第十八話 5界の姉妹

「なぬ!? シルクの姉ちゃんが来る?」

「うん、そうだよ」

 帰宅してまだ靴を脱いでいる途中、玄関にぱたぱたと走ってきたシルクから急な客人来訪予告があった。

「いつ頃来る予定なんだ?」

「えっとね、ハガイさんの許可が出たらすぐに来るって」

 思い出した。シルクが初めてここに来た時、ハガイは冥界王の次女と紹介していた。だけど、他の四人は長女とか次女とかそういう説明はなかった気がする。


「おばんでやす! 貴様がトリニータ様でありゃしゃすか? アチキがシルクの姉だす」


「い!! ぐえっ」

 いきなり目の前に人が現れた。それも接触スレスレの近さだった。最近、こんなのばっかりだから別にいいけど、いつものように後ろにひっくり返って後頭部を床にぶつけた。

「ああ、まんずまんず、すまんこってなあ。許しておくんなまし」

 見知らぬ少女がオレの顔を心配そうにのぞきこんだ。

 シルクと同じツインテでシルバーグレーの髪。そして少し吊り上った青い瞳を持つ美少女。お姉ちゃんだけあって、シルクよりは大人っぽいが、見た目の年齢は中学生か高校生か微妙なところという印象だ。

 それより彼女が身にまとっている純白のヒラヒラしたワンピースの丈は今のオレの体勢だとアングル的にちょっとマズイくらいに短い。

「いてて。キ、キミがシルクの姉ちゃん?」

「そうでごわす。アチキが姉でやんす。貴様、よろしゅう頼んます」

 その美麗な外見とは裏腹にまったくもってムチャクチャな日本語だ。

「あ、ああ」

 オレはゆっくりと体を起こしながら軽く返事をする。

「よいしょっと。部田です」

 完全に立ち上がってから、改めて右手を差し出しながらオレは挨拶した。

「シーリーでごじゃる。しばらくここに厄介になろうと思うとります。お部屋はシルクと同じで構しまへん」

「あ、ああ、そうなんだ」

 凄まじい日本語に面食らってしまい、肝心の会話の内容に集中できない。

「ところで、トリニータ様。アチキは貴様に何をしたらいいっぺ?」

 シーリーは握手したまま下からオレの顔を覗き込むように聞いてきた。その仕草は実に可愛らしいのだが、やっぱり言葉が……

「あ、あのさ、特に何かしなくちゃいけないということはないし、君は短期滞在なんだろ? だったら逆にお客さんということになるし、そんなに気を使わなくていいよ」

「じゃけんのう、そったらことアチキは申し訳なくてできねえだ」

 なぜかうなだれるシーリー。一体何が引っかかっているのか?

「いや、そんなこと……シ、シルク、お姉ちゃんに説明してやってくれよ。そんな気遣いなんか要らない場所なんだってことをさ」

「え? うん。でもウチのお姉ちゃん、元々こんな感じだから。ブタしゃんこそ気にしなくていいよ」

「そ、そうか」

 なんというかこういう人(人じゃないけど)のことを律儀というか堅物っていうのか、やっぱりいるんだな。

「それはそうとシーリー、オレ達は毎日学校に通っているから、昼間は居ないけど、どうする?」

「アイヤー! それは困りますわー。どぎゃんしまひょー!!」

「お、おう。どないしまひょ」

 驚きの基準が少しオレとは違うようだ。なぜそこまで仰天する?

「……どないしよ」

 シーリーはまた下を向いてしまった。性格はシルクと同じように明るくて快活に見えたのだが、ちょっと思考が固いのかもしれない。


「ねえ、部田。ハガイさんに訊いたら? 滞在許可を出したんだから、こういうことも一緒に考えてもらえばいいじゃない?」


 オレとシーリーのやり取りを後ろでじっと聞いていた麗が、もっともな提案をしてきた。

「そうだな、よし」

「ハイ! 何でしょうか!?」

「ひ! うげっ!」

 ハガイはきっとこちらの動向をうかがっていて、タイミングを計っていたに違いない。オレが呼びかける前にシーリーと同じく眼前に出現しやがった。やられたオレはひっくり返ることはなかったものの、後ろによろめいたために結局壁に頭を強打した。その衝撃で一瞬、目玉が飛び出たかと勘違いするくらいだった。

「おやおや、どうもすみません」

 言葉では謝っているものの、薄笑みを浮かべたその顔つきはドラマに出てくる悪事をたくらんでいる犯罪者そのものだ。それでいいのか、ハガイ。

「……ハガイ、用件はわかっているんだよな? すぐ出てこれたんだしな」

 オレはあえてヤツの悪意ある登場の仕方について触れなかった。

「まあ、なんとなくは」

 こちらの反応が想定外だったらしく、ハガイはオレの顔色を伺うように下から見上げる仕草をした。

 ハガイは考えすぎだ。オレは単純に休みなく訪れる諸問題に迅速に対応したいだけだ。懸案事項をこれ以上溜めるほどオレの脳内ハードディスクは大容量ではない。

「シーリーがここに来たのは全く構わないが、日中はオレ達みんな留守だ。せっかく来たのにひとりぼっちじゃ可哀想だろ。なんとかしろ」

「そうですねえ……」

「ハガマ様、アチキはみんなと一緒に学校さ、行きてえズラ」

 思案するハガイに意見を主張するシーリー。どうでもいいが、名前が少し違うぞ。……そういえばオレに対しても変な名前で呼んでたな。

「じゃ、そうしますか」

「ホンマか? やった! じゃっどん、そんなに長く居てもよかですか?」

「ええ、構いません。それに急に帰ることになっても調整しますから大丈夫ですよ」

「おおきに、おおきに」

 ハガイはいつものようにただ、面倒くさいからそうしただけに過ぎないと思うが、シーリーは自分の希望を全面的に受け入れてもらった感が強いようで、ハガイの手を握りながら何度も頭を下げていた。


「ところでハガイ」

「はい」

「この子はなんでこんなにヘンテコな日本語なんだ?」

「ああ、そのことね」


この野郎。時々こういう横柄な態度をとるんだよな。というか、ポロッと本音が出ちゃってる感じなんだが。

「いや、そんな当然のような態度をとるなよ。各地の方言がちゃんぽんになっている人なんかいないぞ、多分」

「シーリーさんがいち早くこちらに来たいと仰るものですから、その希望をかなえるために通常とは異なるラーニングプログラムを実施したせいなのです」

「なんだその通常とは異なるプログラムって」

「今、天界で流行のフラッシュ・ラーニングという機械がありまして、ただ、ずっと聞いているだけであっという間にその言語を習得できるという優れものなのです。元々こちら人間界で言うゴルフの競技で非常に有名な若手選手がCMに出て、文字通りスマッシュヒットになりました」

 なんかどっかで聞いたことがあるよなあ。それにしても天界にもゴルフがあんのか?

「部田さん、疑っていらっしゃいますね? 人間界にある娯楽で健全なものであれば天界に無いものはありませんよ」

 ハガイはどうだといわんばかりに胸を張った。だけど、そういうことはそれほど凄いとも思わないのだがなあ。そもそもゴルフの発祥は人間が先みたいだし。

「その人気爆発のフラッシュ・ラーニングを使ったのにどうしてこうなった?」

「あ、いや、その……ちょっとした手違いがありまして……」

 ゴリラがドラミングする直前のような偉そうな態度だったくせに、一転して背中を丸めるハガイ。お前、ショボすぎ。

「なんだ?」

「ええっと、予定のカリキュラムではただの『日本語講座』だったはずなんですが、なぜか『日本の方言・オレが選ぶベスト百選』にすり替わっていたのです。むうう、一体誰の仕業だ……」

 無駄に深刻な顔をするハガイ。明らかに不自然だ。それと『オレが選ぶベスト百選』ってなんだ? 二重表現だし、著者はどんなヤツなんだ?

「いや、手違いだって最初にお前が言ってたじゃんか」

「そんなバナナ」

「は!?」

「い、いえ何でもありません。すみませんでした」

 

「うん、でもまあ、いいや。コミュニケーションはできるしな。それにこちらで生活していれば少しずつまともになってくるだろ」

「いやあ、そうおっしゃって頂けると助かりんこ」

「……は!?」

「い、いえ、それでは失礼いたし――」

 ハガイは大慌てで退散してしまった。アイツ、大丈夫か?

「……一体なんなんだ」

「トリニータ様。ハガマ様は最近日本のダジャレに凝っていたようでやんす」

 オレがぼやきながら振り返ると、目の前にいたシーリーが変なハガイの理由を教えてくれた。

「え? あ、そう」 

「はい」

 『たすかりんこ』はダジャレか?

「あ、そうだ、シーリー」

「はい?」

「オレの名前はトリニータではなく部田だ」

「トリータ?」

 なぜ、ニキータみたく言いたがる? それともサッカーチームも学習していて、混在してしまっているのかね。

「い、いや……じゃあ、とりあえずトリータでもいいや」

「はいでごわす。トリニータ様!!」

 ハガイなんかよりよっぽど天使らしい微笑みなのに、『ごわす』とか言っているし、名前もまだ間違えているし。


「おい、ブタ! 玄関でごちゃごちゃやってねえで、とりあえず中に入ってもらってからにしたらどうだ!?」

 ダイニングからエキドナが声をかけてきた。

「おお、そうだな。シーリー、こっちだ」

 オレは小さく手招きして、シーリーを導いた。

「あ、トリニータ様」

 二、三歩進んだところで突然立ち止まり、オレを呼ぶシーリー。なぜか表情は真剣だ。

「ん?」

「貴様と他の王女の皆様は既にいかがわしい状況のようですが、ホンマにアチキがおっても良かですか?」

「なぬ!?」

「ですから、貴様とここにおる王女たちは皆いかがわしいようじゃけんど、あっしはお邪魔どすか?」

「な、な、な!?」

 この娘は一体何を言っているんだ? 何でそのような突拍子も無いことを真顔で言うのだ?

「ええっと……つまりトリニータ様と他の女はいかがわしい関係じゃき、アチキがおると迷惑かけっぺ?」

「そ、そんなことはない! いや、絶対ない! ないィィィィィ!」


「何、焦ってんのよ」

 麗が蔑んだ視線を送りながら、オレのわき腹を肘でつつく。

「あ、焦ってなんかいない。それより、シーリーはどこでそんな話を聞いた?」

「ハガマ様とシルクざんす」

「なんだと? シルク、本当か?」

 これはよろしくない。シルクがまさかこの5界のプリンセスとオレとの関係をそういう認識でいたとは……う~む、非常にショックだ。

「違うよ。お姉ちゃんが言葉を間違えているの。いかがわしいじゃなくて忙しいだよ」

「は? 忙しい?」

「そうそう」

 シルクの表情や口調はいつもどおりの平常運転。不自然さは全く無いし、ウソをついているとは到底思えない。

「なんだ、間違えていたのか。そうか、そうか。いや、びっくりした。ふう~」

 ついつい安堵の溜息が出てしまった。一方で非常に厳しい視線をオレに向けている者もいた。

「その狼狽振りが逆におかしいわね。そういう発想も全く無いわけじゃなかったから、訂正されてホッとしたんじゃないの!?」

「な、なんだと!?」

 さっきより侮蔑の念を色濃くした麗がオレを追求してきた。

「いやらしい」

「なに!?」

 さらに麗は自分の勝手な思い込みでオレを愚弄した。


「おい!! 夫婦喧嘩なんかしている場合じゃないだろ? 早くシルクの姉ちゃん、連れて来てやれよ!!」


「「夫婦じゃない!!」」

 エキドナのツッコミに麗と二人してユニゾってしまった。

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