第28話:花恋姉はフリーズする
姫宮さんが、俺を「彼氏にしちゃおうかな」なんて言い出した。
一瞬俺はおお喜びしたけど、実は姫宮さんには彼氏がいるらしい。
それで花恋姉が怒った。
「ふふふ。ごめんごめん花恋ちゃん。ついついね」
「ついついじゃない!」
花恋姉が姫宮さんの頭をぽかりと叩く。
姫宮さんは「えへ」と言いながらぺろっと舌を小さく出した。
クール系美女のてへぺろ。
うん、かわいい。
でもホントに彼氏がいるのかよ。
やっぱ、俺はからかわれたんだ。
「まあでもさ花恋ちゃん。トーイ君はそれくらい、良くなったってことだよ」
「わかったから。びっくりするようなことはしないでくれる?」
「ごめんね花恋ちゃん。花恋ちゃんからトーイ君を奪ったりしないから安心してよ」
「へっ?」
また花恋姉がフリーズした。
今日は花恋姉がよくフリーズする日だな。
フリーズ日和?
なんだそれ。
「ななな、なに言ってんのよひめちゃん。さっきも言ったよね。私はこんなヤツと……」
そこまで言って、花恋姉はハッと気づいた顔をして、横にいる俺の方を向いた。
俺がきょとんとしてるのを見て、また姫宮さんに向かって言葉を続ける。
「あ、いや。トーイは弟みたいなもんだから。変なことは言わないでくれる?」
「わかったよ花恋ちゃん。ムキにならないでよ。冗談だから」
「あ……まあ冗談ならいいけど……」
花恋姉はちょっと気まずい感じに苦笑いを浮かべた。
それを見て姫宮さんは、また「ふふふ」と意味深な笑いを浮かべる。
「じゃあ花恋ちゃん。私、用事あるから行くよ。冬威君もまたね」
「あ、はい。また」
姫宮さんはまるで台風のように俺たちを振り回して去って行った。
台風一過。急にしんとなる。
花恋姉はふと思い出したように、俺の顔を見た。
「あ、ごめんねトーイ。あんなこと言っちゃって」
「ん? あんなことって?」
「トーイのこと、こんなヤツだなんて」
「ああ。気にしてないよ。俺たちお互いに
「あ、そうなんだけど……」
なぜか花恋姉は言葉を濁して、少し上目遣いで俺を見た。
そして思い切ったような感じで、言葉を続けた。
「でもひめちゃんにあんなこと言われてさ。トーイが奪われちゃう、って思ったのも確かなんだ」
「え?」
花恋姉は長いまつ毛の目を少し伏せた。
真意がよくわからなくて、俺は花恋姉の顔をじっと見る。
花恋姉は顔を上げて口を開いた。
「私たち、幼い頃からずっと一緒にいたからさ。なんて言うか、娘を嫁に出すお父さんみたいな気持ち?」
その例え。言いたいことはよくわかるけど、適切なのか?
「まあ私には娘はいないから、正しいかどうかわからないけどね」
娘がいないどころか、あなたお父さんじゃなくて女なんですけど?
しかもまだ女子高生なんですけど!?
でも言わんとしてることは充分わかる。
「でもまあ、花恋姉の言うことはわかるよ。ありがとう」
「トーイが彼女を作る手伝いをするなんて言いながら、こんなこと言うのはおかしいよね」
「ん、まあそうかな」
矛盾はしてるけど。
でもそれは、確かに娘を嫁に出すお父さんも同じなんだろな。
「二度とこんなことは言わない。ちゃんと全力でトーイの彼女づくりを応援するから。今言ったことは忘れて」
「あ、うん。わかった」
「それにしてもひめちゃんがあんなことしてごめんね」
「え?」
「トーイの腕に抱きついたりして。嫌だったでしょ?」
──いえ。おっぱいの感触が、至福の時間でございました。
「じゃあこれから家に帰って、戦略会議をしようか」
「戦略会議? なんの?」
花恋姉はニヤリと笑う。
「明日から二学期だからさ。マーケティング戦略を練ろう」
つまり──
この夏休みで俺という商品を磨く『プロダクト戦略』はかなり進んだ。
次は俺という商品を売り込むための『マーケティング戦略』のフェーズ(段階)に進むのだと花恋姉は言った。
***
帰宅して、お互い自分の家で夕食を取った後。
花恋姉はまた俺の部屋にやって来た。
今から『マーケティング戦略会議』の始まりだ。
丸テーブルに向かい合って座る。
俺は例によってノートを開いてシャーペンを握る。
花恋姉はテーブルの端を握って、何やら大げさな口調で話を始めた。
「さて諸君。いよいよ作戦は佳境を迎えた」
──あの、いや……諸君て。
相手は俺一人なんですけど?
「明日から始まる二学期で、トーイの良さを伝える作戦を実行する」
なんかノリノリだし、面白いからこのまま喋らせとこう。
「その作戦名は……『トーイの良さをたくさんの女子に伝えるぞ大作戦』よ!」
また出たよ。
なんの工夫もない、訳のわからない作戦名。
「なにか質問はあるかね、トーイ君」
「ここでもう、いきなり質問タイムっ!?」
いやまだ、何がわからないかがわからない段階ですけど。
「あの……花恋先生。具体的には何をやるんですか?」
「うん、いい質問だねトーイ君」
いい質問って言うか、大事なのはそれしかないだろ。
「学校が始まったら、トーイの『モテかく』を高めるために『カノかく』を高められる女子を見つけ出し、高める活動をするのよ」
「は?」
モテかく?
カノかく?
なにそれ?
また花恋姉が、わけのわからないことを言いだした。
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