星・・・何に対するものだと考える」

 「副騎士長様が、騎士長様に負けることに対するものだと考えています」

 これもまた見抜かれており、呆れたのか諦めたのか大きなため息を吐き出し、心中を吐露した。

 「あいつは初めから何か特殊な力を持っていると薄々感じていた。それが本当だと感じたのは騎士長任命式の時だ。騎士長は推薦で選ばれるが、あいつの親父である元騎士長は自分の息子を贔屓するような人間ではないと知っていた。だから、俺が騎士長になれる自信があった。結果は今の状況を見ればわかる。」

 カルトは俯きながら自分の過去とウィリアムの過去を思い出しながら話した。

 「最初、あいつが選ばれた時、やはり贔屓されていると思った。しかし、よく考えてみれば俺も知っていた。あいつは、努力を惜しまない。反対に俺は姑息だった。どんな手を使っても騎士長になると意気込んていたせいで、悪の手にも染めた。それを誰かに見られてでもいたんだろう。最終的には腕前と執拗さから副騎士長に任命されたが、今ではもうやる気が起こらない・・・」

 カルトは自身の過去を振り返りながら、自身がどれだけの悪なのかを認識し、自分の行動を恥じた。

 動物の唸るような重低音とともに街の上の空が曇ってきた。そして、雨がポツリと一粒、付き人の手の甲に当たった。それを期に、雨は次第に勢いを増し、土砂降りになった。付き人は建物の中に入り、カルトの傍に移動した。

 カルトは雨にかき消される程度の声量でポツリと呟いた。

 「・・俺は愚か者だったな」

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