第5話 名前の由来


―――


――五日後


 黒木先生もあれから何の動きもないし、私の周りは平和に戻りつつあった。ただ変わった事が一つ。私の志月に対する態度。

 あの時から妙に気になるんだよね。後ろから声をかけられたり名前を呼ばれたりするとドキドキしちゃってる自分がいる。私、どうしちゃったんだろう……


「由希!」


 ドキッ!き……きたぁ~~!!


「な、何でございましょう!?」

「黒木の奴、あれから何もしてこないか?」

「うん……声もかけてこないよ。」

「そっか。良かった。」

 ホッと息をつくと肩を竦めてみせる。そして男子の友達の元へと戻っていった。


「『良かった』って、どういう意味なのよ……」

 背中に向かって呟く。まぁ、聞いたところで『パートナーだからな』とか何とかって返ってくるんだろうけど。


「はぁ~……」

 溜め息を吐いて頬杖をついた。




―――


「綺麗……」

 私は部屋のベランダに出て月を見上げていた。透き通るように綺麗な満月だった。

「ホントに綺麗。こんなにはっきり見えるなんて珍しいな。」

 独り言を呟いていると、隣の部屋の窓が開いて志月がベランダに出てきた。

「おい、何一人で黄昏てんだよ。」

「げっ!何であんたが出てくるの。せっかくいい気分だったのに台無しじゃん!」

 ドキドキと跳ねる心臓を抑えながら憎まれ口を叩く。それでも志月は気にせず、私と同じようにベランダの柵に凭れてこっちを向いた。


「失礼だな。俺だって月を見たい時ぐらいあるさ。」

「意外……あ、そうか!志月っていう名前だもんね。月に何か関係してるのかも。ねぇ、名付け親ってご両親?」

「あぁ、親父がつけたんだ。俺が生まれた時すげぇ綺麗な満月でな。それで。」

「へぇ~」

「……」

「…………」

 何故か沈黙が落ちる。き……気まずい。何か話さなきゃ、何か……


「あの!」

「ん?」

「いや、別に……月が綺麗だねって言おうとしただけ。アハハ……」

 作り笑いを浮かべる。あれ?でもどこかの誰かが『アイラブユー』を『月が綺麗だね』なんて訳したんだっけ。ヤバい!志月が深読みしたら誤解されちゃうかも……


「そう言えば詳しい話、まだ聞いてなかったよね。私が何でDEVIL HUNTERに選ばれたのかとか、志月は何処から来たのかとか。」

「あぁ、そうだっけな。長くなりそうだからお前の部屋に入ってもいいか?」

「う、うん。別にいいよ。」

 私が頷くと、志月は開いたままの窓から私の部屋に入って来た。


「座るぞ。」

「どうぞ。」

 どかっとローテーブルの前に置いてあるクッションに座る。私は何故かベッドの端にそっと座った。


「まず、俺が何処から来たのかだな。実は地球と同じような星があってな、俺はそこで生まれたんだ。」

「地球以外に人類が生きてる星があるんだ。知らなかった。」

「時空が違う世界だけどな。まぁ、パラレルワールドっていうやつだ。」

「パラレルワールド!?」

「そこは魔法使いが普通に存在する世界で、子どもは七歳になる年に全員魔法学校に入学するんだ。」

「こっちでいう小学校ね。」

「あぁ。そこで九年間、あらゆる魔法を勉強して取得するんだ。そして十六になった時に地球に留学する事になっている。そこでDEVIL HUNTERとしてパートナーを見つけ、一緒に悪魔を退治する事で自分のスキルを磨くんだ。地球には力を持つ者が稀にいるからまずその人物を探さないといけない。俺は半年かけてやっとお前を見つけたんだ。」

 そこで微笑まれて思わず顔が熱くなる。不意にそんな優しい表情しないでよ……ドキドキが煩くなっちゃうじゃんか。


「そ、それで私を強引にパートナーにしたのね。」

「お前が駄目だったらまた別の力を持つ者を探さないといけないからな。今度は何年かかるかわからない。十八になるまでパートナーを探して実績を積まなければ卒業させてもらえないんだ。内心焦ってたよ。」

「へぇ~、志月でも焦るんだ。」

「そりゃそうさ。」

 そう言って窓越しに月を見上げる。私もつられて上を見上げた。


「親父はその魔法学校の校長でさ、昔から親子っていうより師匠と弟子みたいな関係だった。学校でもしごかれて家でも家族らしい会話はなかった。ここに来て初めて家族というものを感じた。お前のお父さんもお母さんも俺に優しくしてくれて、何処の馬の骨かもわからない奴を受け入れてくれてさ。本当に感謝してるんだ。こう見えてもな。」

「志月……」

「その名前だけが、親父とのたった一つの繋がりという訳さ。」

 殊更明るく振る舞う志月が何だか遠い所に行ってしまいそうで、私はいつの間にかベッドから立ち上がっていた。そして静かに志月の元へ行くとそっと抱きしめた。


「ゆ、由希!?」

「あ、ごめん。何かこうしたくなって……」

 パッと離れる。気まずい雰囲気になってお互いそっぽを向いた。


「志月はさ……十八歳になったら帰っちゃうの?」

「う~ん、どうだろう。何匹悪魔を倒したかは向こうの学校に伝わってるみたいだけど、いつまでとかはわかんねぇ。どこまでいったら卒業とかも言われてねぇし。」

「そうなんだ……」

「でも俺は、親父よりも優秀なDEVIL HUNTERになるのが目標なんだ。この世に蔓延る悪魔を一匹残らず退治して、親父を見返したい。その為にはお前の力が必要なんだ。だから……」

「うん、わかってる。私が力を使えるようになればいいんだよね。頑張ってみるよ。」

「頼むな、相棒。」

 志月が拳を突き出してくる。一瞬ビックリしたけどニヤリと笑って自分の拳を合わせた。


 最初はDEVIL HUNTERなんて無理だと思ったし、まだ力を使えるようにはなってないけど、この人の為なら頑張ってみるのも悪くないなって思ってしまった。


 志月が抱えてきたものは私が思っているよりも深くて重いものかも知れない。自分の両親の事はよくわからないけど、志月が優しいって言うって事はそうなんだろう。私からしてみたら呑気で天然でいつも呆れさせられる親だけど。

 だけどそんな二人だから志月の事も笑って受け入れてくれた。その事には感謝しないといけないよね。


「でもさ……」

「うん?」

「『志月』なんて素敵な名前を付けてくれたんだから、本当は良い人なんだと思うよ。志月のお父さん。」

「由希……」

 志月の方を振り向いて言うと、驚いた顔をして私を見つめてきた。途端、顔に熱が集まったけどにっこりと微笑んだ。


「きっとそうだよ。あんなに綺麗なんだから。」

 少し傾きかけた丸い月を指差す。私の指を追った志月はいつもの不遜な笑みを浮かべて言った。


「お前に言われたくねぇよ。」

「素直じゃない奴。」

「「ぷっ!!」」


 二人して吹き出す。満月が見下ろす部屋の中には、しばらく私達の笑い声が響いていた。



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DEVIL HUNTER ~普通のJKの私に悪魔退治なんて無理なんですけど!~ @horirincomic

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