第十七話 5界と球技大会
球技大会が始まった。
いろいろどうするか悩んでいたが、結局オレはプリンセスたちにバスケかバレーだけを選ぶように言っておいた。理由はあちこちに散らばってしまうとオレの目が届かなくなるからだ。そこで、せめて体育館競技に限定しておけば少しは発見しやすくなると考えたわけだ。
しかし、そうは言っても男女は別々に競技するから、また麗に頼らざるを得ない場面も多くなるだろう。
プリンセスたちの中で最初に試合に出るのはエキドナとガイアが出るバレーだった。
オレがいそいそと会場に向かっていると体育館の中から――
バチン!
バチン!
何かを叩く音がリズミカルに聞こえる。スパイクの練習でもしているのだろうか?
「ははははは!」
「もっと、もっとお願いします」
「よし! 鳴け! 喚け! はははは」
笑う女の声と何かを乞いながら喜んでいる男の声……ものすご~く嫌な予感がした。
体育館の中の様子は野次馬でよく見えない。
「ちょ、ちょっと、どいてくれ。すまない」
オレは人ごみをかき分けて進んだ。
「ああ~、エキドナ様! もっともっと叩いてください!」
「よしよし、望みどおりにしてやろう、オラオラオラオラオラオラ!」
エキドナの右手に握られたソレはさっきよりさらに速いピッチでバチバチと激しく音を立て、見知らぬ男子生徒の背中を超高速で何度も打った。
……これはまずい。オレは体育館に半歩踏み入れたところで叫んだ。
「こ、こら!! 学校でムチを使うな!!」
「ん? なんだ、ブタか。ムダムダムダムダムダァ」
なんでジョジ●風?
いや、そんなことを言っている場合ではない!
「エキドナ、やめろ!」
「まあ、別にいいじゃな~い。あの男も喜んでいるんだし~」
「むっ! その声はアテナ!」
「ご名答~」
アテナは壁に寄りかかりながら高みの見物といった体だ。
「お前も協力しろ! 早く止めさせるんだ!」
「はぁ? どうして?」
いつもの涼しげな流し目から一転、オレを睨むアテナ。なぜだ!?
「お前の態度がどうしてだ!? 普通、止めさせるだろ?」
「……ふぅ~、本当につまらない男ね。えいっ!」
「ぬお!」
オレはアテナに尻を蹴り飛ばされてエキドナの前に転がった。
「ソレ!」
アテナは妙な掛け声と共に指をパチンと鳴らした。……このパターンはもしや……
「ブヒイ! ブヒブヒ!」
やはり!!
「なんだブタ、お前も私に叩かれたいのか?」
「ブヒブヒ!」
オレはなんとか上半身だけ体を起こし、両手を前にかざしつつブンブン振ってその意思が無いことを必死にアピールした。なぜならまたしても『ブヒ』しか言えなくなってしまった以上、ジェスチャーだけでコミュニケーションを取らざるを得ない状況だからだ。
「全く……やれやれだ。誰よりも下品にねだりやがって」
「ブヒブヒ」
残念ながらオレの気持ちはエキドナに通じなかったようだ。
「よしよし、いっくぞ~!!」
「ブヒー!!」
エキドナのムチが情け容赦なく振り下ろされる。
「ブッヒ~!!」
「なんだ、アイツ、購買で少女に跨られて昇天してたブヒ野郎じゃねえの?」
「今度はSMか。変態のデパートだな」
「親戚の女の子を使って変態性欲を満たしているなんて、完全に病気よ!」
「また、あの変態よ! 警察を! 誰か警察を呼んで!」
「女王様!!」
アテナが指をもう一度鳴らして人の言葉が話せるようになるまで観衆のオレに対する罵倒は続いた。
「なんなんだ!? なんでああいうことになったんだ!?」
昼休みにエキドナだけでなくプリンセスたち全員を屋上に呼び出して、あの『鞭打ち事件』の経緯をオレは問いただした。
「興奮するなよ、ブタ。私も頼まれたんだよ、あそこに居た何人かの男子生徒に」
「なに?」
「だから、頼まれたんだよ」
「んなことあるか」
「ウソじゃねえよ、ほれ」
エキドナが指差す方向にだらしない表情で頬を赤く染めた男子生徒の何人かが遠巻きにしてこっちを見ていた。
そのうちの一人はノボリを掲げており、それには『エキドナ様LOVE』と書かれていた。
「なんだ、あれは!?」
「さあな。どうやら私のファンクラブらしいが」
「ファンクラブだと!?」
「だからそう言ってんじゃねえか」
「どこが良くて作ったんだ?」
「ブタ、それは私に失礼だろ!」
全く……世の中狂っているとしか言いようがない。
確かにエキドナは美人だし、さっぱりしたヤツだと思う。だが、ムチで叩く女だぞ?
オレにはあのファンクラブの連中の発想がわからない。だから、この件は考えるのをやめた。
「ま、まあいい。あと、アテナ!」
「は~い」
「あの『言葉がしゃべれなくなる魔法』はやめなさい」
「え~? 嫌なの~?」
「当たり前だ! 嬉しいヤツなど居ない!」
「そうかしら~?」
「そ・う・だ!」
その時、校内放送が流れた。
『男子バレーボール一回戦は講堂で行います。出場者はそちらにお急ぎください』
「なぬ!?」
オレは思わずスピーカーを睨んでしまった。
「体育館じゃないのか? 変更になったのか」
取り込み中なのに面倒なことだ。ちなみにここからだと講堂は体育館より遠い場所にあるのだ。
「早く行った方がいいですよ、部田さん。出るんですよね?」
「ああ」
ガイアに促され、オレはしぶしぶその場を離れることにした。
「いいか、アテナ! アレはダメだからな!」
「は~い。他のにするわ~」
彼女の返事は聞こえたが、オレは既に駆け出していたためにその後の言葉は聞き取れなかった。
「よっしゃ、いくぞー!! うりゃあ!」
なんとか試合に間に合ったオレはさっきまでのことは極力忘れようと、出来るだけ大きな声を出してジャンプサーブを打った。
「うわああ!!」
相手チームの面々が蜘蛛の子を散らすようにコートから逃げて行った。それはオレの気迫に押されて……なんてことあるはずがない。
なぜかというと――
「誰か消火器持ってこい!!」
「それより消防車呼べよ!!」
答えはバレーボールがファイヤーボールになったから……
「んな馬鹿な!」
ボールを放ったオレ自身が信じられない。
殺人兵器と化したそれはメラメラと燃え続けながら地面に突き刺さり、未だ回転を続け、土中に潜り込もうとするほどの勢いだ。
「だ、誰々ら!?」
我に返ったものの、驚きの余韻でおかしな日本語になってしまったが、これは間違いなくヤツの仕業に違いない。それは――
「アテナ!!」
オレは周囲を見渡した。
「ひど~い、違うわよ~」
確かにアテナはコートサイドに居た。だが彼女は『犯行』を否定した。
なるほど言われてみれば彼女がオイタするときは必ずオレにとって不利益というか都合が悪いことをやらかす。だが、今回はものすご~くやり過ぎではあるものの、ある意味オレにとっては勝利への追い風になる行為と言えなくもない。じゃあ、誰が……
「も、申し訳ありません」
なんとその声はメリアだった。
「え!?」
彼女はアテナと一緒に応援をしていたようだっだが……
「気持ちが出過ぎてしまいました。知らぬ間に……その……」
「わ、わかった。じゃあ、これからは気を付けて」
まさかメリアがこんなことをするとは思わなかった。
癒し系で礼儀正しく大人しくて優しい……そういうイメージだった。
だが、思い返せばあの精霊界の人参みたいな恰好をした……ジャックだったか? ヤツに対峙した時のメリアは少し違ったし、親父のリラクシーに対しても毅然としていた。意外と強い性格なのかもしれないな。
「ひでえな、私やアテナとは全然態度が違うじゃねえか!」
「なんだと!?」
観衆の中から一歩前に出てきたのはエキドナだ。
「だから態度が違うって言ってんだよ!」
エキドナはこんな場所でもムチをピシピシ叩いている。
「そりゃ、そうだろ! お前達は悪ふざけばっかりで、メリアはちょっと度が過ぎた応援と言うか、何と言うか……」
若干、オレも説明に窮してしまった。やはり苦しい言い訳かもしれない。
「差別だ! えこひいきだ! 格差社会だ!」
「……ぐぬぬ」
エキドナの反論にオレも口ごもる。
「そうだ、そうだ! エキドナ様の言うとおりだ! 部田、引っ込め! 死ね! 消えろ!」
「消・え・ろ!」
「消・え・ろ!」
良くわからんが、エキドナの親衛隊まで参戦してきやがった。消えるべきはお前らだろうが。
「ちょっと貴方たち、いい加減にしなさい! 試合が止まったままじゃない! スケジュールがあるのよ!」
エキドナの親衛隊にピシャリと言い放ったのはクラス委員長の知床だった。実はこの知床、生徒会の副会長でもあるし、この球技大会の実行委員長でもあった。
知床の威厳のある一言で親衛隊どもはすごすごと引き下がった。
「おお、さすが知床、いやあ~すまない。助かったよ」
オレは混乱の場を収めてくれた知床のもとに駆け寄り、礼を言った。
「べ、別に部田君のためにしたんじゃなくて、球技大会のスケジュールが……」
どういうわけか先ほどまでの凛とした態度から一変、知床は体をくねくねさせて下を向いている。
「それでも、オレは助かったんだ。礼を言わせてくれ、有難う」
今まで、このような助け舟は一度もなかった……ような気がする。だから本当に知床には感謝だ。
「……!!」
オレがガッチリと両手で握手をすると、知床はなぜか驚きの表情と共に絶句してしまった。
「お、おい、どうかしたか?」
「……はっ!! い、いいえ別に。そ、それじゃあ、頑張って」
「あ、ああ」
知床は猛烈なスピードで走り去ってしまった。
「ニクイねえ、このエロブタが」
「おわっ!! ぐはっ!!」
誰か(いや、間違いなくエキドナ)に背中を蹴飛ばされて、オレはネットを張ってある鉄柱に思い切り頭をぶつけた。そしてその後の記憶がない。
「……た」
「……」
「……りた!」
誰かがオレを呼ぶ声がした……気がする。
「……あ?」
「部田!!」
「え!?」
視界には白い天井。
「部田、私」
声の主はオレの視界には見当たらなかった。
「ここよ」
「あ、麗」
麗は自分から身を乗り出してオレに認知させた。
なんだ、オレは寝ているのか?
「保健室」
声の主は愛想のない言い方でこの場所を教えてくれた。だが、オレはまだ正しい反応ができない。
「え?」
「だから、ここは保健室。部田は気を失ってベッドで寝ていたの」
「……そうか。……あれ、何でオレはこんなことになっているんだっけ?」
「えっと……あのね、エキドナさんにど突かれて頭をぶつけて気を失ったのよ」
麗は伏し目がちに……ではあったが侮蔑の感情も面に出ている。
「でも……ああ……少し思い出してきたかも。それはそうと誰がオレを運んでくれたんだ?」
「竹原」
「そうか、またか。……タケにはあとで毎回すまないと言っておく。麗、今何時だ?」
「もう、放課後。4時半くらい」
「えっ!? そんなにオレは寝ていたのか?」
「まあね。あと他に質問ある?」
「え? ……ああ、まあ大丈夫だと言いたいところだが、オレが出場するはずだった他の試合は誰が代わりに出たんだ?」
「全部予定通り部田が出た」
「は!? どういう意味だ?」
「えっとね、プリセンスたちの誰かがアンタをマリオネットのように操ってそのまま競技続行。スーパープレー続出で最終的にMVP獲得」
「はあ!?」
意味が全くわからない。
「麗、もう少しわかりやすく言ってくれ!!」
オレは上半身をベッドから起こし、麗にかぶりつきそうな勢いで接近し、彼女の両肩をガッチリと捕まえた。何が起きていたのかとにかく知りたかった。
「ちょ、ちょっと、近いよ、近いってば!」
麗は頬を赤く染め、困惑の表情に変わった。
「お邪魔します。部田君、だいじょ――」
突然誰かが入ってきた。だから声の主へとオレは自然に顔を向けた。
「あ、知床」
委員長の知床だった。
「あ」
「あ」
なぜか同じリアクションをする麗と知床。その表情は発した声とは裏腹に言い知れない何か複雑な感情を内包している気がしたが、それこそまさに気のせいだろう。
「あ、わ、私、ちょっと教室に忘れ物をしたから取ってくる。知床さん、部田に今日のことを説明してあげて」
「あぶ! おい、麗」
超高速でオレをハンパない力で突き飛ばして立ち上がる麗。彼女はオレの呼びかけを無視して、そそくさと保健室を出ていってしまった。
「なんだ、おかしなヤツだ。それとも腹の調子でも悪いのかねぇ。なあ、知床?」
「……」
知床は何かを考えているようで、下を向いたまま反応が無い。仕方がないのでもう一度大きめの声で彼女を呼んでみる。
「知床! 座れよ」
「……え!? え、ええ、そうね」
「なんだ、お前まで。そんでどうした?」
「え? 何が?」
知床もいつものような切れ味が無く反応が鈍い。
「だから――あ、まあ、心配して来てくれたのかな?」
「ええ、まあ……」
「サンキューな。あと、迷惑かけたな」
「えっ!?」
知床はオレが何か話すたびにいちいちビクっと肩を震わせている。
「大丈夫か? お前も何かおかしいぞ」
「えっ!?」
ビクッとして俯いて、『え』とか『ええ』とかしか言わない。いつもの毅然とした物言いはどこへやら。まるで別人である。
この作られた過去ではなくてリアルタイムで高校に通っていたときには知床にこのような『落差』は無かった……と記憶しているが。
「と……と!」
「はい?」
何かを思いつめたかのように決死の表情……と言っては大げさかもしれないが、何か鬼気迫るものを醸し出しながら発した声が『と』だけではさすがのオレでもわからん。そしてまた……
「……」
「お、おい知床。おーい、黙ったまんまじゃわからないぞ」
再び俯いてしまった知床。だが――
「……と!」
「ひ!」
表情を伺おうとして知床の顔を覗き込んだ刹那、再びオレを睨みつけて発した言葉がまたしても『と』だけの知床。そしてオレの方はいつものごとくびっくりして後ろにひっくり返りそうになった。
「あっ! ご、ごめんなさい。わ、私……と、と、部田君、お大事に。本当にごめんなさい」
「あ、おい!」
知床も慌てて立ち上がったかと思うと脱兎のごとく駆け出して出て行ってしまった。
結局、オレが操り人形と化し、MVPに輝いたとかいう謎は聞けずじまい。でも、まあいいか。どうせアテナあたりがやったんだろうし。
その後、オレは戻ってきた麗とともに家路に着いた。
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