第3話:天使は助け舟を出す

 リア充男子、三ツ星のからかいに、どうしたらいいのかわからなくて固まってたら、突然天使のような声が聞こえた。


「ねえ三ツ星くん。からかうのはやめてあげてよ。桜木君も、それに鈴村さんもかわいそうでしょ」


 リア充女子の中でも人気ダントツナンバーワンのいち 優香ゆうかさん。

 そう。俺が一年の時、憧れてただ眺めていた女の子。なんとその彼女が助け舟を出してくれたのだった。


 彼女は誰にだって優しい。そして極めつけの美人。だから誰からも好かれている。


「あ、いや、一ノ瀬さん。オレは別にからかってなんかいないさ」


 あの自信満々で俺様オーラがプンプンの三ツ星が慌てている。さすがは一ノ瀬さん。格が違うってことか。


「なあ健二。オレ、別に桜木をからかってなんかいないよな。事実を言ってるだけだし」


 三ツ星は一ノ瀬さんの横に立っている倉木くらき 健二けんじに、助けを乞うような視線を向けた。


 倉木はバスケ部所属の長身イケメン男子。これまた典型的なリア充で、三ツ星と並び称される存在だ。

 ただし倉木は三ツ星と違ってそれを鼻にかけるでもなく、いつもニコニコ飄々としている優しい感じの男子。


「いや純輝じゅんき。からかってるようにしか見えないぞ。やめとけ」

「うぐっ……」


 三ツ星は倉木から同意を得られずに眉をしかめた。そしてその顔を、倉木のさらに横に立つショートヘアの女子に向けた。


「亜香里はどう思う? オレ、からかってなんかないよな?」


 三ツ星に訊かれたのは、いつも天真爛漫な明るいキャラの磯川いそかわ 亜香里あかり

 陸上部所属のスポーティな美少女。一ノ瀬さんに次いで二番人気のリア充女子。


 みんな俺と同じクラスで、でも学年でもバリバリのリア充トップ4を形成するのがこの四人だ。


 リア充トップ4の揃い踏み。そのキラキラとした存在感に俺は気圧され、ただ彼らの顔をきょときょとと順番に見回すしかなかった。


「そうねー。 からかってるって言うか…… 三ツ星くんの言うのも間違ってるって言うかどうかな、アハハー」


 磯川は相変わらずの天真爛漫さだけど、何が言いたいのかよくわからん。


「こらこらアカリン。三ツ星くんに気を使わなくていいからさ。さっきのは三ツ星くんが悪い! ねっ。そうでしょ三ツ星くんっ?」

「あ、いや…… でもコイツが廊下のど真ん中で口説いてたのは事実だし」


 一ノ瀬さんの天使成分満載なコメントにタジタジな三ツ星が俺を指さした。


「いや、だからあれは口説いてたんじゃなくて、単に鈴村さんを褒めようとして。接近したのもたまたまだし……」

「そんなの信じられっかよ。なあ、磯川」

「あっ、そだね……」


 磯川は三ツ星派なのか?

 三ツ星はすぐに磯川に同意を求めるよな。

 しかし磯川の言葉を横から引き受けるようにして、天使の一ノ瀬さんが口を挟んだ。


「そうかなぁ。桜木君て真面目だし、信じてあげるべきだと思うよ。ねっ、桜木君!」


 一ノ瀬さんはくりっとしたやや垂れ目がちな目を細めて、コクンと首を傾けた。胡桃色の柔らかなロングヘアがふわりと揺れる。


 まさに天使だ。この容姿。そして心配り。この人を天使と言わずして、いったい誰を天使と呼べばいいのか。

 そこまで思わせる一ノ瀬さんの笑顔だった。


「あ、うん。そうだね。ありがとう」


 俺は一ノ瀬さんに感謝を伝えたくて、なんとかその言葉だけは絞り出した。


「ほらぁ、やっぱりホントのことだって。ほらほら三ツ星君。桜木君に謝りなよ」


 俺への謝罪を強要するような内容なのに、なぜか一ノ瀬さんの言葉は嫌味も上から目線も感じさせない。

 それはこの柔らかな容姿と表情、仕草、そして清らかな声が、相手を包み込むように感じさせるおかげだろうか。


「えっ? あ、ああ。すまんな桜木」


 三ツ星の謝罪は決して心がこもってるとは言いがたい。

 しかしあの俺様男子が素直に詫びを口にするのは考えられないことだし、俺はもう三ツ星にはなにも腹が立たなかった。

 やっぱ一ノ瀬さんはすげぇ、って気持ちが心を占めただけ。


「あ、部活に遅れるから、オレ行くわ」


 ちょっと気まずいのか、三ツ星が急に他の三人に声をかけて、早足に立ち去った。


 去り際に俺をチラッと見て、チッと舌打ちしたから一瞬ビビったけど。

 でもすぐに一ノ瀬さんの優しい声が聞こえて、そちらに気を取られた。


「じゃあ桜木君。私たちも行くね」


 ふんわりとした優しい笑顔。非の打ち所がない可愛い顔。うんうん。何度見てもまさに天使だ。


「じゃあな桜木」

「桜木君、またねー はははー」


 倉木と磯川も俺に声をかけてくれた。倉木は飄々として、磯川は元気に跳ねるように、それぞれの個性を表すような歩き方で部活に向かって去って行く。


 俺……リア充トップ4と同時にコミュニケーションしちゃったよ。こんなのは初めてだ。

 まあ俺の方は、特に何かを話したわけじゃないんだが。

 それでもなんだか不思議な体験をしたような気分だ。


 そんなふわふわした感覚の中、俺も帰るために歩き出した。



***


「なるほどね。で、家に帰って晩ご飯食べて、ゆっくりしてたらまた鈴村さんのことをじわじわ思い出して凹んでたってわけだ」

「まあ。そういうこと」


 どうやら花恋姉かれんねえは、このやり取りを遠巻きに見ていたらしい。

 それで花恋姉も、ホントに俺が女の子を口説いていると思ったみたいだ。


「ふぅーん、そっか。でもさトーイ。女の子を褒めるなんて、今までのアンタじゃ考えられない行動だね。第一歩を踏み出したって感じか」

「ああ。盛大に失敗したから、せっかくの第一歩を踏み外したって感じだ」


 ははは……と乾いた笑いで俺が自虐的に言うと、なぜか花恋姉はニヤリと笑った。


「いや、トーイくんよ。これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては……あ、違う。トーイにとっては偉大な飛躍である!」

「なんだよそれ。人類で初めて月に着陸したアームストロング船長かよ」

「だね。でも間違いないよ。トーイにとって、それは偉大な飛躍の第一歩になる」


 なんだそれ。──とは思う。

 でもなんかよくわからんけど、花恋姉は俺を励ましてくれてるん……だよな?


 まあ偉大な飛躍の第一歩になんて、なるはずもないけどな。


「よぉし、トーイ。アンタに彼女ができるように、私がレクチャーしてあげよう!」


 突然花恋姉が、そんなわけのわからないことを口走った。

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