第11話:桜木冬威は高揚する

***


 翌朝。夏休み前最終日。つまり一学期の終業式だ。

 昨日の花恋姉のアレはなんだったんだろうと思いながらも、バタバタしながら朝の支度をして家を出た。



 ウチの高校は終業式の日は、式とロングホームルームだけで午前中に終わる。


 終業式ではいつもの校長先生の長話があった。


「君たちの中には、自分には力なんて無いと思い込んでいる人もいます。だけど私は言いたい。君たちにはできる! 一人一人がこの夏の目標をしっかりと持って有意義に過ごしてほしい。過去は過去です。未来を変えるのは今の自分なのです」


 いつもなら話の中身なんか聞いちゃいない。ただただ、話よ早く終われと考えてるのみ。


 しかし今回の俺は違うよ。まるで俺を励ましてくれてるようじゃないか。

 むふふ。未来を変えるのは、今の自分なんだ。


 そんな、ちょっと高揚した気分で教室に戻った。そしてホームルームも無事に終わり、もう帰るだけとなった。


 教室の後ろの方に、リア充四人組が集まって話をしている。どうやら夏休み中にプールに行くとか、予定の確認をしているようだ。


 みんな笑顔で楽しそうだな。

 さすがにみんなキラキラしていて、リア充真っ盛りって感じ。一ノ瀬さんは相変わらず天使の笑顔だ。


 ふふふ見ておれ。俺も夏休みで変化して、夏休み明けにはきっと立派なリア充になっているだろう。


 ──あ、いや。トレーニングしてもいきなりリア充にはなれないから、リア充もどきか。


 そして視線を鈴村さんに向けた。


 スクールバッグを肩にかけて、小柄な彼女らしくチョコチョコと歩いて教室を出て行くのを見届ける。

 襟元で二つに結んだ黒髪がぴょこぴょこと揺れている。


 表情は決して豊かじゃないけど。そして服装は真面目な膝丈スカートに、シャツもボタンをぴっちり止めた地味スタイルだけども。

 相変わらず小動物のような動きで可愛い。


 待っててくれ鈴村さん。俺は夏休みで変身して、この教室に帰ってくるからね。


 ウチの高校は夏休み中は特に登校日とかないから、クラスのメンバーと次に顔を合わせるのは夏休み明けだ。


 俺はスタスタと扉まで歩き、教室内に振り返って、まだ残っているクラスメイト達に向けてこう言い放った。


 ── I'll be back.(また戻ってくるよ)


 ただし心の中だけで。



***


 その日帰宅した俺は昼メシを食った後、自室に戻って、花恋姉が昨日ノートに書いたトレーニングメニューを眺めていた。


【見た目改善基礎トレーニング】と書かれた標題の後に、いくつかのメニューが記載されている。


●筋トレ(腕立て、腹筋、背筋、スクワット等)

※ムキムキになる必要なし。体が引き締まることと、背筋・腹筋の強化がメイン

〈目的〉筋力をつけ良い姿勢を保ち続けられるように&たるんだ身体を引き締める


 俺は普段から姿勢が悪くて、それが陰気な印象を周りに与えていると花恋姉に言われた。


●ウォーキング(歩幅を広げてゆったりと、足をまっすぐ伸ばして歩く)

〈目的〉姿勢矯正&カロリー消費


 狭い歩幅でチョコチョコ歩くと見栄えが悪く、余裕がないように見えるらしい。


●PCカメラとマイクで自分を撮りながら、ポジティブ単語の発生練習(録画を見直して自分の表情と声を客観的に見る)

〈目的〉自然な笑顔や豊かな表情になるように。ハキハキ喋るために


 ポジティブ単語ってのは例えば「ありがとう」とか「大丈夫だ」とか「やれる」とかだ。


 これがオリジナルメニューというやつ。


 花恋姉いわく、ネガティブな言葉を絶対に使っちゃダメとは言わないけど、俺は普段からネガティブな言葉が多いらしい。だからしばらくはネガティブ言葉を使わないように心がけなさいという指令が出た。


 特に『どうせ俺なんか』『非リア』『キモオタ』のスリーワードは厳禁だそうだ。


 うーん……確かに自分を評する言葉としてよく使ってる気がするな。気をつけよう。



 さてと。じゃあ早速、トレーニングを始めますか!


 冷蔵庫から持ってきたスポーツドリンクの蓋を捻り、カチリと開ける。口につけてグビっとひと口。

 よし、と気合いを入れて、俺は筋トレを始めた。



 ──十分後。


「ああああっ……もうダメだぁ~ 限界っ!」


 腕立て伏せのせいで腕が。

 スクワットのせいで太ももが。

 プルプルと震えて、自分の手足じゃないみたいだ。もちろん腹筋も背筋も痛え。


 はあはあ、ぜいぜいと息が切れて胸も痛い。スポーツドリンクのペットボトルを手にして、まるで生命の水のように喉に流し込んだ。


 いやこれやべぇ。どんだけ運動不足なんだよ。俺の身体はおじいちゃんかよ。


 そういや花恋姉に、何度も「耳はおじいちゃんか!」と言われたのを思い出した。

 なんだかよくわからないけど、おかしくなってきてプププと笑い声が漏れる。


 とりあえずちょっと休憩しよ。


 そう考えてデスクに座る。

 何気なくパソコンの電源を入れる。


 ──あ、そうだ。


 休憩を兼ねて、依頼を受けてる同人誌のイラスト、ちょっとやっとくか。

 そう考えてパソコンの電源を入れた。


 俺の専門は美少女イラスト。

 アニメキャラやラノベの表紙のような、可愛い女の子を描くのが大好き。


 中学の頃から書き始めて、今はSNSに描いたイラストを載っけてる。

 ちなみにイラストレーターとしてのペンネームは「TOY」だ。


 おかげさまで今ではファンもたくさんついて、SNSのフォロワーは10万人を超えた。中には俺のことを「神絵師」だなんて呼んでくれる人もいる。


 そんな繋がりで、有料でイラストを依頼されることもあって、高校生の小遣いにしては大きいお金を貰っている。

 まあパソコンの周辺機器やラノベ、コミックなんかに消えていくが。


 今も三日後に納品約束のイラストがあって、そろそろ仕上げないとヤバい。

 俺は遅筆だし、細かいところにこだわるから、なかなか多くのイラストは描けないんだよなぁ。


 ペンタブレットのペンを握って、イラストを描き始める。

 さっきまでプルプル震えてた腕もようやく落ち着いてる。よし快調だ。


 俺はトレーニングの続きをすることも忘れて、ついついイラストを描くことに没頭してしまった。

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