第38話:鈴村さんは話したいことがある

「もしかして好きな人ができた……とか?」


 ──!!


 いきなりの鈴村さんの問いかけに、思わず俺は固まった。

 どう答えようかと迷ったけど、素直に認めるのが一番だなと思った。


「あ、うん」

「やっぱり。すごいですね桜木君」

「な、なにが?」

「ちゃんとそうやって行動して努力して、すごいです。私なんか到底無理です……」


 ──いや、鈴村さんは今のままでも充分可愛いよ。


 心の中でそうつぶやいたけど、さすがにそんな歯の浮く口説き文句みたいなことは、口にはできなかった。


 鈴村さんは俺の顔をじっと見つめている。

 そしてなにかを決心したように、コクリとうなずいた。


「あの……桜木君に話したいことがありまして」

「ん? なに?」

「実は私、好き……」


 ──ええっ!?


 まさかこんな展開になるなんてっ!


 今俺の頭の中では、鈴村さんの言葉の続きを勝手に脳内補正している。


 ──実は私、好きなんです。桜木君のことが。


 こんな言葉が鈴村さんの口から出てくるのを期待していたら……


「……な人がいるんです」

「え?」


 ──実は私、好きな人がいるんです……?


 誰のこと?

 俺のこと?

 それとも他の人?


「それで桜木君に話したいことと言うのは……」


 なんだろ?

 鼓動が激しく高まる。

 膝の上で握る手のひらが、汗でびっしょりになってるのが自分でもわかる。


「私の好きな人って、いわゆるリア充の人なんです。だけどやっぱりこんな私だから、諦めるべきでしょうか?」

「え?」


 鈴村さんの好きな人はリア充?

 悲しいことに、この時点で俺じゃないことが確定してしまった。

 誰なのかはわからないけど、誰なのか気になるぅ。


 ところで『こんな私』って、どういう意味で言ってるんだろう?


「だってオタクでダサくて、まともに人とコミュニケーションを取れない私なんて……リア充の人を好きになる権利なんて……ないですよね」


 鈴村さんは悲しげな表情を浮かべて、自信なさげにつぶやいた。


 ──あ。俺が以前思っていたのと、まったくおんなじこと。


「いや、そんなふうに思わなくていいと思うよ。ほら、こうやって馴染んできたら普通に話せてるし。それに鈴村さんって充分可愛いし」

「え? あ、ありがとうございます。前にも可愛って言ってくれましたよね」


 あれは……髪飾りのことだったんだけど。

 そう言い訳しようと思った瞬間、鈴村さんは嬉しそうにはにかんで「うふ」と声を出した。


「あの時ホントは、すっごく嬉しかったんです。でも恥ずかしくて、そのまま逃げちゃいました。ホントにごめんなさい」

「あ、いや。俺は事実を言っただけだし」


 あ。嘘を言っちゃった。

 でも嘘も方便だし、鈴村さんが自信をつけるためなら許されるよな。


「そんなふうに言ってくれるのは桜木君だけです」

「そんなことないと思うけどなぁ」

「じゃあ……がんばってその人に告白しても……大丈夫でしょうか?」


 鈴村さんは不安げな目を俺に向ける。

 告白しても大丈夫か?

 答えようのない質問だ。

 それを俺に訊く?

 どう答えたらいいんだ?


 俺が答えあぐねて考え込んでいたら、鈴村さんは何も言わずに俺を見つめている。


「えっと……大丈夫って意味が、告白が上手くいくかどうかってことなら、ごめん、俺にはなんとも言えない。俺はその人じゃないからさ」


 相手が俺なら絶対大丈夫だよって言葉はぐっと飲み込んだ。


「ですよね……でも私の言う大丈夫はそういう意味じゃなくて。私なんかが告白する資格はあるのかって意味です」

「あ、それわかる。俺もそう思ってた。いろんなことに対して『俺なんて』って口癖みたいにね」

「桜木君もですか」

「そうそう。……で、今はね、『俺なんて』って思うのはやめた。そもそも人を好きになることに、資格なんて関係ないよね」

「あ、はい」

「これはあくまで俺の意見だけど……告白してもいいとかいけないじゃなくて、告白したいかしたくないか、で決めたらいいんじゃないかな。上手くいくかどうかはわからないけど」

「告白したいかどうか……」

「うん。あくまで主体は自分ね。やりたいことを抑えたら、将来後悔する気がするんだ」

「桜木君ってすごいですね」


 鈴村さんは目を輝かせながら、ようやく笑顔を見せてくれた。


「いや、全然すごくないよ。偉そうに言ってるけどさ、ある人に色々と怒られたって言うか、教えられたって言うか……」


 ホントに俺、偉そうに言ってるな。花恋姉に大笑いされそうで、苦笑いが漏れてしまう。


「だから自分でできることは精一杯やってみようって気になってさ。それで夏休みにがんばった」


 そこまで言って、最後に「あはは」と苦笑いを付け加えた。

 どの口が偉そうに言ってるんだよ、なんて思ったから。


「そうですか。ありがとうございます。私、やっぱり告白します」

「え? ホントに?」


 調子に乗って喋っちゃったけど……

 これで鈴村さんの告白が上手くいかなかったら、俺の責任だよな。


 不安な気持ちが急に湧いてきて、鈴村さんの顔をじっと見てしまった。そしたら彼女は「ふふ」と笑った。


「そんな不安そうな顔をしないでください桜木君」

「え?」

「実は私、二年前からその人に片想いをしてたんです。ずっと告白できなかったんですけど、この夏休みに色々悩んで……」

「そうだったんだ」

「はい。それで、上手くいかなくてもいいから、その人に気持ちだけは伝えたいと思いました。だけどやっぱり不安があったんです。誰かに背中を押してもらいたかったんです。だから告白をして上手くいってもいかなくても、桜木君にはなんの責任もありませんから安心してください」


 あ……そうなのか。だから鈴村さんは、俺にこんな話をしたんだ。


 鈴村さんは柔らかくニコリと微笑んだ。

 純粋な天使のような微笑み。

 一ノ瀬さんの包み込むような天使の微笑みとはまた違うけど、すごく可愛い。


「そっか。そういうことか。それなら鈴村さんの背中を押せたのが俺で良かった」


 俺も優しく笑顔を返した。

 鈴村さんははにかんで、頬が赤く染まった。


「はい。今朝桜木君の変化を見て、何があったのかぜひ聞きたかったんです。ちゃんと聞けて良かった。それに……」

「それに?」

「ホントにカッコよくなりましたよ桜木君」

「え?」

「きゃっ……」


 鈴村さんは両手で頬を包み込んで下を向いた。

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