第20話:中澤さんと姫宮さん
花蓮姉が二人の方に向かっていくから、俺もついていく。すると男性の方が俺に話しかけてきた。
「おおーっ、君が
男性の方が俺の胸を指さした。
俺のティーシャツに踊る文字。
「え? あ、いやこれは単なる面白ティーシャツで……」
「ふぅーん。面白いんだね、キミ」
女性の方が腕組みをして、クールな顔で横から口を挟んだ。
ぴっちりとしたジーンズも、ティーシャツの上に着てるベストも、やっぱりクールな感じのお洒落な人だ。
「あ、いや、俺が面白いんじゃなくてティーシャツが……」
俺がしどろもどろになってると、花恋姉が二人に話しかけた。
「そう。この子が
「うんうん。想像してたより全然普通だな」
男性が腕を組んでこくんと首を縦に振った。女性も同じようにうなずく。
「花恋ちゃんがいつも冬威君の話ばっかするから、頭の中に完全にイメージできちゃってたけど……まあ普通だね」
「だよな。俺も、もっとジトっとして暗いのかと思ってたよ」
「うん。見た目はだいぶん改善したからね」
花恋姉は苦笑いしてる。
俺をいったいどんなふうに説明してたんだよ。
まあ想像はつくし、事実を伝えてたんだろうから仕方ないけど。あはは。
「トーイ。紹介しとくよ。彼は
「あ、どうもです」
どっかで見たことがあると思ったら、サッカー部のキャプテンか。サッカー部ということは、リア充学年ナンバーワンの三ツ星の先輩だ。
「こらトーイ。どうもですなんて挨拶があるか。ちゃんとしなさい」
「え? あ、そ、そうだね」
花恋姉にコツンと頭を小突かれた。
それを見て、中澤さんがはははと笑ってる。女性の方にはクールな顔のまま、ふっと鼻で笑われた。ちょっとビビる。
「えっと……あの……」
単に普通に挨拶するだけなのに。
三人が俺を見てる。
ちゃんと挨拶しなきゃいけない。
そう意識すればするほど焦りが出て、なんの言葉も出てこない。
いや、がんばって挨拶しようって気持ちはあるんだけど、なかなか簡単じゃない。
その時横に立つ花恋姉が、俺の耳に顔を近づけて囁いた。耳の穴に温かい息がかかってくすぐったい。
「デジタル紙芝居で練習したことを思い出せ。キミならちゃんとできるよ」
そのハスキーがかったセクシーな囁き声にドキリとした。
それと同時に、何回も何回も練習した会話の話し方や表情が頭に甦る。
「あ、はじめまして。
そして背筋を伸ばしたまま、腰を折ってお辞儀をする。
「おう、よろしく」
中澤さんは日焼けした顔から白い歯を覗かせて、爽やかに笑う。
これは本物のリア充ってやつだ。あまりにキラキラしてて、男の俺が見ても眩しい。
「で、こっちが
「桜木冬威です。よろしくお願いします」
「ん。よろしく」
姫宮さんの反応はクールだ。ちょっとビビる。この人も整った美人だし、こんなクールなところもきっとモテるんだろうなぁ。
「今日はこの二人が買い物に付き合ってくれるからね」
「あ、そうなんだ」
二人が花恋姉の知り合いとわかった段階で、もしやとは思ったけど。やっぱりそうなのか。
「じゃあ行きましょう」
花恋姉がくいっと親指でモールの入り口を指した。ぞろぞろと四人揃って歩きだす。
俺は歩きながら花恋姉に近づいて、小声で話しかけた。
「花恋姉が言ってた『仕込み』ってこの人たち?」
「うん、そう」
「花恋姉と俺が
俺と花恋姉が
花恋姉は学校一の人気女子だ。
俺が従姉弟だなんて知られたら、紹介してくれとか、どんな人なのか教えてくれとか、面倒なことになるのは目に見えてる。
それに俺が、花恋姉と比べられてディスられるのも嫌だって思ってた。
だから俺は入学以来誰にも花恋姉との関係を言ってないし、花恋姉にも絶対に言わないでと頼んでた。
「大丈夫。この二人にはちゃんと事情を説明して、他には言わないようにしてもらってるから」
「ホントに大丈夫か?」
「うん。信頼できる二人だから」
花恋姉は自信ありげにうなずいた。
まあ、それならいいけど。
「一緒にいる相手があったら、100回会話もできるでしょ? だから信頼できるこの二人に、協力してもらうことにしたのよ」
「あ、ああ…… そうだな」
──なんて答えたものの。
こんなキラキラした人たち相手に、俺が普通に会話をするのは困難としか思えない。
しかも100回もだぞ?
無理ゲーだろ。
だけどやる前から無理だなんて言うと、また花恋姉に叱られるよな。
よし。やるしかないか。
前を歩く二人の背中を見ながら、俺は心の中で、自分で自分を奮い立たせた。
***
中澤さんのチョイスで、俺たちはモールの二階にあるメンズファッションの店に入った。
事前に花恋姉が、今日の目的は俺の服を買うことだと伝えてくれてたらしい。
安くて小洒落てて、でも決して奇抜じゃない服を売ってる店。そんな店を中澤さんが考えてくれてたそうだ。
そんなことも中澤さんが一方的に話してくれて、俺は「ありがとうございます」と答えただけ。
これも一回の会話に含まれるのか?
花恋姉に小声で訊いたら、こう言われた。
「ひと言だけ返事するのは除外ね。まあ挨拶はおまけしとこう。だから今のところ二回」
うへぇ。
あと98回?
そう。
お目当ての店に着くまで、中澤さんと姫宮さんが楽しそうに喋る背中を見てただけの俺は、他にはなんの会話もできなかったんである。
こりゃあ先が思いやられる……
俺は思わず、今度はリアルにため息をついた。
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