第40話:鈴村さんは用事がある
***
翌日の学校。
休み時間とか昼休みに、男女関わらずクラスの連中にできるだけ声をかけてみた。
今までほとんど喋ったことのない人が多いけど、こちらから話しかけたら、だいたいみんな好意的に接してくれた。
まあ赤の他人じゃないし、同じクラスなんだから、当たり前と言えば当たり前なのかもしれない。
だけど今までは、『どうせ俺なんか』相手にされないって決めつけてたんだよな。
それがいかに間違っていたのか思い知らされた。
これからもこうやって、徐々にみんなとの仲を深めていこう。
そうすればもしかしたら、俺に好意をもってくれる女の子が現れるかもしれない。
クラスの中には魅力的な子も何人かいるから、逆に俺が好きになる子もいるかもしれない。
終礼が終わり、俺はカバンを持って席を立った。さあ帰ろうと思ってから、はたと気づいた。
今日からは帰宅するんじゃなくて、部活に向かうんだ。
長年帰宅部だったから、なんか不思議な感じがする。
そう言えば鈴村さんは?
あ、もう席を立って、教室を出ようとしている。
俺は早足で教室を出て、廊下を先行く鈴村さんを追いかけた。
「ねえ鈴村さん。一緒に部室行く?」
俺は鈴村さんの横に並んで、歩きながら話しかけた。
こちらを向いた鈴村さんは、なぜかちょっと固い表情をしている。
「あ、桜木君、ごめん。先行っといてくれますか。ちょっと用事があって……」
「うん、わかった」
「ごめんなさい」
「うん、別にいいよ」
俺が笑顔でそう答えたら、鈴村さんはちょっと迷うような顔をした後、おもむろに口を開いた。
「実はですね……今から例の彼に告白をするのです」
「えっ?」
「今朝早く来て、彼の机にお手紙を入れました。今日の授業が終わったら、お話をさせてくださいって書きました」
「そうなんだ」
すごいな鈴村さん。驚きの行動力だ。
「彼は手紙を読んでくれてたので、来てくれたらいいなって思っています。今から待ち合わせ場所の、校舎裏のシンボルツリーまで行ってきます」
「そっか。がんばってよ鈴村さん。健闘を祈る!」
「はいっ! がんばりますです!」
歩きながら、鈴村さんは俺に笑顔を向けた。ちょっと引きつってるけど、頑張って笑顔を作ってる。
両手の拳を胸の前で握って、小さくガッツポーズまでしている。
ああ、鈴村さんって、ホントに
「じゃあ、がんばってな」
「はい、行って参ります」
階段を降りて一階まで来て、俺は部室に行くため廊下を左に、鈴村さんは校舎裏に行くために右に、そこで別れた。
しかし鈴村さんのことが気になって、廊下を歩く彼女の背中を見送っていた。
いや、気になりすぎる。
どうしようか……
そうだ。校舎裏のシンボルツリーなら、校舎の建物の陰に隠れて様子を窺えるじゃないか。
鈴村さんには申し訳ないけど、やっぱり告白が上手くいくかどうか気になってしょうがないから、俺は様子を見に行くことにした。
「あれ、トーイ。どこ行くの?」
鈴村さんの行った方に向かって廊下を歩いていたら、たまたま別の階段から降りてきた花恋姉と出くわした。
帰宅するにしても部活に行くにしても、こっちは逆方向だ。花恋姉が怪訝に思うのも無理はない。
「あ、花恋姉。学校では俺たちの関係は内緒にしてるんだから話しかけるなよ」
「この前一緒にカラオケ行ったんだからいいじゃない。なんとでも言い訳できるし」
「まあそうだけどさ。俺、急いでるんだ。花恋姉と遊んでる暇はない」
「はあ? そんな冷たい言い方する?」
ヤベ。ぎろっと睨まれた。
「あ、いや。緊急事態なんだ。鈴村さんがこれから、意中の人に告白するって」
早く行かなきゃ。
俺はそれだけ言い残して、花恋姉の横をすり抜けて鈴村さんの後を追った。
通用口から一旦外に出て、校舎裏の方へと向かう。
校舎の角で立ち止まって、ゆっくりと顔だけ覗かせた。
すぐ近くに、鈴村さんが言っていたシンボルツリーがある。
その根元に向かい合って立っているのは──
なんと三ツ星と鈴村さんだった。
そっか。鈴村さんが二年間も片想いしてた相手は、三ツ星だったんだ。
「へぇ、三ツ星君か」
──へっ?
後ろから小声で呟くのが聞こえた。
振り返ると、俺の脇腹辺りに、前のめりにかがむ花恋姉の顔があった。
何だよ。追いかけてきたのか!?
だけど声を出して、万が一三ツ星と鈴村さんに聞こえたらマズい。だから俺は花恋姉を睨んで、目で語りかけた。
(ついてくるなよ!)
そしたら花恋姉は何を勘違いしたのか、ニマっと笑ってウィンクした。
ああもうっ。なんなんだよ。
「俺に手紙をくれたの、鈴村だったのか」
「は、は、はい。と、突然ごめんなさい」
声が聞こえて、二人の方を見た。
鈴村さんが直角にお辞儀してる。
「で、なんの用事?」
「あの……えっと……」
真っ赤な顔で、声を絞り出すようにしてる。がんばれ鈴村さん!
だけど鈴村さんはなかなか言葉が出ない。
──がんばるんだ鈴村さん!
俺は祈るような想いで鈴村さんの姿を見つめた。
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