第17話 報告と、整理。
翌日は、土曜日。休みだった。
朝十時くらい。ベッドから起き上がってぼやぼやしていると、窓が光った気がした。私はそっと近づくと、窓を開けた。
「こんにちは」
円だった。
「こんにちは」
「あのね、報告があるの」
円は頬を赤らめながら話し始めた。そういうところも、かわいい。
「例の先輩と、付き合うことになったの」
「えーっ」私は驚く。「やったじゃんっ」
「うん」円はにっこり笑う。「先輩がね、好きだって言ってくれたの」
「すごい。嬉しいねっ」
何だろう。このところ私の周りでハッピーな話が多すぎる。大丈夫だろうか。そう、心配になるくらいだった。
「でね、この間、公園でお話したの」
「……何が好きか、とか、休みの日は何をしているか、とかでしょ」
円のおさげがゆらりと揺れた。
「うん」
胸の中が温かい。私はこの温度を、伝えようと思った。
「私も彼氏ができた」
私の報告に、円はびっくりしたような顔になった。
「えっ、どんな人」
「オタク」
「一芸に秀でるタイプね」
何だろう。そういうフォローが流行っているのだろうか。
「読書が好きなの。高木彬光」
「ああ」円は微笑んだ。「ミステリー作家のね」
「知ってるの」私が訊くと円は答えた。
「うん。一応」
さすが円。
「お互い、幸せだね」
私がそう微笑みかけると円も笑い返してきた。
「本当にね」
しばらく、お互いに見つめ合う。円は優しい目線で私を見てくれた。私も、穏やかな目線で円を見つめる。
円は、かわいい。何というか、女の子らしい女の子だ。多分、円に告白した先輩も、円のこの優しそうな雰囲気に恋をしたに違いない。女の私から見ても魅力的なのだ。
窓越しだが、円をぎゅっと抱きしめたい気持ちに、駆られる。
でも、そんなことはできないし、何ならこうして話ができるのもいつまでだろう。そう不安になったので、口を開く。
「多分、彼氏とのデートとかで、円と会う機会、減っちゃうかもしれない」
私は正直に告げた。
「でも、定期的に連絡する。私の方から合図も送る。だから、友達でいて」
うふふ。円は仕方ないな、という風に笑った。
「この間言ったでしょ」円の笑顔に、私は癒される。「大丈夫だよ」
「ありがと」円に手を差し伸べる。「大好き」
「私も」
じゃあね、と円が身を引く。じゃあね。私もそう返す。
ねう。
ジェームズが鳴いた。しっぽが真っ直ぐ立っている。ご機嫌のようだ。
「私も、ご機嫌」
ジェームズが何だこいつ、という感じの目線を投げてくる。
「後で遊ぼうね」
構わんよ。ジェームズにそう言われた気がして、私は満足する。部屋を出る。
リビングに降りる。すみ姉がソファの上に丸まっていた。けれど、お父さんの姿がない。
「お父さんは」
訊ねる。そう言えば、この間話をしたくてできないままだった。すみ姉が答える。
「仕事っぽい。何か患者さんが大変みたい」
医者でもないのにね。そうつぶやいて欠伸をする。
「お父さん最近、大変なのかな」
私の言葉に、すみ姉がにやりと笑う。
「おっ。女子高生、お父さんの転がし方、分かり始めたか」
「違うし」私はすみ姉を見つめ返す。「純粋に心配してるの」
「そういうのがオジサマは嬉しいんだよ」すみ姉はにやにやする。「今度、おこづかいせびってみな」
「だから、そういうんじゃないって」
すみ姉と一緒にするな。
すみ姉は笑う。
「今度、みんなでどこか行こうか」
すみ姉は、こう見えて行動派。家族で何かする時は大抵すみ姉の企画。
「いいね」私は笑う。多分、家族で何かするのなんて中学生以来。
「考えとくわ」二度目の欠伸をするすみ姉。「朝ごはん、冷蔵庫にあるよ」
「ありがとう」
昨日のミートローフの残りと、多分さく姉がちゃちゃっと作ったのだろう、スープを飲む。ほっと一息つくとやる気がもりもり湧いた。発表用資料、まとめようかな。そう思って階段を上った。
さく姉がお母さんの部屋にいることに気づいたのは、階段を上り切った時だった。
「何やってるの」
私が訊くと、さく姉が答えた。
「本棚も掃除しないと、本が傷んじゃうかなって。ちょっと時期的に遅いかもしれないけど、最近は天気もいいし、虫干しもしたくて」
なるほど。さすがさく姉は、本についても詳しいし、気も利く。私もお母さんの部屋に足を踏み入れる。
「私も手伝う」
するとさく姉がにっこり笑った。
「あらあら。じゃあ、お願いしようかな」
まず、本棚の区切りごとに番号を振ります。
さく姉の指示で動く。
「付箋、貼っていって」
「はい」
言われるままに書架に付箋を貼っていく。
「じゃ、次、本を取り出そうか」
重たいから、気を付けてね。
一冊手に取る。確かに重い。文庫本も多いけどハードカバーが六割くらい。
「じゃ、それぞれ付箋の番号と同じ番号を下ろした本に振っていって」
言われた通りに作業する。まず、本を下ろす。書架のまとまりごとに一まとめにする。その本の一番上に、さっき書架に振ったのと同じ番号を書いた付箋を貼る。
地味な作業だった。でも、楽しい。さく姉と一緒に何かをするのなんて初めてかもしれない。いつか、さく姉に料理とか習いたいな。そんなことを思った。
「あれ……」
それを見つけたのは、そんな作業の最中だった。
一枚の、封筒。それは江戸川乱歩についての本がまとめて置いてある本棚の一角から出てきた。
「何だろう、これ」
私がさく姉に訊くと、さく姉は「あら」と口に手を当てた。
「それ、手紙じゃない」
見りゃ分かる。そう言おうとしたら、さく姉が続けた。
「あなたは知らないかもしれないけど、お母さん、毎年家族の誕生日に手紙を書いていたんだよ」
体調を崩してから、そんなこともできなくなったみたいだけど。
初耳だった。私は封筒を裏返した。
〈みんなへ〉
そう、書かれていた。
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