第15話:花恋姉は本気で心配してくれる

 なんだか花恋姉の顔が、今まで見たことがないくらい──可愛く見えた。

 姉のような存在なのに、ヤバいくらい、可愛く見えた。


「ありがとう花恋姉。俺ってやっぱへたれだよな。だけどそんな俺を、本気で心配してくれて、ホントにありがとう」


 俺は心からそう言って、花恋姉の綺麗な二重の目をじっと見つめた。

 花恋姉の瞳に俺の顔が映り込んでいるのがはっきりとわかる。


 花恋姉は俺をじっと見つめながらパチパチと何度か瞬きをした。そして頬がさあっとピンク色に染まる。


「わ、わかった。わかったから……手を離してちょうだい」

「あ、ごめん」


 俺が手を離すと、花恋姉は顔をそらして手首を反対の手でぎゅっと握った。

 頬を赤らめて顔をそらすなんて、花恋姉のこんな姿を初めて見た。

 なんというか……大人っぽい色気を感じてドキッとしてしまう。


 いかんいかん。姉のような花恋姉をそんな目で見てしまうなんて、弟失格だな。


「あのねトーイ。アンタならできると思うから、私は言ってるのよ。だってアンタ、イラストでは神絵師なんて呼ばれてるんでしょ?」

「あ、ああ。まあな」


 実のところ花恋姉は俺のイラストを見たことがない。

 花恋姉は何度も見たいって言うんだけれど、美少女イラストを見せるのは恥ずかしいから俺が拒否ってる。


 俺が神絵師と呼ばれてるってのは、俺が言ったことをそのまま信じてくれてるんだ。


「じゃあトーイは、大した努力もしないで、絵がそんなに上手くなったの?」

「いいや。今まで膨大な時間と労力をかけてきた」

「一つのことでちゃんと努力できる人は、他のことでも成功できるよ」

「そ、そっかな」

「うん。ただし本気になれば、ね」


 確かに花恋姉の言うとおりかもしれない。

 つまり上手くいくもいかないも、俺が本気になれるかどうか、ってことだ。


 俺はひとつ深呼吸をして、花恋姉に話しかける。


「ホントにごめんな花恋姉。俺、やっぱ本気でトレーニングに取り組む。花恋姉にこれ以上心配をかけたくないし、それに俺自身もやっぱ彼女が欲しいし」

「そっか。わかったよ。アンタがそう言うなら、私は今までどおり協力するから」

「うん。花恋姉。改めましてよろしくお願いします」


 俺は右手をまっすぐ伸ばして握手を求めた。

 花恋姉も右手を出して、俺の手をぐっと握ってくれる。


「うん。こちらこそよろしくトーイ。がんばろうね」


 そういって花恋姉は、目を細めてニコリと笑った。

 そしてその顔は、まだ頬がうっすらピンク色に染まっていた。




***


 明日からは本気でトレーニングに取り組む。

 俺がそう言うと、花恋姉は「よしよし」と俺の頭を撫でた。


 あ、いや。

 幼な子じゃないんだからさ。

 相変わらず子供扱いされてるよな。


「よし。トーイが本気でやるって言うなら、秘密兵器を授けてあげよう」

「ん? 秘密兵器?」


 花恋姉はショートパンツのポケットに指を突っ込み、小さなUSBを取り出した。


「パソコン借りるよ」


 カチカチとマウスでクリックして、USBの中のファイルを俺のパソコンにコピーする。

 そしてその中の一つをクリックすると、ブラウザが立ち上がった。


「これ……は?」

「まあ座ってよ。マイクとカメラで録画もできるようにして」

「あ、うん」


 俺はデスクに座り、花恋姉の言う通りにする。


 立ち上がったブラウザには、なぜか俺が花恋姉に貸したラブコメ漫画の表紙が表示されている。


「これはね。トーイが楽しみながら、表情と声の出し方のトレーニングができるように、私が作った紙芝居みたいなもん。しかも音声付き!」


 確かに漫画の表紙をクリックすると、漫画が一ページずつめくられる。

 WEBコミックサイトで販売しているデジタルコミックみたいな感じ。


 しかも──なんとヒロインが喋った!

 うぉっ、CV(キャラボイス)付きだ。


「これ……花蓮姉の声だよな」

「そうだよ。私がアフレコした。……でも主人公のセリフはないから、そこに合わせてトーイが喋ってよ」

「え? つまり……?」

「んもうっ! 相変わらず飲み込みが悪いね、トーイは!」


 いや、あの……

 ほっぺをぷっくり膨らませながら、人差し指で俺のほっぺをぷにぷにするのをやめてもらえますか?


 花恋姉が説明するところによると──


 これはつまり、俺が爽やかな主人公になりきって、表情や発声を練習するためのものらしい。


 この前花恋姉に課せられたのは、単に原稿に書いたちょっとしたセリフを読んで発声の練習することだった。

 それだと面白くもないし、どうしても表情なんかも作りにくい。


 だからわざわざこんなものを作ってきたらしい。

 デジタル紙芝居。


 ──うっわ、マニアック! オタクの俺から見てもマニアックすぎる。


「とにかくちょっとやってみてよ」


 花恋姉はそう言って、横からマウスを使って画面のページをめくった。

 俺は花恋姉の指示に従って録画ソフトを起動する。

 俺の表情や声を録画するためだ。


 画面では、主人公がヒロインから親切にしてもらって「ありがとう」と爽やかに礼を言うシーンが開かれた。

 ヒロインの声が流れる。


『私がこんなことするの……迷惑だった…かな?』


 花恋姉の声。まるで声優みたいに上手い。すげえ!


「ほらトーイ! アンタの番よ!」

「え? あ……そっか……」

「ほら。ちゃんと主人公のセリフを言わなきゃ!」


 俺は画面に表示された漫画の吹き出しを読む。


「め、め、め、迷惑なんかじゃないよ。あ、あ、ありがとう」

「ははは、グダグダだね」


 花恋姉はお腹を抱えて、楽しそうにケラケラ笑ってる。


「まあ最初は慣れないからそんなもんでしょ。もう一回やってごらん。できるだけ爽やかにね。でも何度失敗してもいいんだからリラックスリラックス」


 俺はブラウザをリロードして、さっきと同じページをもう一度表示させる。

 そしてまたヒロインのセリフのあとに、主人公のセリフを喋る。


『私がこんなことするの……迷惑だった…かな?』

「迷惑なんかじゃないよ。ありがとう」


 ──おおっ! ちゃんと言えた!


「どう? 今の、いいんじゃない?」

「さあ、どうだろねぇ、ひひひ。録画再生してみ」


 横に立つ花恋姉は意地悪に笑って、それ以上なにも言わない。

 ひひひってなんだよ。魔法使いのおばあさんかよ?


 俺なりにはうまく言えたつもりなんだが……

 なんて思いながら、録画ソフトで自分の姿を再生した。

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