第41話:鈴村さんはがんばる

 ──がんばるんだ鈴村さん!


 祈るような想いで鈴村さんの姿を見つめた。

 俺の顔の下では、花恋姉もごくりと唾を飲んでいる。


「あの、えっと……わわわ、私……み、み、三ツ星君のことが……す、す、好きなんです!」


 ──やった!


 遂に告白できたよ!

 すごいよ鈴村さん!


「あ、やっぱそっか」


 三ツ星は気の抜けたような返事。

 なんだよそれ。


 それでも鈴村さんはがんばって、言葉を続けた。


「あ、あ、あの……わわわ、私とお付き合い……」

「あ、ごめん。無理。ははは」


 即答だ。

 しかも話を最後まで聞かずに鼻で笑って。


「話はそれだけかな?」

「あ……」


 鈴村さんの半開きの口から、ため息のようなものが漏れた……ように見えた。


 突然鈴村さんは振り返って走りだした。その顔には、大粒の涙が溢れている。


 こっちに向かって走ってくる。マズい。顔を合わせてしまうかも。


 そう思ったけど、鈴村さんは下を向いて、俺と花恋姉の横をすり抜けるようにして走り去った。

 目は合わせてないから、俺に気づいたかどうかはわからない。もしかしたら溢れる涙で、俺の姿は見えてなかったかもしれない。


 三ツ星に目を向けると、肩をすくめて「やれやれ」なんて言ってる。


 俺は──無性にムカついた。

 鈴村さんの想いをないがしろにするような、あの軽い扱い。


 他人の恋愛に口を出すべきではないのかもしれない。

 だけど、『べきかそうじゃないか』なんて、どうでもいい。


 俺はとにかく三ツ星に、ひと言言いたい。

 俺は、そうしたい。

 それだけだ。


 深く考える間もなく、俺は衝動的に校舎の角から飛び出していた。

 後ろで「待って」という花恋姉の声が聞こえたけど待てない。


「三ツ星!」

「ん? なんだ桜木。なんか用か?」


 三ツ星は、急に目の前に現れた俺を見て、きょとんとしている。


「なんでお前は、鈴村さんに誠実に返事しないんだよっ?」

「は? 見てたのか?」

「ああ。たまたま通りがかって見てた」

「はぁっ? お前に関係ないだろ。変な口出しはすんな!」


 うっ……

 凄い圧の目つきで睨まれて怯んでしまった。


 三ツ星は身体が大きいし、声もデカい。

 本気ですごまれるとやっぱ怖い。


 だけど、言うことは言わないと。

 俺は心の中で『枯れ尾花』の呪文を唱える。


 コイツだって……三ツ星だって、俺とおんなじ高三だ。コイツにも怖いモノはあるはずだ。

 だから必要以上にビビるな。


「か、関係ないことはない。おんなじクラスメイトだ。それに俺は昨日から、鈴村さんと同じ文芸部員の仲間だ」

「それがどうした。桜木、ちょっとイメチェンしたからって、調子こいてんじゃねえぞ」

「調子なんかこいてない」

「こいてるさ。陰キャは今までどおり黙ってろ」

「は? 陰キャとか関係ないだろ。三ツ星。お前、一生懸命告白した鈴村さんに悪いって思わないのか?」

「ああ、俺は地味で陰な子は好みじゃない。だから断った」


 なにが陰キャだ。

 そんなに陽キャが偉いのかよ?

 陰キャは意見しちゃいけないのかよ?

 陰キャは恋しちゃいけないのかよ?


 コイツ、ホントに許せない!


 俺の頭の中で、何かが切れるようなプチっという音がした。


「三ツ星ぃぃ! お前、いい加減にしろぉ! 鈴村さんはな、二年間もずぅーっとお前を想ってたんだよ!」


 俺が急に大声を上げたら、三ツ星はビクッと震えた。


「だけど自分みたいなオタクが、三ツ星みたいなリア充に、告白なんかしちゃいけないんじゃないかって……ずっと悩んでたんだよ! だけどようやく、やっぱり想いだけでも伝えたいって。勇気を出して告白するって。思い悩んでそう決めたんだよ!」


 三ツ星は驚いた顔で、無言のまま俺の話を聞いている。


「陰キャだからって、オタクだからって、何も考えてないわけじゃない。それを表に出すのが苦手なだけなんだ。お前、それをわかってんのか!?」

「あ、いや……」

「お前は鈴村さんのそんな一途で健気けなげな想いを、鼻で笑ったんだぞ!」

「いや、鼻で笑ってなんかいないし」

「いいや、笑った。彼女が泣いたのは、お前にフラれたからじゃない。そんなのは鈴村さんは覚悟してた。だけど三ツ星があまりにバカにしたような態度だから、それが悲しくて、彼女は泣いたんだよ!」

「俺はそんなつもりはなかった……笑ったのも照れ臭かったからで……」


 三ツ星は青ざめて、言い訳がましくつぶやいた。


「そんなつもりはなくてもな、心のどこかでバカにしてるんだよ。話すのが苦手な健気けなげな女の子の気持ちを受け止めることも、気遣うこともできなくて、なにがコミュニケーション能力が高い、だよ。笑わせんなっ!」

「だ、だからさ。お、俺はそこまで深くは考えてなかったんだって」


 三ツ星は焦ったように、オロオロしだした。


「陽キャだなんて偉そうに言うならな、コミュニケーションに自信があるならな、そこまで深く考えろよっ!!!!」


 あまりに腹が立った。

 鈴村さんの泣き顔が何度も頭に浮かんで、叫ぶのを止められない。


 三ツ星は呆然として、言葉を失ってる。

 コイツがどんなに嫌なやつであったとしても、鈴村さんの想い人なんだ。

 だからせめて、鈴村さんに対してだけは、誠実な態度を示してほしい。


 俺のそんな想いを三ツ星に伝えたい。

 ただそれだけだ。


「あ、いや……そうだな。確かに鈴村の気持ちを考えないで、鼻で笑ってしまったよ。鈴村がそこまで俺を想ってくれてたなんて、全然思いもよらなかった。すまん桜木」


 ──え?


 三ツ星が……間違いを認めた?


「いや、俺に謝らなくていいから。鈴村さんの気持ちをちゃんと受け止めて、断るなら誠実に断ってあげてほしいだけだよ」

「ああ、わかった。今から鈴村を追いかけて、ちゃんと誠実に話をしてくる」


 三ツ星はそう言って、鈴村さんが立ち去った方に向かって突然走りだした。


「あ、三ツ星……」


 俺の声は聞こえなかったようで、三ツ星はそのままえらい勢いで走り去った。


 ──だけど良かった。


 三ツ星も、案外悪いヤツじゃなさそうだ。


 今まで、ちゃんと人の──特に表現が苦手な人の気持ちに、目を向けようとしてなかったんだろう。


 話せばわかるやつみたいでよかった。

 後は、三ツ星が鈴村さんに追いついて、ちゃんと話ができることを祈るばかりだ。


「ねぇトーイ。すごかったよ。カッコ良かったよ」


 後ろから花恋姉の声が聞こえた。


「ああ、花恋姉か」

「なによ、花恋姉かって。さっきからここにいるっつうの」


 ──一生懸命になりすぎて、花恋姉がいたことを忘れてた。


「悪い。疲れた。とりあえず一人になりたいから、部活行くよ」


 花恋姉には悪いけど、ホントに疲れた。

 今までの人生で、こんなに熱く叫んだことなんてないからなぁ。


「あ、うん」

「また夜に話そう」

「わかった」


 そう言って、俺は文芸部に向かった。

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