第4話 静かな帰り道
―――
「石山先生が体調を悪くして急遽お休みになられたので、今日から生活指導と石山先生が担当していた一年生の数学を引き継ぐ事になった黒木彬といいます。よろしく。」
そう言って壇上のスーツをビシッと着た男の人は頭を下げた。
今日の朝、急遽全校集会が開かれて私達は体育館に集まった。そこで聞かされたのは石山先生がしばらく学校を休む事と、その代わりに新しい先生が来たという事だった。
石山先生が体調を悪くしたのは悪魔に取り憑かれてしまったのが原因だろう。あの後一緒に保健室に行ったけどずっとボーっとしてたもんな~……
しばらく休むって一体どれくらい休むんだろ。どんな風に体調悪いのかも気になるし、心配だな。
「それにしても……」
私は目の前の美佳の肩越しに壇上の黒木先生を見た。
割と格好良くて背も高いし大人で落ち着いている感じで、早速女子どもの目がハートになっている。出てきた時に歓声も上がってたし。
そういう私もちょっとは気になってたりして……志月に言ったら面倒くさくなるかもだけどね。
「なぁ、由希。」
「へっ?な……何?」
後ろにいた志月に話しかけられた。今考えてた事を悟られないように平静を装う。ちなみに集会はまだ続いているので小声で。
「何であんないけ好かない奴の事見てテンション上がってんだ?俺の方がよっぽどイケメンだろ?なぁ、そう思わねぇか?」
「そ、そうですね。そう思います……」
「だよな。良かったぁ~、お前まであいつが良いなんて言ったら俺、悲しいからさ。」
「え……それって……」
「なんてな。まぁとにかく!あいつにあんまり近寄るなよな。」
「……ぷっ!」
横顔がちょっと赤くなっている。照れてる志月、可愛いかも。私は気づかれないように口を押さえて笑いを堪えた。
―――
「あの、成沢……由希さんですね?」
「はい?あ、黒木先生……」
集会が終わって教室に向かっていた時、突然話しかけられて振り向く。そこにはさっき挨拶していた黒木先生が笑顔で立っていた。
「学校の中、案内してくれませんか?」
「え?どうして私なんですか?」
「一年生の学級委員長全員に声をかけたのですが、全員に断られてしまって……」
黒木先生がしゅんと顔を俯かせる。私は苦笑した。
「で、最後に残ったのが私という訳ですね。わかりました。放課後でいいですよね?」
「いいんですか?ありがとうございます。」
「いえいえ。暇ですから。」
そう言うと先生は顔を綻ばせた。うぅ……笑った顔もイケメン……
あ、言い忘れてたけど実はわたくし、学級委員長なんです。無理矢理美佳に手を上げさせられたんだけどね。
「じゃあ、放課後に教室に迎えに行きますので。」
「えっ!私の方から職員室に行きますよ。」
「成沢さんって優しいですね。」
「え……」
不意に伸びてきた手に頭を撫でられる。ぶわっと顔に熱が集まった。
「優しい女性って好きですよ。成沢さん、僕の好みかも知れません。」
「はぁっ!?」
「では、放課後に。迎えに行きますので準備していて下さいね。」
爽やかに言うとくるっと振り向いて職員室の方へ歩いて行く。膝の力が抜けそうになるのを何とか堪えると呟いた。
「何なのよ、もう……」
顔が熱い。いや、体全体が熱い。先生にしてみたら冗談だったのだろうが、こういうのに慣れていない私には刺激が強すぎるよ……
「あ!そう言えば志月に先生には近づくなって言われたんだっけ。どうしよう……」
さっきの志月とのやり取りを思い出す。でも約束しちゃったし。うーん……
「……ま、いっか。教室に帰ろ。」
覚束ない足取りで教室に向かった。
―――
「で、こっちが音楽室で……」
「じゃあ隣は?」
「そっちは……」
という訳で、私は今黒木先生に学校の中を案内して回っています。迎えに来た先生を従えて教室を出る時不意に志月と目が合ったけれど、プイッと目を逸らされてしまった。
何よ。自分から近づくなって言ったくせに……まぁ、別に気にしてないんだからいいんだけど。
「ここは国際交流室っていって滅多に人の来ない所なんです。」
「そう……じゃあ都合がいい。入ろうか。」
「え?でも……」
「いいから、いいから。」
無理矢理手を掴まれて中に連れて行かれる。そして壁に押しつけられた。
「あ、あの……先生?」
「無防備ですね。貴女の事が好みだと言ったのは、嘘でも冗談でもないのに。」
「は……?でも今日初めて会ったのに……」
「一目惚れ、と言ったら信じてもらえますか?」
「一目惚れ……?」
一瞬頭が真っ白になる。一目惚れ?誰が、誰に?え、どゆ事?
「さぁ、目を瞑って。もしかしてキスは初めて?」
「……い、嫌です。離してくださっ……」
捕まれている腕を振りほどこうとするが思ったより力が強くて出来ない。私は段々恐ろしくなってきた。涙が溜まって目の前がぼやけて見えなくなる。
「嫌がられると逆に燃えますね。」
「い……いやあぁぁぁぁぁ~~~!!志月!」
「由希!」
バン!と音を立ててドアが開いて姿を見せたのは、思わず口から名前が出た本人だった。
「志月!どうして……」
「後つけてたんだよ。途中で見失っちまったけど、間に合って良かった……」
「鍵はかけておくべきだったね。残念。」
ちっとも残念そうじゃない風に軽くそう言う黒木先生だったが、手の力は緩めてくれない。それどころかますます力がこもってじんじんと痛くなってきた。
「由希を離せ。」
「嫌だと言ったら?」
「無理やりにでも離す。」
そう言うと志月は制服のネクタイを乱暴に外してペンダントを握った。
「由希から今すぐ離れろ!」
瞬間、ペンダントから鋭い光が先生に向けて放たれた。『ぐっ……』と小さく声を上げると、先生の体が私から離れて反対側の壁まで吹っ飛んでいく。その後凄い音を立てて壁にぶつかり、力なく床に倒れた。
「由希!大丈夫か!?」
「大丈夫……それより先生は?」
「お前……恐い思いさせられた相手だぞ?心配する事ねぇだろ。」
「そうだけど……」
先生の方を見るとちょうど立ち上がったところだった。口を切ったのか口端から血が流れている。痛々しかったけど、志月の言う通り恐い思いをさせられた事は確かだ。私は黙って先生を睨んだ。
「君はまさか……まぁ、いい。成沢さん。いきなり迫ったりしてすまなかったね。でも僕は諦めないよ。頼もしいボディーガードがいるらしいがね。」
「先生……」
「じゃあ、また。」
ひらひらと手を振ると後ろのドアから出て行った。
「こ……恐かったぁ~……」
ずるずるとその場に崩れ落ちる。志月が慌てて駆け寄ってきた。
「おい!大丈夫かよ?」
「何とか……」
志月に抱き起こされて立ち上がる。少し足が震えていたけど頑張って笑顔を見せた。
「たくっ……あいつには近寄るなって言ったじゃねぇか。」
「だったら教室で止めてくれたら良かったじゃん。志月が止めてくれてたら行かなかったかも知れないのに……」
って、あれ?何で私こんな事言ってんだろ……止めて欲しかったのかな?
でも志月が後をつけてくれたお陰で助かった訳だし、お礼言わなくちゃ。
「ありがとね。助けてくれて。」
「……パートナーだからな。当たり前だろ。」
志月が鼻の頭をかきながらそっぽを向く。それが何だかおかしくて、私は声を上げて笑った。
「あはは!」
「何だよ、笑うな!」
心臓はまだドキドキしているけど、何だかあったかいものが流れ込んでいる気がして安心する。さりげなく支えてくれている腕は黒木先生のものとは違って優しさが溢れていて、強張っていた体からゆっくりと力が抜けていった。
「歩けるか?」
「もう大丈夫。」
「じゃあ帰るぞ。」
「うん。」
そっと私の手を取ると志月が歩き出す。ぶっきらぼうだけど優しい人なんだな。そう思いながら志月を見ると、耳まで真っ赤になっていた。つられて私の顔も赤くなっていく。繋いだ手のひらまで熱くなっているような気がして恥ずかしくなった。
いつもなら軽口を言い合いながら帰る帰り道。でも志月が無口なせいでこっちまで何も話せなくなってしまう。
ちょっと志月を意識してしまった瞬間でした……
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