第22話:桜木冬威はアドバイスを求める

 服選びのアドバイスを求めるって言っても、何をどう訊いたらいいのかすらよくわからない。


 だけどがんばって、しどろもどろになりながらも、なんとか俺の好みを伝えた。そしたらヒデさんは、思いのほか丁寧なアドバイスをくれた。


 どういう色の組み合わせにするとどういうイメージになるとか。

 トップスとボトムスの色や形で組み合わせのセオリーがあって、体型によって似合う似合わないがあるとか。


「ファッションは、実はセンスではなくてロジックなんだよ」


 ──なんてことも教えてくれた。


 色々とセオリーがあって、それを守れば誰だってそこそこカッコいいコーディネートができるらしい。だから理屈をちゃんと知ってるかどうかが大事らしい。


 そんな話に俺はただただ感心して「そうなんですね」とか「へぇ、すごい」を連発していた。

 だから正直言って、会話の回数的にはあまり増えてはいない。


 しかしヒデさんのアドバイスのおかげで、ティーシャツ二種類と、パンツ。それに靴とアクセサリーを一つ買って、無事に買い物を終えることができた。


 締めて二万円弱。

 まあかなりの痛手だけど。

 ゲームにガバガバ課金するよりは有効な使い途だろう。

 モテるための投資だと思って諦めた。


 服屋を出たところで、花恋姉がお茶でも飲もうよとみんなに言った。


「ああ、それならここの三階にフードコートがある。そこのカフェに行こうや」


 ヒデさんがそう提案した。


「ちょっと俺、トイレ行ってから行くわ。姫宮と花恋は先に行っといてくれ。冬威は一緒にトイレ行くぞ」


 いきなりヒデさんがそんなことを言う。

 だけど俺は、別にトイレに行きたくはない。


「あ、いや俺は……」

「はあ? 男同士の連れションに付き合えないっていうのかよ?」


 いきなりヒデさんは不機嫌になって、顔を歪めた。目つきの圧がすごい。


「あ、いえ。行きます……」


 この人、親切なのかワガママなのかよくわからないな。


 もしかしたらやっぱり俺みたいな非リアは下に見て、自分の気のままに振り回してるのかな。


 そうは思ったけど、俺のために服選びのアドバイスをしてくれた恩もあるし。

 だから仕方なく、俺はヒデさんの後ろについてトイレに向かった。


 花恋姉と姫宮さんは、先にひとつ上の階のフードコートに向かうために、エスカレーターに乗った。

 ちょうどその姿が見えなくなったところで、ヒデさんは突然立ち止まって、こんなことを言い出した。


「なあ冬威。今日は服を買う以外に、花恋からなにか指示は出てるのか?」

「え?」

「あいつ、結構スパルタなとこあるからなぁ。例えば笑顔を何回見せろとか、何回会話をせよとか。なんかノルマを課されてるんじゃないのか?」

「あ、いや……」


 ドンピシャだ。

 鋭いなこの人。


「隠さなくていいよ。花恋から今日の目的は聞いてるから。冬威がリアルでコミュニケーションをトレーニングするんだろ?」

「あ、はい。そうです……」

「でさ。これは冬威には内緒にしてくれって言われてるんだけど……」


 ヒデさんは頭を掻きながら、苦笑いを浮かべた。今までと違って優しい表情だ。


「ちょっと話しかけにくい雰囲気で冬威と接してくれって、花恋から言われたんだよなぁ。ハードルを上げるために」

「えっ?」


 マジか?

 だからこの人、俺に圧をかけるような態度をしてたんだ。


 非リアな俺を下に見てるとか、疑って申し訳なかったな……


「でもなんでヒデさんは、内緒だって言われてるのに俺に言うんですか?」

「それはさ。冬威がかなり苦戦して、苦しそうだからだよ。スポーツも一緒だけどさ。初心者は厳しい訓練で苦しみを感じるよりも、やってて楽しいとか、成功体験をするのがまず大切かなぁって思ってる」


 ヒデさんはサッカー部のキャプテンとして、今までもそういう考え方で初心者の部員と接してたらしい。


「ホント、スパルタだからな花恋は。だからきっと、何回話せとか何分間話せとか、何か目標設定があるんじゃないかと思ってさ」


 ここまで内実を話してくれたヒデさんだから、俺もホントのことを言おうと思った。


「あ……そうです。百回会話をしろって言われてます」

「うわ、百回……そっか。ハードだな」

「はい……」


 ヒデさんは「あはは」と笑った。


「でもさ冬威。花恋はホントに冬威のことを想ってるから、恨みに思うんじゃないぞ」

「あ、それはもう、充分にわかってます」

「そっか。ところで冬威」

「え?」

「お前、今は割と普通に俺と話せてるよな?」

「あ、そう言えば……」


 確かに。

 それはヒデさんからさっきまでの威圧的な雰囲気がなくなったからだ。

 それにヒデさんの考えてることがわかって、俺を心配してくれてることを知ったからだ。


「冬威は自分の中に何もないんじゃなくて、それを表に出すのが苦手なだけなんだよ」


 確かにそうかもしれない。

 そう思えるだけの、ヒデさんの温かくて優しい話し方だった。

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