【第一章完結】アンタがモテだしたのは私のおかげなんだからねっ! ~従姉のお姉さんのレクチャーのおかげでモテ始めたら、なぜかお姉さんの様子がちょっとおかしい~

波瀾 紡

第1話:桜木冬威は彼女が欲しい

「ああ……彼女が欲しい」


 思わずそんな言葉が漏れた。夕食を食べてから自分の部屋にこもってたら、今日の大失敗した事件をつい思い出してしまった。もう忘れようと思ってたのに。


 壁中に貼ってある何枚ものポスターの美少女イラストキャラが、弾けるような笑顔で俺を見ている。

 うーん可愛い。だけど二次元の美少女がいくら俺に笑顔を振りまこうが、俺の心は晴れない。


 目の前の机の上には高性能パソコンがある。そのモニターにはエロ動画が流れていて、ナイスバディな可愛い女の子が艶かしい声を上げている。


 こちらはアニメじゃなくて実写。

 うん、この子も可愛い。だけど二次元であることには変わりない。俺には触ることも、双方向で話すこともできない虚構の世界。


 そんなフィクションの世界じゃなくて、現実世界で彼女が欲しい。地味でコミュニケーションが苦手な俺だって青春したいんだよ。


 とはいうものの、高校二年生の七月になった今でも、その望みはまったく叶っていない。

 もう明後日から夏休みだというのにこの惨状。


 高校一年生の頃はクラスで一番……いや学年で一番可愛いリア充女子を眺めて、あんな子が彼女になってくれたら幸せだよなぁ……なんて眺めていただけ。


 二年生になってからは、これじゃあダメだと思い直した。自分にも可能性がありそうな……いやあるかもしれない、地味系女子に目を向けた。


 同じクラスに、黒髪で小柄でメガネをかけた文芸部所属の女子がいる。俺と同じくコミュニケーションが苦手なタイプの地味系女子だ。

 でもメガネを外してお洒落をしたら実は案外可愛いという、まるでラブコメの登場キャラのような属性じゃないかと俺は睨んでる。単なる想像ではあるが。


 ──だが彼女なら、案外俺と気が合うかもしれない。


 なんて思ったものの、未だに彼女とは親しく話すことすらできていない。

 それがだ。ようやく今日彼女と話す機会ができた。

 しかしあんなことになるなんて……

 大失敗だ。盛大に自爆した。


 ああ、くそっ! もうダメだ。今後彼女と仲良くなることすら、極めて困難になってしまった。だけどやっぱり──


「ああ、彼女が欲しいっ!」


 心の叫びってやつか。

 思わず俺はパソコン画面のエロ動画に目をやったまま、少し大きな声を出してしまってた。

 だけどいいじゃないか。ここは俺の部屋だ。我が家は防音性に優れた一流メーカーの一戸建て。誰にも聞かれることはないんだから。


「ふぅーん。トーイ、そういうナイスバディな彼女が欲しいんだ」


 パソコン画面ではナイスバディな全裸の女の子が、あはんうふんやっている。確かにナイスバディは素晴らしい。

 でも俺は別に、こんなナイスバディな彼女にこだわってるというわけじゃないんだよ。


「やっぱおっぱいがおっきい女の子がいいのかな?」

「いや、俺は別におっぱいが大きいのがいいとは思わない」


 ……ん?


 誰か今、女の声が聞こえたよな。俺も何げに答えてしまったけど。しかも俺の名前を呼んだ。

 『桜木さくらぎ 冬威とうい』という俺の下の名前を、まるで玩具おもちゃ扱いするように呼ぶヤツ。そんなヤツは一人しかいない。


 俺は椅子に座ったまま、ガバッと上半身だけねじって後ろを見た。

 そこにはラフなティーシャツにショートパンツスタイルで、腕組みをした美少女が立っていた。


 その美少女の胸は、小さくはないが決して大きくはない。そして彼女はなぜだか満足そうに「うんうん」とうなずいている。


 呆然としている俺の頭の後ろでは、いまだにエロ動画からあはんうふんの声が響いてる。


 そして俺はようやく、今の状況が飲み込めた。


「おわっ! こ、こらぁーっ、花恋かれんねえ! 黙って部屋に入ってくんなよぉー!」


 俺は慌ててパソコンに向き直り、エロ動画の再生を停止して動画ソフトを閉じる。


 背後から近づいて来た花恋姉のハスキーがかった声が耳元で聞こえた。


「なに言ってんの。ノックもしたし、ドアを開けて入って来たのに、気づかないのはアンタでしょ。もうっ、エロ動画に集中しすぎっ!」

「いや別にエロ動画に集中してたわけじゃなくて……」


 声のした横をチラと向いた。

 俺の顔のすぐ横には、なぜか前のめりになって興味津々でパソコン画面を覗き込む、超絶美人な花恋かれんねえの顔があった。


 赤みがかったちょっと巻毛がちのミドルヘアが俺の鼻をこちょこちょとくすぐる。風呂上がりなのか、シャンプーのいい香りがした。


 花恋かれんねえはアメリカ人とのハーフだ。花恋姉のお母さんと俺の母とが姉妹。

 そして伯母さんの旦那さん、つまり花恋姉のお父さんがアメリカ人。

 でも花恋姉の顔はちょっと日本人寄りで、その分クールと言うより柔らかな美人って感じ。でもすっごい美人で可愛い。


 そんな人気雑誌モデルのような可愛い顔をしてるくせに、なんでエロ動画に興味津々なんだよ。


「ちょい待てよ! 覗くな! それに女子がエロ動画なんて言葉を口にすんなっ!」

「なによー もう閉じちゃったの。ざーんねん」


 上半身を起こした花恋かれんねえは、悔しそうな顔で指をパチンと鳴らした。

 なにがざーんねんだよ。

 

 俺の一つ歳上で、同じ高校の三年生、従姉いとこ花見はなみ 花恋かれん。我が校で一番の美人だと評判の女子。そんな美少女がエロ動画を閉じられて『ざーんねん』なんて……


「女子のくせにアホか」


 まあおかげで、こんなものを観ていた俺の恥ずかしさは薄まったけどね。


「別に。子供のアンタと違って私は大人の女だからね。別にこんなもの、観るのは平気だから」

「ふぅーん。じゃあ自分の部屋で一人で観りゃいいじゃん」


 花恋姉とは家が隣同士で、二人とも一人っ子だから、子供の頃から本物の姉弟きょうだいのようにして育った。だからお互いに異性として意識をしてないせいで、いつもこんな感じだ。

 片や学校一番の人気女子。リア充の代表選手のような存在。

 一方の俺は彼女いない歴イコール年齢。彼女どころか仲のいい女子なんて皆無の非リア代表選手。


 真逆の俺たちだけど、なぜか花恋姉は俺を見放すこともなく、未だにこうやって気軽に絡んでくる。家が隣だからって、ちょくちょく遊びに来るのだ。


「──で、トーイ。アンタ彼女が欲しいの?」

「悪いか?」

「悪くはないよ。子供だと思ってたアンタが、色気づく歳になったんだなぁ……って、お姉ちゃんとしては感慨深いね」

「ガキ扱いすんな。俺だってもう高二だ」

「アンタなんか、完全なガキだし」


 花恋姉は部屋の壁中に貼ってある、美少女イラストのポスターやらタペストリーをぐるっと見回した。

 なに言ってんだ、これは立派な大人の趣味なのだ──と言い張るのはちょい無理があるか。


「どうせ俺には彼女なんてできっこないって思ってるんだろ。感慨深いなんて言うなよ」

「うん、そうだね。できっこない!」


 即答断言だ。返答が光速ほど速かった。俺は思わず頭を抱えた。


「あああああ……言うな! わかってる! それは充分わかってる! どうせ俺は、非リアのモテない男だ。俺の心に追撃弾を撃ち込むのはやめてくれぃぃぃ」


 花恋姉は腰に手を当てて、ちょっと控えめな胸を偉そうに張って、自信満々に言いやがった。

 二重の綺麗な目を細めてニヤリと笑ってる。大きなお世話だよ。


 てかやっぱ女子の目から見ても、俺には彼女なんてできっこないって見えるんだ。その現実に心をぎゅっと握りしめられたようで、胸が痛む。

 いや、元々わかってたよ。わかってたけどさ。


「ちょいちょい、トーイ! そんな悲しそうな顔しなさんなって。今までのアンタならできっこないって意味だよ」

「は? どゆこと?」

「がんばれば可能性はあるぞよ」

「可能性? そんなもん皆無だ。ゼロパーセント。彼女欲しいけど、がんばったところで無理ゲー」

「なんでそんなこと言うの? 最初から諦める必要ないよね」

「いや、俺みたいなキモオタ非リアは……」

「でも今日アンタは女の子口説いてたじゃん……あ、もしかして凹んでるの、あれが原因?」


 ──今日のアレを花恋姉も見てたのかよ? いや、マジやべえ。恥ずすぎるだろ!


 俺がぽかんと口を開けてたら、花恋姉の口から思いもよらないポジティブな言葉が飛び出した。


「いやいや。今まで女の子に関してはなーんの行動もしなかったトーイからしたら、女の子を口説くなんて大進歩! なんの行動もしなけりゃ彼女なんてできっこないけど、努力するなら少しは可能性も出てくるってもんよ」


 花恋姉は人差しを立てて、またニヤリと笑った。


「いや、待ってくれ花恋姉! アレは口説いてたわけじゃない!」

「そうなの? じゃあ何してたのよ?」

「あ、あれはだな……」


 そんなことをいちいち言うべきか?

 さらに恥ずすぎるだろ?


「お姉ちゃんに言うてみ。可愛い弟くんよ」


 花恋姉はさっきまで立てていた人差し指を俺の顔に伸ばして、鼻の頭をぷにっと押さえた。


 相変わらずの子供扱い。だけど花恋姉は、今までも俺のことを本気で心配してくれることがよくあった。

 それはわかってる。だから毒舌を吐かれてもからかわれても、俺は花恋姉のことを嫌いにはならない。

 ムカつくことはよくあるけど。


 今回も単なる興味本位じゃなくて、俺を心配してくれてるのだろう。だから素直に話そうっていう気持ちになった。

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