第21話:桜木冬威は服屋で戸惑う

 俺は店内を見回した。


 壁にはお洒落な服がディスプレイ。

 商品棚の上にもお洒落な服がディスプレイ。

 右も左もお洒落な服だらけ。


 少し離れたレジの前で、お洒落でイケメンな店員が笑顔で俺を見てる。

 きっと何もわからない俺を見て『しめしめ、カモが来たぞー」なんて考えてるに違いない。


 いや。それは被害妄想か。


 それにマネキンまでお洒落でイケメンだ。

 それは当たり前か。作り物なんだし。


 お洒落、お洒落、お洒落。

 この空間にはお洒落が溢れてる。

 まるでお洒落が地球侵攻してきたよう。


 あ、いや。お洒落って元々地球のものか。


 いかん。

 なんか色々と思考が乱れてるな。


 今まで服屋なんて、母親と一緒にスーパーの衣料品コーナーに行ったことがあるだけ。

 こんな異空間は居心地悪いことこの上ない。


 早く服を買って出ていきたい。

 それだけが俺の頭を占める。


 ──で。


 どれを買えばいいんだ?


 キョトキョトと周りを見回した。

 中澤さんも姫宮さんも、そして花恋姉も。

 なぜか黙って俺を見てる。


 沈黙が少し続いて、痺れを切らしたのか中澤さんが口を開く。


「さあ、好きな服を選べ冬威。ここはお洒落だけど、どれもお手頃価格だからいいぞ」


 中澤さんは手のひらを上に向けて、店内をぐるっと手で指し示した。


 ──え?


 中澤さんが服選びのアドバイスをしてくれるんじゃないの?


 疑問に思うものの、中澤さんに何か言おうとしても言葉が出ない。

 しかもいきなり俺を呼び捨てになってて戸惑う。


「ほらトーイ。なにヒデの顔をじっと見つめてるのよ。恋しちゃったか?」

「恋なんかしてない」


 花恋姉はいったい何を言い出すんだ。

 中澤さんは男だろ。

 俺が好きなのは女の子だ。


 胸を張って言おう。

 俺が好きなのは女の子だっ!


 ──って、なんだかちょっと、女好きのスケベ男みたいになっちゃってるけど気にするな。


「なにか質問があるなら、ちゃんと訊けば?」


 花恋姉が横から脇腹をつついてくる。

 くすぐったい。


「くふふ」

「気持ちの悪い笑いをしてないで。ほら、なにか言いなさいよ」

「こらやめろ花恋姉。くすぐったいだろうが」

「トーイが黙ったまんまだからよ。アンタは貝か?」

「誰が貝だ。貝が服を買いに来るかよ?」

「貝が買いに来る? それダジャレ? つまんないなぁトーイのギャグは」

「うるさい! ギャグじゃない! 言葉の綾ってやつだ」


 俺が必至になって花蓮姉に言い返してたら、今まで真顔だった中澤さんが「あはは」と声をあげて笑いだした。


「冬威ってちゃんと喋れるじゃねえか」

「え?」

「いや、話すのが苦手だって花恋から聞いてたし。それに会ってからろくに喋らないから、喋れないヤツなのかと思ってた」

「あ、いえ……花恋姉とは喋れるんですけど……」

「ほう、なるほど。俺みたいなやつとは喋れないって言うんだな?」


 突然中澤さんがギロリと睨んだ。

 大きな目で目力が強い。

 圧が強くて怖い。


 あれ? 俺……何か気分を害することでも言ったかな?


「あ、いや……そういうわけじゃ……」

「まあいい。とにかく好きに選んでくれ。花恋が言うように、なにか質問があったら訊いてくれ。そしたらちゃんと答えてやる」


 投げ捨てるような言い方。

 それで俺は何も言い返せずに、仕方なく店内を回って服を物色し始めた。


 色々と見て回ってはみたものの。

 どれも良さそうだし、でもどれも俺には似合わなさそうな気もする。

 それにシャツとズボンの組み合わせが、どれがいいのかもよくわからない。


 十五分くらい、商品を手に取って眺めてはまた棚に戻す、なんてのを繰り返していた。

 その間花恋姉たち三人は、店の隅っこに固まって楽しそうに会話をしていた。


 うーん……このままじゃ、いつまで経っても買うものを決められないぞ。

 いっそのこと、適当なものを選んでしまおうか。


 いや、それじゃあわざわざここまで買い物に来た意味がなくなるし。

 お金を出すのももったいない気もする。


 うーん。どうしよう……

 店員に訊こうか……?


 店員を見ると、忙しそうに商品の整理をしている。

 しかもチャラそうなヤツだし、声をかけるのはやめておこう。


 そうなると、やっぱり中澤さんにアドバイスを貰うか……


 ふと花恋姉たちの方を見る。

 相変わらず三人でお喋りして、こっちに絡んでくる様子はない。


 これはやっぱり、俺の方から話しかけないとダメそうだ。

 100回会話のノルマもあるし、アドバイスを貰えたら一石二鳥だしな。


 俺は覚悟を決めて、三人のところに行った。


「あの、すみません、中澤さん」

「ん?」


 中澤さんはぎろっとした目つきで俺をみた。

 うわ。最初はフレンドリーな人かと思ったけど、やっぱ圧が強くてちょっと話しにくいな。


「ねえトーイ。ヒデって呼んでって言ったよね?」


 花恋姉が横から、真顔でそんなことを言う。

 呼び方なんてどうでもいいじゃないか。

 ましてやこんなにキラキラした感じで圧強めの人を、下の名前で呼ぶなんておそれ多い気がする。


「あ、そうだけど…… 初対面だし」

「遠慮すんな冬威。俺だって君を呼び捨てにするし。ヒデって呼んでくれ」


 仕方ない。花恋姉もプレッシャーをかけてくるし、中澤さんもそう言ってるし。

 あんまり拒否ると雰囲気が悪くなりそうだ。

 よし。


「あ、はい。ちょっといいですかヒデさん」

「おう、なんだ冬威」


 俺とヒデさんのやり取りを見て、花恋姉は満足そうにうなずきながら笑った。


 ──ん?


 もしかしてこれもトレーニングのひとつなのかも。


 実際に今まで俺は学校で、同級生は全員名字で呼んできた。一番親しいオタク仲間の男子にさえ、お互いに名字呼びだ。

 それに比べてクラスのリア充たちは名前やあだ名で呼び合ってることが多い。


 そんなのどうでもいいと今まで思っていたけど、確かにさっきヒデさんって呼ぶことで、名字で呼んでた時より少し距離が縮まった気がする。


 まあほんのちょっとした違いかもしれないけど。


 クラスでも最初の段階で、「〇〇って呼んでよ」「うん。じゃあ僕は××って呼ぶよ」なんて言い合ってるやつらは、割と早く仲良くなった気もするし。


 案外大事なことなのかもしれない。


「で、どうしたんだよ冬威」


 あ、しまった。つい考え事をしてしまってた。

 ハキハキした話し方、笑顔を心掛けてと。


「あ、すみませんヒデさん。服を選ぶアドバイスをいただきたくて」

「そっか」


 ヒデさんはようやく、ニコリと笑顔を浮かべてくれた。

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