第2話:桜木冬威はテンパる
***
同じクラスの黒髪メガネの地味女子、文芸部所属の
俺が仲良くなりたいと思っている地味女子だ。しかし未だにあまり話したこともない。
だけどチャンスがあったら話しかけようと思っていた。そこで問題は、どんな話題を持ち出すか。
俺はリア充民みたいに、即興で話題を生み出すなんて
前もってどんな話をするか、考えておかなきゃ話しかけることすら困難なのだ!
──って偉そうに言うべきもんじゃないけど。
そこで俺はここ一ヶ月くらい、二つの話題を心掛けていた。
一つは「最近部活どう?」。これは使用の難易度は低い。俺みたいなコミュ力低レベル男でも充分使える初期アイテムだな。
しかし相手の好感度は特に上がらないだろう。しかも短期間に何度も使えないから、使いどころをちゃんと考えないといけない話題だ。
もう一つは、何か彼女の良いところを見かけたら、褒めるってやつ。これは俺には難易度は高い。だけどもし上手く言えたら、きっと彼女からの好感度が上がるはずだ。
実はそれを教えてくれたのは、何を隠そう
人は自分を褒めてくれたり好意を持ってくれる人に好意を持つ。心理学で言うところの『好意の返報性の法則』というものらしい。
一ヶ月ほど前にそれを教えてもらってから、俺はいつも何か褒めることがないかと考えながら、鈴村さんを見るようになった。
しかし残念ながら、うまく彼女に話しかける機会は生まれなかった。
そして今日の放課後、俺が女の子を口説いていたと誤解されている
ことの顛末はこうだ──
放課後。俺は教室を出て帰宅するために廊下を歩いてた。そして階段に向かって廊下の角を曲がったところで、階段を上がってきた女子とあやうくぶつかりそうになった。
それは鈴村さんだった。教室になにか忘れ物でも取りに帰ってきたのだろうか。彼女は焦った感じの早足だった。
この時間はほとんどの者が部活に向かったり帰宅するために、階段に向かって歩いている。
まさか反対方向に歩いてくる人がいるなんて思いもしなかったから、余計に反応が遅れた。
幸いぶつかりはしなかったけど、その相手とは胸と胸がくっつきそうなくらいニアミスになった。鈴村さんは俺の眼下に頭のてっぺんが見えるくらい小柄な女子。
仲良くなりたいと普段から思っていた女子との超絶接近体験。こんなシチュエーションになって、テンパるなって方が無理だ。
俺の頭の中はテンパってテンパって、脳みそがぐるぐると渦を巻いた。
その時鈴村さんの前髪、おでこの横っちょらへんに、白い花の形をした可愛い髪飾りが付いているのが目に入った。
──あ、すごく可愛い髪飾り。
そう思った。
その瞬間、いつも俺が心掛けていたことが頭に浮かんだ。
褒めなきゃ。鈴村さんのいいところを見つけたら褒めなきゃ。
とにかく褒めなきゃ。褒めるんだよ、
「あ、鈴村さん! かわいいね!」
やった! 褒める言葉が口から出た!
俺はほっとして、達成感が身体中を包むのを快く感じていた。
しかし鈴村さんは「えっ……?」と絶句したきり、みるみるうちに顔が真っ赤になって固まってる。そこに背後から、男子の声が響いた。
「おぉーい、桜木! こんな公衆の面前で女子を口説くなよぉー!」
振り返ると声の主は、同じクラスでリア充男子ナンバーワンの呼び声高い、サッカー部の
ああ、こんな顔に生まれていたら、どんなに楽しい青春だったことだろう。きっと彼女なんか作り放題に違いない。
三ツ星はそんなイケメンな顔でニヤニヤ笑ってる。
「あ、いや俺は別に……」
「おいおい桜木、ごまかすなごまかすな。だって女の子にそんなにくっついて、『かわいいね』なんて、口説いてるほかないだろ? やるねぇ。オレだってこんな廊下の真ん中でそんなことする勇気はねえなぁ。すげえよ桜木」
周りを見ると、三ツ星の声に何ごとかと、下校途中の生徒が何人か取り巻いてこちらを眺めている。
俺は鈴村さんに、その髪飾りかわいいねって言おうとしたんだ。だけど髪飾りって言葉がすっかり抜け落ちていた。
そりゃ俺みたいな男がいきなり『鈴村さんかわいいね』なんて言ったら、確かにそれは女子を口説いてるキモオタ男子の図のできあがりでしかない。
──こりゃマズい。鈴村さんにめっちゃ気持ち悪がられてるかも!?
そう思って眼下の鈴村さんに目を向けたら、彼女は耳まで真っ赤にして、俺を見上げていた。
メガネのせいで、はっきりとは表情はわからない。しかしぷるぷると肩を震わせていることはわかる。
そして次の瞬間にはうつむいて、そのまま俺を避けるように大回りして、教室の方に走っていってしまった。
──うわ、やっちゃった。最悪だ。完全なる自爆だろ俺。
「ほらあ、桜木。こんな公衆の面前で口説いたりするから、鈴村さんかわいそうに、恥ずすぎて死にそうだったぜ」
「あ、いや……だから俺は別に口説いてなんか……」
ちゃんと説明して反論しようと思うけど、やっちゃった焦りもあって、俺の口からはこんな中途半端な言葉しか出ない。
しかも相手はリア充男子の三ツ星だ。キラキラ輝くようなオーラと、押しの強い話し方に押されて、余計に言葉にならなかった。
「いや、しっかし驚いたよ桜木。お前が、こんなに堂々と女子を口説くなんてな」
──違うんだ違うんだ違うんだっ!
俺は激しく叫んだ。
ただし心の中だけで。
実際には動揺してしまって、何も言うことができずに固まっていた。
いいから三ツ星、とにかく早くここから立ち去ってくれ。
ただそれだけを考えていた。
「ねえ三ツ星くん。からかうのはやめてあげてよ。桜木君も、それに鈴村さんもかわいそうでしょ」
三ツ星のいる方から、突然涼やかな風のような声が聞こえた。俺は目線を上げてそちらを見る。
それは声から予想した通り、リア充女子の中でも人気ダントツナンバーワンの
俺が一年生の時にも同じクラスで、ただただ『こんな子が彼女になってくれたら最高の幸せだ』と眺めていた女子。その一ノ瀬さんが、なんと俺に助け舟を出してくれたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます