第27話:花恋と冬威は街歩きをする

 散髪が終わった。

 座席から立ち上がって振り向くと、花恋姉が目を丸くして俺を見ていた。


「おおーっ…… いいね! いいよ!」


 なんか、花恋姉がごくりと唾を飲み込んだように見えた。


 そんなにいいかな?


 ──いや、自分でも驚くくらいの爽やかさだ。


 服装を変えて、髪型を変えて、表情と姿勢が変わる。

 それで人の印象ってこんなに変わるものかと驚いた。


 こりゃあ、ラブコメで前髪切ってモテ出したって設定。あながちフィクションとは言えないかも。


 もちろん髪型だけじゃ無理だろうけど。


 そんなことを思いながら、カット代を支払って店を出た。


「せっかくだからさ、トーイ。ちょっと街歩きでもしようか」

「あ、うん。そうだね」


 確かにせっかくお洒落な服を着てきて、髪のセットもしてもらったんだ。

 このまま家に帰ってゴロゴロするのはもったいない気がした。


 ──あ、そっか。


 今までこんなことを考えたことはなかったな。

 服装にも髪型にも気を使わないってのは、気楽ではあるけれど。

 表に出ようというモチベーションが一つ無くなるってことか。


 だから俺って、家にこもりがちだったのかもしれないなんて思った。


***


 花恋姉と二人並んで駅前から続く商店街をぶらぶらと歩いた。


 いつもと変わらない街並み。

 だけどお洒落をしてるせいだろうか。

 なんとなくいつもよりも、街並みが輝いて見えるような気がする。


「あれっ? 花恋ちゃん?」


 突然後ろから女性の声がした。


「なになに花恋ちゃん。デート?」


 横にいる花恋姉が後ろに振り返った。

 俺も少し遅れて振り返る。


「あ、ひめちゃん。違うよ。ほら、トーイ」

「え? あ、ホントだ。パッと見て気づかなかった」


 姫宮さんだ。

 クールな感じの人なのに、目を丸くしてる。よっぽど驚いたみたいだ。


「あ、こんにちは姫宮さん」

「あ、ああ。こんちは冬威君……」


 姫宮さんは頭のてっぺんから足元まで、俺をまじまじと見つめる。


「変われば変わるもんだね」

「でしょでしょ?」

「うん。花恋ちゃんが、私の知らないうちに彼氏作っちゃったのかと思った」

「あはは、そんなわけないよ」


 遠目とは言え、俺が花恋姉の彼氏に見えたって?

 それってまあまあイケてるってこと?


「それにしても冬威君。イケメンになったね」

「え?」


 そんなはずはないよな。

 だって顔は変わってないんだし。


 俺が戸惑ってたら、横から花恋姉が口を挟んだ。


「でしょ? 雰囲気イケメンになったでしょ!」


 おいこら、花恋姉。

 それって顔はイケメンじゃないってことだよな。

 やっぱそうだよな。


 でもまあそれは仕方ない。

 整形手術までするわけにはいかないんだから。


 姫宮さんまで「そうね」と言って、フッと笑ってるよ。


 だけど俺の今までの自己評価はキモオタ野郎なんだから。大幅グレードアップだと捉えていいよな。


「でも冬威君、いい感じじゃないの。花恋、ホントに彼氏にしたら?」

「は?」


 姫宮さんの言葉に花恋姉がフリーズした。


「なに言ってるのよひめちゃん。私たち従姉弟いとこ同士だよ。小さい頃から 実の姉弟きょうだいみたいなもんだし。それはない」

「ないの? ホント?」

「ないよ。ねえトーイ」


 花恋姉がギギギと音が鳴りそうな、まるで錆びたロボットのような感じで首を回して俺の方を見た。


 なんだこのリアクション?


「あ、まあそうだね」


 ないだろ。

 花恋姉が言うように実の姉弟きょうだいみたいなもんだし。


「そう。じゃあ私の彼氏にしちゃおうかな」


 ──マジか!


 姫宮さんがいきなり腕を組んできた。

 肘に姫宮さんのおっぱいが当たってる。

 その衝撃に、俺もフリーズしてしまった。


 姫宮さんはクールな顔つきだから満面の笑みじゃないけど、薄く微笑んでる。

 だからこそ余計に真実味があるんですけど。


 これは──二学期中に彼女を作るって目標、早くも達成かぁー!?


「こらこらひめちゃん! 離れなさいって!」


 花恋姉は姫宮さんの大胆な行動を見てフリーズが解けたのか、大慌てで姫宮さんの腕を引っぱがそうとしてる。


「ほら、トーイだって嫌がってるでしょ!」


 ──いや、俺は全然嫌がってませんけど?


 それどころか柔らかなところに肘が当たって、今俺は至福の時を過ごしてる。


 しかし残念なことに、花恋姉の実力行使のせいで姫宮さんは俺から離れてしまった。


 ──よし!

 ここは勇気を出して言おう。


 姫宮さん。喜んでお付き合いさせていただき……


「んもう、ひめちゃん。彼氏がいるくせに、純情な少年をからかわないでよ」


 ──へ?


 今、なんて言いました?

 嘘だよね。冗談ですよね花恋姉。


「ふふふ。ごめんごめん花恋ちゃん。ついついね」

「ついついじゃない!」


 花恋姉が姫宮さんの頭をぽかりと叩く。

 姫宮さんは「えへ」と言いながらぺろっと舌を小さく出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る