第39話:トーイは祈っている

「ホントにカッコよくなりましたよ桜木君」

「え?」

「きゃっ……」


 鈴村さんは両手で頬を包み込んで下を向いた。

 コレめっちゃ可愛い!


 それにしても……

 もしも鈴村さんの告白が上手くいったら、俺にとっては鈴村さんの『カノかく』がゼロになるってことだよな。


 だけどもしも上手くいかなかったら、俺にも可能性は残る。

 しかしそんなことは考えたくない。

 人の不幸を期待するなんて絶対に嫌だ。


「鈴村さん。上手くいくように俺も願ってるよ」

「はい。ありがとうございます。ホントに桜木君に相談してよかったです」

「あ、うん」

「それに神絵師のTOYさんがウチの文芸部員になってくれたなんて。今日はホントにいい日です」

「うわ、嬉しいことを言ってくれるね」

「はい」


 鈴村さんは楽しそうだ。

 彼女のこんな笑顔を見れただけで、俺にとっても今日はいい日だ。

 失恋はしたけどもな。とほほ。


「他の部員の人たちも喜ぶと思います」

「あ、そう言えば、他の部員の人は?」

「あ、そうですね。三年生と一年生に一人ずついるんですけど……」


 うん、知ってる。調査済みだからね。

 でもそんなことは言えないから、黙って鈴村さんの言葉の続きを待つ。


「他の二人は部誌を作る期間以外は滅多に来ないんです。家に自分用のパソコンがあって、それで執筆もできるし。私はないから、毎日部室に来てます」


 そう言って机の上のパソコンを見る鈴村さん。なるほど、そういうことか。


 それから俺と鈴村さんは、どんなラノベが好きかとか、俺にどんな絵を描いて欲しいとか、そんな話題で下校時間まで色んな話をして過ごした。


 普段無口な鈴村さんも、俺と趣味が合うとわかったからだろう。そしてかなり慣れてきたからだろう。


 ごく普通に、そしてたくさん話をしてくれた。


***


 その日の夜。

 夕食の最中に花恋姉からメッセージが来た。


『晩ご飯食べたらそっち行くよ』


 いつもは何も言わずに勝手に来るくせに、珍しいな。

 そんなことを思ってたら、俺が晩飯を食い終わった直後に花恋姉はやって来た。


「文芸部入部の話はどうだった?」


 俺の部屋のドアを開けるやいなや、前のめりに花恋姉は訊いてくる。よっぽど心配してくれてたんだ。


「あはは。見事に失恋したよ」

「え? 入部の話で失恋? まさかトーイ…… 『僕は鈴村さんに入部したいんです!』なんて頭のおかしいことを言った?」

「言うかよ!」


 なんだよそのトーク。

 いくら俺がアホでも、そんなことは言わない。


「いや、実は……」


 ことの顛末を話した。

 花恋姉は真顔で聞いていた。


「そっか……鈴村さんの『カノかく』は、ほぼゼロパーセントだね……」

「ああ、そうだな。仕方ない。今は『ほぼ』だけど、鈴村さんの告白が上手くいって、『カノかく』がゼロパーセントになるのを願ってる」

「え……? トーイ。それ、心の底から言ってる?」

「うん、そうだよ。鈴村さんには不幸になってほしくない」

「トーイ……あんたって……」

「え?」

「ホント、いいヤツだねぇ~!」

「うわ」


 花恋姉は突然両手を広げて、俺にガバッと抱きついてきた。従姉弟いとこと言えども、ハグするなんて小学生以来だから驚いた。


 花恋姉の身体と密着して、柔らかな感触にドキッとする。


「ちょちょ、ちょっと待ってくれ花恋姉。暑苦しい!」

「は? 暑苦しいだって!?」

「ああ。暑苦しい」


 俺は両手で花恋姉の肩をズイっと押して身体を離す。


「なによ、感動してたのに。それにトーイを抱きしめて慰めてやろうと思ったのに」


 花恋姉は頬をぷっくり膨らませてご立腹の様子。

 ホントは暑苦しくなんてない。花恋姉の身体の感触がめっちゃ気持ち良かった。

 だけどそれって、なんだか禁断の快感であるような気がして思わず離れたんだ。


「いや、俺は落ち込んでないから大丈夫。なんかかえってスッキリしたよ。ホント鈴村さんには幸せになってほしい」

「トーイ、あんた……ホントに成長したね。カッコいいよ」

「あ、ありがと…… あはは」


 花恋姉に真顔でカッコいいなんて言われたら照れる。


「でもこれで、二学期中に彼女を作るっていう目標はキツくなったよなぁ。文芸部には他にも女子がいるっていう期待もあったけど、ほとんど部活に来ないらしいし」

「なに言ってんの。まだ二学期は始まったばかりなのに。四ヶ月もあるじゃない。今さら他の部に入り直すわけにはいかないから、部活以外でのコミュニケーションをがんばらなきゃいけないけど」

「まあそうだね。前向きに頑張るよ」

「そうそう。四ヶ月もあったら何とかなるさ」

「そうだね」


 やる前から無理だなんて言わない。

 花恋姉が教えてくれたとおりだ。


「それでももしも二学期中にトーイに彼女ができなかったら……うーん、レクチャーしてる責任としては、私がトーイの彼女になるしかないか……」

「え?」

「え?」


 花恋姉が変なことを呟くから、思わず変な声を出したら、花恋姉も変な声できょとん顔になってた。


「あ、いやいやいや。あくまで責任感の話だからね! ……って言うか、もちろん冗談だからねっ!」

「わかってるって。花恋姉に責任とってくれなんて言わないよ。上手くいくのもいかないのも、全部俺の自己責任だ」


 そう。鈴村さんだって、そう言って覚悟を決めてたんだ。俺だって花恋姉の責任だなんて、露ほども思わない。


「そうだ、その意気だ! まあ明日からも頑張りたまえ、トーイ君よ!」


 なんだ?

 花恋姉は顔が真っ赤だぞ。


 冗談を言ったのに、俺が笑わなかったから、恥ずかしがってるのか?

 それはすまないことをした。

 もっと気を遣って、笑ってあげるべきだったのだろうか?

 いや、そんな花恋姉を甘やかすようなことは俺にはできない。


「じゃあトーイ。わ、私はもう帰るからね!」

「え?」


 花恋姉はさっと片手を上げると、バタバタと帰って行った。

 なんだよ。突然嵐がやって来て、去って行ったみたいだな。


 でもまあ確かに、花恋姉の言うように明日からまたがんばるしかないか。

 一人でも多くの女子とコミュニケーションを取って、誰かが俺を好きになってくれる確率を高めていくしかない。


 マーケティング戦略だ。


 よし。がんばるとするか。

 俺はそう前向きに考えた。

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