第16話:桜木冬威は録画を観る

 俺が主人公のセリフを喋っている姿を録画した動画。それを再生してみた。


 そこに現れたのは、どよんと陰気な顔で引きつって笑う俺の顔。

 声もこもった感じで滑舌も悪い。だから何を言ってるのかよくわからない。


「なんだコレ?」

「なんだコレって、トーイよ。自分の顔も忘れちゃった?」

「忘れるかよっ! それはわかってる……」


 俺は自分が爽やかとは程遠いとはわかっていた。だけど今はできるだけ爽やかな表情と声を心がけたつもりだ。


 だけど画面に映るのは、ゴブリンかと思うほど陰気な顔と声の俺だ。

 ショックだ……


「それが他人から見たトーイね。どう?」

「いや……衝撃的に陰気だな」

「ふむふむ。自分を客観的に見る機会はなかなかないから面白いでしょ」


 いや、面白いっていうか。

 これを見て、いくらなんでも面白いとは思えないぞ。

 海よりも深い悲しみが訪れましたって感じしかない。


「まあ最初は慣れないから固いのもあるけどね。トーイのイメージはだいたいそんな感じなわけよ」

「ショックだ。死にたい」

「死ぬな」

「まあ、死にはしないけど」


 しかし「あはは」と乾いた苦笑いしか出ない。


「トーイの名誉のために言っとくとさ。私と話す時はもうちょっとマシだからね」

「そ、そっか」

「でもクラスメイトとかといる時は、こんな感じなんだろね。あんまりクラスで打ち解けてないみたいだし」

「確かに」


 花恋姉とだけはリラックスしてるし、そこそこ話もできる。だけど外では構えてしまってるし、きっと普段の俺はこんな感じなんだろう。


「だからこれを使って、自分を客観的に見ながら矯正していこう」

「できるかな……」

「できるよ。表情なんて表情筋が鍛えられたら豊かになるし、声だってそう。ただ時間をかけて鍛えなきゃダメだけどね」

「そっか……」


 でも確かに、今のままじゃ女の子にモテるはずもないってよくわかったよ。

 こんなゴブリンみたいな陰気な男を、好きになってくれる女の子なんていない。

 いるとしたらメスゴブリンだけだ。


 ──なんなんだよメスゴブリンって。


 俺の彼女はメスゴブリン。やだよそんなの。


「それにしても花恋姉はすごいな。漫画のセリフなのに棒読みじゃなくて、まるで声優みたいだ」

「声優じゃないよ。キャラクターボイスはいかにもアニメ声になるから不自然でしょ。私は俳優が自然に話すようなのを心がけてレコーディングしたから」

「なるほど確かに。そう言われたらそうだな」

「だからトーイも、漫画が題材だからってアニメのセリフ回しを真似しちゃダメだからね」


 そこまで考えてるなんて。

 そしてそれをさらっとやってのけるなんて。

 やっぱ花恋姉はすごいな。


 あ、もしかしたら。

 ラブコメ漫画を選ぶ時に、花恋姉は「できるだけリアル寄りのもの」と言った。


 ぶっ飛んだ設定の作品だと、セリフ回しやテンションがおかしなものが多いもんな。それじゃあ練習の題材としては合わなさそうだ。

 だからリアル寄りのものを求めたのか。なるほど。


「わかった」

「じゃ、明日から、このトレーニングもやってくれるかな?」

「ああ。ここまで花恋姉がやってくれたんだからな。やるよ」

「そっか。手間かけた甲斐があったかな」


 花恋姉は、少しホッとしたような感じではにかんだ。

 そして照れたように指先で前髪の先を引っ張る。


 いつも大人ぶる花恋姉だけど、珍しくそんな少し子供っぽい仕草を見せた。

 俺がやる気になることが、やっぱりそんなに嬉しいのかな。


「ところで花恋姉。このデジタルコミック、どこまで作ってくれたの?」

「あ、最後まであるよ。一巻丸ごと」

「えっ? マジか!」

「うん」

「いったい何時間かけたんだよ」

「何時間かな……わかんない。あ、でもそんなにはかかってないかな。トーイは心配しなくていいよ」


 そんなの嘘だ。

 200ページを超える漫画をスキャンして、ヒロインのセリフをアフレコする。

 そしてそれをブラウザ表示できるようにHTML化する。

 それは膨大な作業だ。


「何十時間もかかったはずだろ」

「あ、いや。私ってさ、ほら。なんでもできるスーパー美少女だから。ちゃっちゃっちゃーってね。あっという間」


 おいおい、自分で美少女言うか?


 それにしても、あっという間なんてのは嘘に決まってる。


「でも花恋姉。夏休み入って毎日部活やってたろ? 忙しいのに、よくできたな」

「あ、まあね。別に夜は暇だし、問題なし!」


 昼は部活なんだから疲れてるだろうに。

 夜に俺のために、ここまでしてくれてたのか。


 それなのに俺は──


 自分が良くなるためなのに、やる気が出ないとか言ってサボってた。


 そりゃあさっきみたいに、花恋姉は激怒するわ。

 自分がこんなに一生懸命にやってるのに、肝心の俺がやる気が出ないとか。

 俺だってきっと激怒する。


 ホントにごめんな花恋姉。


 そう思うと、胸の奥が震えるようにキュッと苦しくなった。

 そしてじんわりと目が潤む。


「ありがとう花恋姉。俺、がんばるよ」

「あ、こらトーイ。なに泣いてんのよ」

「泣いてなんかないし」

「泣いてるでしょ」

「泣いてない」

「んもう。ホントにアンタって手のかかる子ね。大人なんでしょ? だったら簡単に泣くな」


 そんなこと言って──


 誰だよ。

 さっきぼろぼろに泣いてたのは。


 それにいつも俺を子供扱いするくせに、こんな時だけ大人なんでしょなんて言って。


「だから泣いてないって。これは涙じゃない。心の汗だ」

「は? くっさ」

「クサイ言うな!」

「だってトーイがそんな青春みたいなこと言うなんて。クサすぎて笑える。あはは」

「あははじゃねぇよ」


 なんだよ。

 せっかく感動してたのに。

 冷めちゃったじゃないか。


 しかもなんかマジな感じでいるのが、めちゃくちゃ照れ臭く感じる空気になってる。

 だから俺は感謝の気持ちを言いにくくなって、心の中で「ありがとう花恋姉」と呟いた。


 まあでも──

 花恋姉が言う「本気で取り組む」ってことの意味がわかった気がする。


 これからは、ホントに本気でやってみよう。

 もう言い訳やネガティブなことは言わないようにしよう。

 俺は素直にそう決心した。

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