第8話:花恋姉はレクチャる
付き合いが深まると性格もわかってきて、その重要度が高まる。相対的に見た目の重要度も下がる。花恋姉はそう言った。
「実際には、人によって重視する項目は違うからね。付き合いが深くなっても見た目を重視する人もいるし、コミュニケーション力を重視する人もいる。反対に性格の割合がもっと高い人もいる。だからこのパーセントはあくまで目安ね」
あ、それはわかる気がする。
「なるほど」
「つまり! いいかなトーイ。今から大事なことを言うよ」
「お、おう。なんだ?」
「ここ、試験に出るとこだからなぁ。しっかり聞いとけよ!」
「な……なんの試験?」
あとで試験があるのか?
マジかよ?
「いや、試験なんかしないけどね。さっきのは数学のヤマモト先生のモノマネ」
「はぁぁぁ?」
「似てたでしょ? 『出るとこだからなぁ』の、『なぁ』って部分」
「いや、確かにそう言うけど……」
いきなり教師のモノマネをぶっこんでくんなよ。アホか。
ついて行けねぇ……
「あの……花恋姉」
「なに?」
「ギャグを放り込まれると、本筋がよくわからなくなるから。ちゃんと教えてくれる?」
「え? あ、ああそうね。アハハ」
花恋姉ってこんな綺麗な顔をして、ギャグのセンスはイマイチだな。
「つまり、『見た目』を磨くだけじゃダメってことよ。その相手にトーイっていう商品の良さを知ってもらうことが大事ってわけ。しかも自分に魅力を感じてくれるような相手にアプローチしないといけない」
「あ……そんなこと、今まで俺、全然やってない」
「そうね。だから今までのトーイじゃあ、彼女なんてできっこないって言ったのよ。わかる?」
見た目が冴えないくせに、女の子とコミュニケーションも取らない。自分に合う相手と出会う努力もしない。
なるほど、そんな俺が彼女を作れるわけはないってことなんだよな。
うーん……悔しいけど反論できない。
「ところでこれってなかなか面白いけど、いったいなんの理論なんだ?」
「えっと……パパの理論よ。花見ジェームズ理論」
「え?」
「まあパパもベテランの凄腕コンサルタントだからさ。だいたい合ってると思うよ。私の肌感覚としてもね」
ジェームズ伯父さんに教えてもらったとはさっき聞いたけど。
これはまさかの、ジェームス伯父さんが作った理論?
大丈夫かよ?
伯父さんは経営コンサルタントであって、恋愛コンサルタントではないよな。
でも花恋姉も肌感覚として合ってるって言ってるし、まあとりあえず信頼しとくか。
うまくいかなくてダメ元。うまくいけば、なんと俺に彼女ができるんだ。
彼女だぞ彼女!
──ああ、この素晴らしい響き。
「わかった。花恋姉の言う通りだ。だけど理屈はわかったけど、実際にどうしたらいいのか……さっぱりわからん」
「そうだね。そんなに難しいことじゃないよ」
そう言って花恋姉はニコリと笑った。
「まずは『見た目』で大事なこと。三つあるけど、なんだと思う?」
「顔と顔と顔か?」
「おんなじギャグを二度言うなぁっ!」
「イテっ!」
また頭をぽかりと殴られた。
くそっ、この暴力教師め!
教育委員会に訴えてやる。
「それは『清潔感』と『覇気』と『笑顔』よ。清潔感はアンタの場合、特に髪型。だから最初に前髪の話をしたのよ」
ああ、なるほど。だから花恋姉は、前髪以外にも色々とやることがあるって言ったのか。
「でも髪型は最後の仕上げにしよう。どうせ明後日から夏休みに入るし」
「あ、わかった」
「トーイっていう商品の一番のウイークポイントは『覇気』と『笑顔』だね。ぜーんぜんダメ!」
うぐっ……
そりゃ俺自身も自覚してる。
でもそんなにあっけらかんと言うなよ。
やっぱムカつくなコイツ。
「トーイはね。表情も話し方も起伏に乏しいし、猫背だし覇気がない。だからドヨンと暗くて辛気臭く見える。しかも運動不足で最近は身体はポテっとしていて見苦しい。動きがセカセカしてて余裕がない」
あの……これって悪口の見本市ですか?
よくぞそれだけスラスラとディスりが出るもんだ。
そろそろムカつきを通り越して、悲しくなってきた。
さらに花恋姉のディスりは続く。
『笑顔』は最高のメイクと言われるように、すごく大事なのに、俺の笑顔は全然なんだと言われた。
「トーイって、普段あんまり笑わないもんねぇ」
──え?
自分ではまあまあ笑ってると思ってたけど……
しかもたまに笑うと、もにょっとした笑いになってるらしい。自覚は全然ないけど。
うん、散々な言われようだ。悲しみしかない。ちょっとは遠慮というものを知らないのかこの女は。
──なんて思った時に。
「でもこれはね。悪口じゃなくて、現状分析なんだよ」
そんなことを花恋姉様はおっしゃった。そしてこれらの問題点はトレーニングで改善できるとも。
ふむ。現状分析ね。
そう言っとけば、どんな悪口を言っても許されるように聞こえるね。
魔法のワードかよ、『現状分析』ってやつは。
でもまあ、改善ができるっていう言葉に、俺は希望を抱いて生きることにしよう。
そうでもしないことには、現状分析というヤロウに現実直視させられて、精神崩壊しそうだ。
いや、俺は決して泣いたりなんかしないぞ。耐えてやる。
──ぐすん。
ま、それはともかくとして。
さっきからすっごく疑問に思っていることがある。
「あの、花恋姉。『見た目』ですごく大事なことを忘れてる気がするんだけど……」
「なに?」
「顔の作りっていうか……俺、イケメンじゃないし」
「ああ、それね。顔の作りは横に置いとこ」
「は? 横に……置いとく?」
ソコ、イチバンダイジナ、トコジャナイノデスカ?
「顔の作りは簡単に変えられないから、気にしても仕方がないってこと」
「いや、でもイケメンじゃないとモテないでしょ?」
「そんなことないって!」
花恋姉があまりに爽やかに否定するもんだから、俺は一瞬わけがわからなくて固まってしまった。
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