第十四話 5界の時間旅行
ドアチャイムの音がした。
玄関に一番近い位置に居たオレは、すぐにドアを開けた。
「よう」
そう、時間旅行はもう明朝だ。そして予定どおり麗がやってきた。今日はかなりスカートが短いようだが、それって既にJKを意識しているのか、麗?
「部田、準備万端?」
「え? ……いや、結局なんの準備もしていない」
「へえ、珍しいわね。石橋を叩いて渡るタイプのくせに」
麗は少し皮肉っぽい笑みを浮かべた。
「お前は何か持っていくのか?」
「ううん、全く。だって想像つかないもん。一泊二日の観光じゃないし」
「そうなんだよな」
麗は度胸が据わっているから、あっけらかんとしている。オレも彼女と同じくらいどーんと落ち着いていたいものだ。
「ま、とにかく上がれよ」
「うん……わ! 賑やかそうね」
麗が驚くのも無理はない。
「地味な鞄ね~、なんでこんなにセンスが無いのかしら~」
「ねえねえ、このリボン、どうやって付けるの?」
「おい! こんな短いスカートじゃあパンツが見えちまうじゃねえか」
「わ~、意外と可愛い制服なんですねえ~」
「……」
いつものことだが、今回の旅支度といえども個性が明確に出るプリンセスたちだ。
「はいはい! 麗が来たからみんなちょっと静かにしろ。さあ、麗、入った、入った」
オレは彼女達の輪に手を叩きながら割って入った。
「あ、うん」
麗は靴を脱ぎながら上目遣いでオレに返事をしつつ、ある質問をしてきた。
「ねえ部田」
「は?」
「制服とか文房具とかはハガイさんなら一瞬のうちにみんなに装備させられたんじゃないの?」
「へ?」
「だから別に前の日の晩にバタバタしなくても大丈夫なんじゃないかってことよ」
「ほ?」
言われてみれば確かにそうだ。他のことは全て状況によって即時対応してもらえる手はずになっているわけで、現段階でわかっているこの手の準備なんかわざわざ手間をかける必要などないのではないか?
「いいえ、それは違います!!」
「えひゃ!! あいた!」
麗に言われてプリンセスたちの制服や持ち物の準備に追われている状況をある種の無駄と思い始めていたオレに、全力で否定しつつ突如現れたのはまたしてもハガイだった。ついでに言っておくがオレはまた壁に頭をぶつけた。
「どうも、ハガイです」
今回のハガイはなぜかぺこりと頭を下げた。
「お、おい! こらっ!! びっくりしたじゃないか!!」
「こんばんは、白神麗さん」
ハガイはオレの文句をスルーし、すっと幽霊のように移動したかと思ったら、あっと言う間に麗の右手を持ち上げ握手した。
「あ、あの・・・」
あの強気な麗も以前に渾身の右フック(掌底ぎみだったが)でダウンさせた経緯もあり、ハガイにはあまり物が言えないらしい。
「おい! ハガイ!!」
「おや? これは部田さん」
「とぼけんな」
「は? いいえ、とんでもございません」
「この……いやまあ、いいから、何が違うんだ?」
「はい?」
「怒るぞ。『違う』と言いながら現れたんだ。言いたいことがあるのだろう?」
「ああ、それね」
ハガイめ、なんと横柄な態度だ。それでよく仕事が成り立つな。所詮役人ということか。
「それとな、麗の手をいい加減に離せ」
「あっ、これは失礼いたしました」
「おまえ、その調子でいくと人に恨まれるぞ」
ハガイは麗に軽く会釈したあと、またしてもオレのツッコミを無視して話し始めた。
「予期せぬことは致し方ありません。しかしわかっていることはわざわざ手間をかけることに意味があるのです」
「ほほう」
「最初から申し上げておりますが、彼女達はバカンスでここにきているわけではありません。人間の学校に行かせる許可が出るのも勉強するためなのです」
「……なるほどね」
「納得していただけましたか、部田さん?」
「ああ、まあね」
ちょっと悔しいが、ハガイの言うことには説得力があった。
「あ、そうだ。来てもらったついでにオレもひとつ聞きたいことがあるんだが、構わないか?」
「なんでしょうか?」
「オレ達は高校時代のいつ頃に行かせる予定なんだ?」
「・・・・・・そうですねえ。二年生の夏頃などいかがでしょう?」
「いいけど、真夏だとちょうど夏休みだぞ」
「では夏期休暇の少し前、テストが終わったあたりで」
「なんでそんな中途半端な時期にするんだ?」
「なるべく効率よく濃密な経験を踏ませるのであれば、一年生から始めるより、そのあたりが良いかなという一応の気遣いです。ですが最低限の場慣れの期間も設定しないと秋になると高校というのはいろいろとイベントも続きますしね。それに……」
「それになんだ?」
「部田さんと麗さんのこともありますし」
「?」
「お付き合いをしていましたよね?」
「え? ……あ、そうか!」
そうだ、麗と付き合い始めたのは二年の夏からだ。……えっとどういう経緯だったっけ?
「当時と同じようにつき合うも良し。やめるも良し」
ハガイは意味深な笑いを浮かべている。
「……」
オレは思わぬハガイからの課題にちょっと頭を悩ませてしまった。
どうすべきか麗の意見も聞きたかったが、彼女は俯いたままで、何かを語ろうという態度ではなかった。
「別に時期を前後にずらすことは可能ですが、何らかの形でこの問題は付いてまわりますよ。それはおわかりかと思いますが・・・・・・」
「わ、わかってるよ」
「じゃ、よろしいですね?」
「お、おう」
ま、まあ仕方ないだろう。高校の頃に戻る以上、ハガイの言うとおり避けて通れない問題だ。覚悟を決めよう。
「い、いいよな? 麗」
「・・・・・・え? う、うん」
恐らく麗もオレと似たような心境だろう。迷いはあるが、他の選択肢も大した差はない。どうしてもイヤなら今回の企画そのものをやめるしかない。
「では、みなさん、ほか特にございませんか?」
「はーい!」
ハガイの問いかけに元気よく答えたのはシルクだった。
「はい、では明日の朝は部田さんが指定する時間に起床して支度を整えてお待ちください」
「わーったよ。彼女によろしくな」
「な!! なんです?」
エキドナが女の話を振ると、やはりハガイは激しく動揺した。
「もう、帰ったほうがいいぞ、ハガイ」
「そ、それでは」
オレに促されてハガイは逃げるように消えた。
「さて、準備はできたか? まあ、あとはなるようになれだ。みんなでがんばろう」
「「「「「……」」」」」
「あ、あれ?」
またしても皆はノーリアクション。
「お前はがんばらないといけないかもな。だが私達は結構楽しみにしているぞ」
「……あ、そ、そうですか」
エキドナの言うとおり焦っているのはオレだけで、彼女達は期待しているのだ、この時間旅行を。
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