第17話:花恋姉はチェックしに来た?
***
それから十日が経った。
俺はイラストの締め切りも終わったし、特にやらなきゃいけないこともないから、毎日朝から晩まで花恋姉が与えた課題に取り組んだ。
この十日間で筋トレはそんなに苦しくなくなってきたし、良い姿勢を保つこともなんとなく苦じゃなくなってきた。
表情も前より動く感じがするし、声もハキハキ出るようになった気がする。
たった十日で何かが変わったかと言うと、外から見れば案外そうでもないのかもしれない。
だけど毎日トレーニングを続けられているという充実感はあるし、なんとなく身体が締まってきた気もする。
そんな中、花恋姉からメッセージが入った。
明日の昼過ぎに行くから、時間を空けておけって。
時間を空けるもなにも、俺には特に予定なんかない。だから『いいよ』とひと言メッセージを返した。
なんだろ?
ああ。きっと俺がちゃんとやってるかどうか、またチェックに来るんだろうな。
今度は自信を持って「ちゃんとやってる」って答えられるからな。
いつでも来いやぁ、なんて思った。
そして翌日の昼過ぎ。
予定通り花恋姉は俺の部屋に現れた。
***
いつもなら花恋姉は夜に来ることが多い。
昼は部活だなんだと忙しいみたいだし、夜なら俺が部屋にいることが確実だからだ。
そんな時の花恋姉は、だいたいいつもラフなティーシャツにショートパンツスタイル。
晩飯食って、風呂入ってから来ることが多いからな。
けれども今日は真っ昼間。
さすがにいつもとは違う服装で現れた。
デザインが施された白いブラウスに、小さな花柄があしらわれたちょっとフレアなミニスカート。
でも決して子供っぽい感じじゃないのは、可憐姉のスレンダーなスタイルと整った顔つきのせいだろう。
うーん、足も長い。さすがはアメリカ人とのハーフ。
ナチュラルだけど今日はメイクをしてるみたいだし、首につけたチョーカーも大人っぽい色気を増している。
「これこれトーイ。いくら私が美人だからって、見とれるでない」
「いや、見とれてなんかないし!」
なんて言ったものの、実は見とれていた。
普段俺が見る花恋姉は、俺の部屋でのラフなスタイルか学校で見かける制服姿。
今日の花恋姉は、さすが学校一の人気女子だと思わせる綺麗さだ。やっぱ凄いわ。
普段はあまり見かけない雰囲気の花恋姉だったから、思わず見とれてしまった。
もしも
──あ、いかん。
『俺なんて』ってのは禁句だった。
口にしたわけじゃないけど、心の中で言っちゃうのも気をつけないと。
「ところでトーイくんよ。トレーニングメニューはちゃんとやったのかな?」
後ろ手で、ちょっとおどけたように首を傾ける花恋姉。
むふふ。今回は胸を張って答えられるぞ。
「ああ、もちろん」
花恋姉が作ってくれたトレーニングメニューは、いやと言うほどこなしたぜ。
「そっか」
花恋姉はニコリと笑った。
しかしなぜかその直後に、情けなく眉根を寄せた。そして少し上半身を前に出して、遠慮がちにこう言った。
「私がこんなことするの……迷惑だった…かな?」
え?
なに?
なんで花恋姉は、今さらそんなこと言うの?
一瞬頭がパニクりかけたけど、はたと気づいた。
──あっ、そっか。
俺は録画で見た自分の表情を思い浮かべながら、できるだけ爽やかな笑顔を心がける。
声も同じく滑舌良くハキハキと。
「迷惑なんかじゃないよ。ありがとう花恋姉」
俺の姿を見て、花恋姉は大きな目をさらに大きくした。
「おっ? おおーっ! やるねトーイ!」
「そ、そっか?」
「うん。今までと比べたら雲泥の差だよ。顏も声もだいぶん爽やかになった」
「そっか、ありがとう」
そう。今のはデジタル紙芝居の中のセリフだ。
何度も何度も練習した割には、一瞬わからなかったのが悔しいけど。
いや、まさか急にこんなフリをしてくるなんて思わなかったから、気がつくのが遅れた。
「ふむふむ。今の『ありがとう』もいい感じだよ。ありがとうって言葉は魔法の言葉だからね」
「魔法の言葉?」
「そう。この言葉を適切なタイミングで感じ良く言える人は、とっても好感度が上がる」
花恋姉は満足そうにコクコクとうなずいた。
「なるほど。確かに」
「まだ満点には遠いけど、それでも7、80点はあげられるよ」
また頭を撫で撫でされた。
どこまでいっても子供扱いだな、あはは。
「姿勢も良くなってるし、身体もなんとなく締まってきた感じがする」
花恋姉は俺の腹にチラと目をやってそう言った。
「それに表情もだいぶマシになったね。この十日間、どれくらいトレーニングしてたの?」
「えっと……毎日八時間くらい」
「うわ。アンタ、サラリーマンか!」
「どういうリアクションだよ!」
なんだよ。
すっごく頑張ったね、とか期待してたのに。
筋トレも頑張ったし、デジタル紙芝居による発声&表情トレーニングなんか、もう数えきれないくらい繰り返したよ。
おかげであの漫画の主人公の会話なんか、ほぼ暗記してしまったくらいだ。
「あはは、冗談冗談。よく頑張ったよ」
あ──
とても優しくて温かい目。
目を細めてふわっとした笑顔で俺を見つめる花恋姉は、すごく可愛かった。
「うん、これならまあいいね。じゃあトーイ、お出かけしようか」
「え? どこに? 何しに?」
「まあ練習試合みたいなもんよ」
「は? 練習試合?」
「ずっと基礎トレばっかやってたら飽きるでしょ。だからたまには練習試合」
花恋姉が、意味不明なことを言いだした。
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