第5話 好敵手との対峙
俺が案内されたのは、先程眼の前にあったアグラナという小さな町だ。副騎士長であるカルト・デル・クアトリカはその町の管轄で、一番高い屋敷に居座っている。
アグラナという町は中心街から一番近い町だが、直線距離で二キロほど離れている。移動手段は馬か徒歩しかないので移動には不便だ。しかし、それを補うほどの活気がこの街には存在する。憎しみしか興味がなさそうなカルトが管轄する街とは到底思えない。
呑気なことを考えていると俺はあることをを思いついた。カルトは騎士の中でも相当頭が回る人物だと認識していた。しかし、彼が差し向けた五人には鎧がない。騎士であれば外出をするときは鎧を身に着け、剣を腰かどこかに身に着ける義務がある。その義務を放棄してまで自分をここまで連れて行こうとしていたのか。もし、義務を放棄していたのならまず王が黙っていない。この国では法、義務、責任、権利などには他国に負けないぐらい頑固な国だ。ならば、王が特別に許可したのだろうか。代表が国から旅立つことよりも、国の代表を副騎士長のもとへ連れていくことが大事なのだろうか。王は一体何を考えているのか。
「ここが副騎士長の書斎だ、待ってろ」
気付いた時には屋敷の中に入り、カルトの書斎の部屋前についていた。先頭の人物が書斎の扉を軽く二度叩き、声をかけた。
「副騎士長様、連れてきました。入ってもよろしいでしょうか」
すぐに扉の向こう側から低い声で「入れ」という声が聞こえた。そして先頭の人物が扉を開けると、広く仄暗い部屋の色が目に入った。部屋は窓がなく、明かりは燭台に入った蠟燭がぼうっと部屋を照らしている。しかし、間隔が遠いせいで全体的に暗い雰囲気だ。だがその暗さがカルトの性格を表しているように見えた。
「ウィリアム、代表に選ばれたんだってな。おめでとう」
意外にもカルトは代表に選ばれたことを素直に称賛してくれた。カルトは長い間ここから中心街に行ったことはなく、仕事はここを拠点としている。任務を受け取る際は、伝馬役から聞き出すようで任務以外は外へ出たがらない、陰気な性格の持ち主だ。だから、代表に選ばれたことは知らないと思っていたが、すでに伝わっていたようだ。
「それは、どうも」
俺は素直に返事をした。カルトとは訓練兵の時からの馴染みだったが、思い入れや信頼などはない。カルトは俺のことを酷く嫌っている。一度過去に俺がカルトに直談判をし、嫌う理由を聞いたがその時は黙秘を貫いていた。
「農民出身が・・・代表に・・」
カルトは下を向きながら小さく呟いた。俺はその言葉を気にしなかったが、カルト自身は誠心誠意真心を込めた嫌味だったのだろう。その言葉をきっかけにカルトの口はさらにひどくなった。
「俺は元から騎士の生まれだったが、農民出身のお前から地位を奪われる可能性を感じた時から、俺は焦りと怒りと憎しみと嫌悪が心を渦巻いて、しっかりした睡眠はここ十年は取れていない」
薄暗い書斎で淡々と語るカルトの目にはしっかりとした意思が見て取れた。俺を負かすというしっかりとした意志の上で副騎士長という地位の上に座っている。その思いはきっと俺は持っておらず、その思いを武器にしてカルトと戦えば勝機はないだろうと感じた。それはあまりにも強大で、執拗で、確実で、誰にもあの思いは掃えない。
誰かが言った。彼は復讐の鬼だと。確かにそうだ。カルトは復讐心の強い男だ。だが彼に限ったことではない。彼の家柄が問題だ。復讐心が彼の家に芽生え始めたのは
祖父の時代からだ。彼の祖父は今まで通り、騎士の名誉を受け継ぐに値するほどの実力者だった。しかし、ある戦争に参加していた農民に手柄を取られ、騎士の称号が剝奪寸前まで陥った。しかし、その農民が彼の祖父を密告し、賭博をやっていることを明らかにした。その出来事は騎士の称号を剥奪するに値する罪だった。騎士の称号を剥奪された彼の祖父は牢獄に捕らえられ、十年間そこで過ごした。やっとの思いで出ることができた彼の祖父は復讐心を抱いた。必ず復讐を果たすという意思を後世に残し、この世を去った。それは彼の祖父から父親へ、そしてカルト自身に受け継がれた。その復讐心は当時よりもより力を増しているという。
子孫に伝承するとより強くなる他人への執着力、それが彼の力だ。
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