乙女ゲームの世界に転生しましたが、平和が一番です!

鴎 みい

第1話

 時間はお昼休み。

 学園の中庭には仲良くご飯を食べているグループが何組かいる。

そして、その中で特に異彩を放っているグループが一組。


 暖かな光が降り注ぐ中庭に、一人の女の子を中心として四人の男の子が囲う様に座っていた。

其々が楽しそうな笑みを浮かべていて、きっとみんな仲が良いグループなのだろうと、容易く思えそうな雰囲気を醸し出している。

だが、内心は違うのだと離れた場所から見ている私達には分かる。


──周囲にいる男の子達の表情、いや雰囲気で。


 中心にいる女の子は本当に楽しそうだ。

離れているここからでも『キャッキャウフフ』なんていう声が聞こえてきそうな程に。

 男の子も女の子──遠野とおのさんと話している時や目が合った時は本当に楽しそうで嬉しそうな表情をしているが、彼女の視界から一ミリでも外れた時ときたら……。

遠野さんと話している相手を睨んだり、無表情だったりと、まぁとにかくガラリと態度が変わっている。

 離れて見ている私達だから分かるのか、それとも遠野さんは分かっていて知らないふりをしているのか。

多分、後者ではないかなと私は思っているけれど、出来れば前者であってほしい。希望的観測だけど。

 相当、いやかなり劇的に鈍感ではない限り気付くレベルだと思うんだよね。あれは。

彼女に分からないように彼らがやっているという事はまずないと思う。それなら私達が容易く気付く筈もないのだから。

 勿論、私達が場の雰囲気を読むに長けているとか人の機微に敏感だという事ではない。

私達も遠野さんや彼等と同じく普通の、本当にごく普通、平凡一辺倒の高校生だからだ。


「リアル乙女ゲー」


 ぼそりと呟かれた言葉に声の方へと顔を向ける。


 サンドウィッチを咀嚼しながら醒めた視線で遠野さん達を見ている愛瑠あいるちゃん。

 愛瑠ちゃん、その表情怖いですよ。と、思わず声に出そうになったが寸前でなんとか留めた。

──愛瑠ちゃんは高校に入って出来た友達。

 茶色に染めた背中までまっすぐの髪に、目がほんの少し吊り上がったキツメ顔の美人さんです。

外見に対して内面はそれ程キツイわけではないんだけど、この外面なので威力が否応なしに上がってしまうという少々損をしてしまっている女の子。

本人もそれを自覚しているので、言葉には気を付けているみたいなんだけど、あまり上手くはいってない様子。

 なので、そんな彼女にさっきのような事を言ってしまうのは傷つけるだけ。

勿論、場の雰囲気ではありな時もあるけど、今は駄目な時なのです。

 もぐもぐとウィンナーを食べきる。


「確かにねー。傍から見るとそう見えるよね」

「そう見えるっていうか、今のままじゃ遠野さんやばいよ」


 そう言うと、ふぅとため息を一つ吐いてストローでズズーッと行儀悪くイチゴオレのパックを飲み干す愛瑠ちゃん。

 折角の美人さんなのに、なんて飲み方をっ!まぁ、何時もの事なんですけどね。

しかし……。


「やばいって何?」

「えっ? まさか鈴亜すずあ知らないとか? そんな事ないよね? 知らないなんてそんな事……。いや、でも……」


 何故か驚いた後に一人ぶつぶつと呟きだした。

自分の思考に耽っているのだろうけど、放置された私はどうすれば?

とりあえず、お弁当の完食でもしておこうかな。

 お箸で玉子焼きを挟み、角度を変えながら出来栄えを確認する。

 ちょっと所々焦げているけども砂糖を入れてるから、仕方ないんだよね。まぁそれで味が落ちるわけでもないし。

巻き方は、まぁ、ボチボチって感じ。

 だし巻き玉子も好きだけど、玉子焼きと言えばちょっと甘い砂糖入りのものが一番美味しいと思う。──家族には不評だけど。

そんな事を何とはなしに考えながら玉子焼きを食べる。

 うん、今日もいい甘さになってる。美味しい。


「あっ此処にいた!」


  聞き覚えのある声が近くで聞こえたので、誰だろうと視線を向けると此方に歩いてきている久我くが先輩の姿があった。


「また来たアイツ……」


 いつの間にか思考の海から戻ってきた愛瑠ちゃんが心底嫌そうな顔で言う。


「良かった見つかって。春宮はるみやさんを探してたんだ」

「近寄るな腹黒っ!!」


 ガルルゥッ!という唸り声が聞こえてきそうな愛瑠ちゃんの剣幕に久我先輩は慣れたものと、苦笑を浮かべるのみだった。


「僕が腹黒って言うの緑川さんだけなんだよね。何でかな?」

「みんなアンタの外面に騙されてるだけなのよっ!」

「はーい、愛瑠ちゃん。落ち着いて、ね? アンタとか言っちゃダメでしょ? 先輩だよ」


 ほんと、なんでここまで毛嫌いしているんだろう。

──愛瑠ちゃんは遠野さんと久我先輩を巡ってのライバルのはずなのに。


「分かっているけど、真っ黒狼から子羊を守る使命を全うしようと思うとね、仕方ない事なのよ。馴れ合っちゃいけないの!」


 こちらがよく分からないまま自分の世界へと入って宣言する愛瑠ちゃんに代わって、久我先輩へと謝罪する。


「本当にすみません」

「大丈夫、気にしてないから。……それに本当の事だしね」

「え?」


 最後の方がよく聞き取れず聞き返したけれど、大した事じゃないからと言われてしまった。

そう言われてしまうとこれ以上聞くわけにもいかず、逸れてしまっていた話を元に戻す事にする。


「そう言えば、先輩。私に何かご用が?」

「そうそう、そうなんだよね。実は……」

「やっだーっ! そうくんってばっ!」


 うふふっ。なんて甲高い声が響き渡り久我先輩の声をかき消す。

 遠野さん、さっきまでこんなに大きな声出してなかったよね?

 チヤホヤ逆ハーレムピンクの世界は、自分が巻き込まれないから傍観できるのであって、自分まで被害が及ぶのは勘弁してほしいのですよ。


「遠野さん、久我先輩に必死にアピールしているわ」


 いつの間にか自分の世界から帰ってきた愛瑠ちゃんが、声に頭痛でも引き起こされたのか眉間に皺を寄せていた。 


「あんな声でアピールしてるつもりなら、一回幼稚園児からやり直してくればいいと思うね」

「ははっ! 辛辣ー。でも、不本意ながらに同意するわ。

 まぁ、私は遠野さんの毒牙に久我先輩がかかってくれたら、万々歳なんだけどね」

「僕があんな空っぽの女に引っかかるとでも?」

「やっぱり無理? ほんと不思議なのよね。どうして彼らがあんな空っぽの言葉に引っかかって靡くのか」


 そう言って愛瑠ちゃんは不思議そうに遠野さんの方を見る。

 それはここが乙女ゲーの世界だからですよ、と言いたい。そんな事を口に出せば頭の心配をされると分かっているから言わないけどね。

 しかし二人とも、遠野さんに対してかなりキツイと思うんですけど。

それに付け足すと、久我先輩。あなたも攻略対象の一人なんですよ?


 物腰が柔らかく、シルバーフレームのメガネがより一層知的さを醸し出していて、サラ艶な射干玉の髪がほんの少し色白の肌によく映えています。

 アーモンドブラウンの瞳に少し垂れ気味な目尻が、全体的の雰囲気を更にほんわかと優しくしていて、巷では癒し系と噂されている程。

顔は言うまでもなく、イケメンさんです。

 遠野さんの周囲に侍っている四人組みと比べても劣る事のないイケメンです。

だから、本来ならあちらに加わってキャッキャウフフな世界の要員になっている筈なのに、どうして私達の方にいるのか……。

 愛瑠ちゃんとは逆に、私は久我先輩の方が不思議です。


「きっと彼らのトラウマか何かを克服できる言葉をかけてあげたりとか、彼らの気に入る言動でもして気を惹いたんだと思うよ」

「あんな心の篭ってない、棒読みの言動でもグラッとくる?」

「彼らも若いし、その辺りの見極めはまだ出来ないんじゃないかな?」

「えー。そんな人達が『学園のプリンス』なんてもてはやされているのって正直幻滅なんだけど。

 この学園のイメージが下がるだけじゃない。これからは『学園のプリンス(笑)』に変えてほしいわね」

「うーん……。もてはやしている子達も若いから仕方ないと思うよ?

 それに外見はカッコいいからね。外見だけでも充分なんじゃないのかな? この世代は」


 えっと、二人の会話にとてもじゃないけど加われません。

あちらさんがピンクの世界ならこちらはブルーの世界とでも言えばいいのでしょうか。

 少なくとも私達は同じ高校生だと思うのですが、久我先輩の言動が同じ高校生だとは思えません。

遠野さんに対して辛辣だと思えば、その範囲が彼ら四人にまで及んでいるこの状況。そしてこういう時だけ息の合う愛瑠ちゃんと久我先輩。

 話しに加われない以上、私は黙々とお弁当を消化していく事にします。

変に加わると、面倒な事に巻き込まれる気もしてくるし……。

そうして一人黙々とお弁当を食べる。


「って、あーっ!!」


 行き成り叫びだした愛瑠ちゃんに、どうしたのかと視線を向けると何故か不機嫌な表情で私を見ていた。

……何で? 心当たりは勿論ない。

だって、一人で黙々とお弁当を食べていただけだし。愛瑠ちゃんの機嫌を損ねる要素なんかどう考えてもない筈。


「ちょっと鈴亜! 玉子焼きは残しておいてって言ったでしょっ!」

「えっ? 玉子焼き……?」


 今まさに、食べようとお箸で挟んだのが最後の一つ。でも……。


「そんな話、してた?」


 少なくとも今日、そんな会話は一言もしていなかった筈。

 んー?と唸りながら記憶を掘り起こしたけども、やっぱり思い当たらなかった。


「したしっ! 初めて一緒にお昼を食べた時に玉子焼きくれたでしょ」


 あー……。

 そう言えばなんか玉子焼きから全く目を逸らそうとしてなかったから、欲しいかと思ってあげた記憶が確かにある。うん。


「その時、この玉子焼きは私の理想だって言ったよね」

「うーん……。そうだったかな?」


 その辺りはあんまり覚えてないなぁ。

何せその時は、自分の記憶というか置かれた状況に思わず頭痛を覚えていたし。

もっとインパクトのある事だったら覚えていたと思うけど、それぐらいの日常会話は流石に思い出せない、かな……。


「そうなのっ! それで、私が鈴亜の玉子焼きを絶賛してたら、はにかみながらお礼を言われて『えっと、そんなに気に入ってくれてありがとう。良かったらまた何時でも言ってね?』って言ってくれたんだからね!」


 あー、うん……。なんかそんな会話したのがなんとなく思い出せてきたかも。

こっちが引くぐらい玉子焼き絶賛してくれてたね、確か。

あまりの勢いにそんな事を言った様な気がする。でも……。


「今日は、玉子焼きが欲しいって聞いてないよ?」


 うん。それは間違いない。聞いていたら一つは残していたし。


「えっ! うそっ!? そんな事……。あっ! アンタが来たから言い損ねたのよっ!」


 キッ!と、久我先輩を睨む愛瑠ちゃん。

当の先輩は、ほぼ言いがかりな言葉に怒るでもなく、んー。と何かを思案している様子。

愛瑠ちゃんはそんな先輩の様子で更にヒートアップしている。

 えーっと、私どうすれば……?

早くしないと昼休み終わっちゃうし、あとこの玉子焼きで完食出来るんだけど食べちゃ駄目、だよねぇ。

 うーん、困った。

未だにお箸で挟まれたままの玉子焼きを眺める。

無意識に食べちゃった事にしちゃおうかな。正直、私の玉子焼きの事でここまで愛瑠ちゃんが大騒ぎするのも不思議なんだよね。

 普通に考えると、久我先輩とお話ししたいからただのきっかけとして利用したって考えるのが自然なんだろうけど……。

チラリと愛瑠ちゃんを見る。

でも、本気でこの玉子焼きに執着してるみたいなんだよね。素人が作った平凡な玉子焼きなのに、何が彼女の琴線に触れたのやら。本当に不思議。

 そんな事をつらつらと考えていた私の右手に何かが触れた。

触れた?違う握られた、だ。

 私の右手は誰かに握られていて、誘導されるままに移動していく。──玉子焼きを挟んだまま。

視線も右手を追うように移動していき、玉子焼きが誰かの口に入るさまをまるで画面越しのように見ていた。

 モグモグと動かされる口に、嚥下によって動く喉。最後は名残を惜しむかのようにペロリと唇を舐める紅い舌。

ただ食べているだけなのに、この匂い立つような色気は何なのだろうか。


「うん。美味しかった。ご馳走様」


 満面の笑みとでも言えそうな程素敵な表情で感想を言ってくれたのは、久我先輩。

シルバーフレームの奥の瞳には、呆けた顔の私が映っている。自分の表情が相手の瞳から確認出来るとは、思った以上に至近距離にいるらしい。


──って。え?


「えっ? ええっ!?」


 ちょっ! 今、え? えっ!?

今何がっ!? いや、うん、分かる。分かるよ?

 久我先輩が玉子焼きを食べたんだよね? 

それで感想を言ってくれたんだよね?


「やっぱり、この味大好きだな。出来れば毎日食べたいね」


 何か耳元で囁かれたようですが、脳が言葉を認識するのを嫌がってただの音として通り抜けていきます。

私はただ茫然と、もう何も挟んでいないお箸を見る。


「ちょっ! アンタッ!!」


 ヒュンッ!と風が私の横を通り過ぎ、それと共にジャリッと力強く土を踏みしめる音が聞こえた。

一体何が……。と、視線を音の方向へと向けると、そこには愛瑠ちゃんの後ろ姿が。


「春宮さんが困ってたし、それに緑川さんが絶賛する玉子焼きを食べてみたくてつい、ね」

「アンタに食べさす玉子焼きは未来永劫ないわよっ!」


 いつの間にか距離をとって相対していた愛瑠ちゃんと久我先輩。

叫び終わると同時に久我先輩へと向かって駆け出し、距離をつめると同時に攻撃を与えようとした愛瑠ちゃんの蹴りを、相変わらずの笑顔のままで受け流す久我先輩。

 「チッ!」という舌打ちと共に受け流された蹴りの力を利用して強引に身体を半回転させると、一呼吸もしない間に走り出し拳を揮う愛瑠ちゃん。

対して、久我先輩は相変わらず避けるのみで、反撃は一切していない。

それも余裕を感じさせる動きで。


「女の子なのにって言葉はあんまり使いたくないんだけどね? でも、下着が見えちゃうから忠告はしたいかな」

「人の下着見るなっ! この、変態っ!」

「僕は緑川さんの下着には全く興味ないんだけど。

 逆に見せられている僕としては被害届けを出したいぐらいだよ?」


 普通に二人共会話をしているけど、見てるこちらとしてはそんな攻防しておきながらよく会話できるなぁって心境。

なんか凄すぎて言葉も出ないというか、二人の攻防をまじまじと見てしまったよ。

でもね? 私の記憶ではここ。


──普通の乙女ゲームの世界だと思ってたんだけど、間違いだったのかな?

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