第6話 賭け《Bet》

 「旅立つ前に、一つ俺と賭けをしろ」

 カルトは突然、ウィリアムとの賭けを持ちかけた。

 「賭け、だって・・・何の」

 俺は顔を歪め、カルトに賭けの内容を聞いた。

 「お前の“運命力”を確かめる賭けさ」

 カルトがそう言うと、五人の盗賊、ではなく付き人の一人に向かって、こっちへ来るように手で合図を送った。すると一人の付き人は、手に短刀を携えたままカルトが座っている主座の後ろに回り込んだ。そしてカルトはその短剣を受け取り説明した。

 「今からこの短剣をお前に向かって垂直に投げる。投げた短剣はお前の頭部を正確に狙う。が、絶対に避けるな。お前の度胸が足りず避けた場合、何らかの形で代表を降りてもらう。それには死ぬことも含まれる」

 俺は生唾を飲み込み、理不尽な賭けだと理解しながら詳細を聞いた。

 「どうすれば俺は生き残れる」

 俺の心は恐怖に満ちていた。カルトは昔からひどいことをする男だと認識していたが最後の最後で、どの道を選んでも“死”だけが待っている残忍な賭けを持ち込んできた。背中には汗が流れ、脈拍は速度を増す、視点は一点に定まらない。

 そんな極度の緊張状態の中、カルトから発せられる声に耳を澄ませた。

 「

 不敵な笑みを浮かべた顔とともに憎しみと愉悦を含んだ声が、俺の両耳からゆっくりと侵入した。やはりあの男はひどい奴だ。

 この世界で賭けとは自分の運と力、その他多数の能力によって左右され、勝ったものは自信を、負けたものは自身を失う。しかし、負け、つまり自分を失う覚悟がある者の中でさらに、賭けに対して日常とは違うという感覚に溺れ、不安や恐怖を克服し賭けに快楽や愉悦、高揚を感じるという変質者は大体賭けに失敗しない。カルトもその中の一人である。騎士隊に入ると生活援助が国から出る。反対に制限されることもある。例えば、買春、賄賂、賭博、その他諸々。カルトは禁止されているのにも関わらず、賭博に頻繁に手をかけていた。副騎士長の位とクアトリカ姓の権威を行使し、今まで発見・密告されなかったほどの賭博中毒。今まで俺に賭けを持ちかけなかった理由は分からない。しかし、今その中毒性が仇となった。カルトの手がぶれる可能性を信じるか、あるいはもう一つの可能性を信じるか・・・。

 「俺はお前が死ぬことに賭ける。お前はどうする、ウィリアム」

 カルトの顔から気色悪い笑みは消え、真剣さが伝わる鋭い目つきに変わった。手に着けている滑り止め用の手袋で額の汗を拭き、自信を満たした声で宣言した。

 「なら俺は死なないことに賭ける」

 「・・じゃあ、生きてみろ」

 カルトは右手に持っている短剣を座ったまま、腰ごと右に捻り短剣を射出した。それは軌道が揺れることなく一直線に俺の眉間に迫ってくる。尖った剣先が段々と大きく見えてくる。そしてカルトの予想通り、頭部に突き刺さる・・・ことはなく、短いうめき声だけが部屋に響いた。

 「ぐぅっ‼」

 俺の眼前にあったのは、自分ではない誰かの右手と、そこに刀剣が収まり、掌から血液が垂れている図だった。少し視線を左に移すと、手の持ち主がいた。

 「・・ありがとう、マッソ」

 その人物は、俺が町に入る前に出会った盗賊、ではなくカルトの付き人の一人であるマッソという人物だった。その人物はこの街に入る直前、俺が投げかけた問いに対して一番最初に反応した人物だ。そして何より、俺の元付き人だ。

 「うぅ、こんなはやめてください」

 「はは、ごめん」

 マッソは右手で掴んでいる短剣の刀身を握り、痛そうな表情をしているが、それを我慢しながら俺に注意した。そして俺はしっかりと感謝の念が籠った謝罪をした。

 カルトは予想外、という表情は出さず何食わぬ顔で二人の様子を眺めていた。そして、深い溜息を出しながら立ち上がり、部屋の扉に向かった。二人の隣を通り過ぎても何も言わず、扉の前で立ち止まると一言だけ呟き、退出した。

 「“運命力”では、お前に敵わなかった・・・」

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