第九話 5界の生活 その1
「う~ん」
オレは家に帰るとすぐに勉強机のイスに腰掛け、考え事を始めた。ハガイから可能性として聞いてはいたものの、実際に襲撃に遭ったのは正直ショックだった。
その5界の彼女達はメリアと麗が陣頭指揮をとる形で夕食の準備に勤しんでいる。でき得るならばこの間に今後の対策を練りたいものだ。
しかし対策とはなんだ? これからどんなヤツらが現れるかなんてオレにわかるはずがない。それにあのプリンセスたちは想像を超える能力を持っている。オレがバタバタしなくても大抵のことは対処できるんじゃないのか?
「部田さん、お食事の方、お待たせしてすみません」
メリアがいそいそと台所で動き回りながらも、ちらりとこちらに振り向いた。
「……え? あ、いや、大丈夫だよ。気遣い無用だ、メリア」
「あ、はい。有難うございます」
こんな感じで、早くもオレが世話をされる側になっている。こんなことでいいのか。
家の中に居る分には『結界』があるとハガイが言っていた。安全第一ならこのままずっとここに居ればよい。だけど……やっぱりそれは可哀そうだ。じゃあ、毎日どこかに連れ出すのかとなれば、やっぱり今日みたいなことがあるだろうし……う~ん、どうすればいいんだ?
「部田」
「……ん? え?」
台所から離れてこっちにやってきた麗に話しかけられたが、柄にもなく必死に思考をしていたオレはなんともマヌケな反応をしてしまった。
「どうしようかなって思っていたんでしょ?」
「え? ……ああ、まあ……そんなところだ」
さすが麗だ。完璧にオレの頭の中を読んでいる。
「いいんじゃない、別に。普通で」
「……普通って?」
「普通は普通よ。アンタが当初から考えていたとおりで構わないんじゃないのってことよ」
「いや、だからさ……」
「わかっているわよ。またなんか得体の知れない連中が来たら困るって言うんでしょ? でもさ、平気でしょ、あの子たちならさ。さっきも言ったじゃない、もう忘れた? それにハガイさんも居るし」
「……うん、まあそうなんだがな」
「私があの子たちなら、やっぱり色々な場所を見てみたいなあ……」
「え?」
「だから、どうせしばらくの間はこの世界に居なくちゃいけないなら、少しでもこっちのことを知りたいと思うわ」
「そ、そうか?」
「そうよ」
麗に限らず女子は時に当然のように持論をゴリ押しすることがあるが、何を根拠にこうして言い切れるのかオレにはわからない。
「アンタ、私の言うことを信用していないでしょ?」
「え!? い、いや、そんなことはない」
「うっそだー」
「う、うそじゃねえよ」
麗の勘の鋭さには恐怖すら感じる。昔からそうだ。
「……ま、いいわ。じゃ、明日とかどうする?」
「え?」
「どこかに行くことで賛成なんでしょ? だったら出かけないと……」
「え? ……えーとな……あ! お前さあ、大学あんだろ?」
「明日は講義ない」
「なに? ずいぶんと適当だな」
「適当とかじゃなくて自分で時間割を組むから」
「へえ」
「……とにかく明日は大丈夫なのよ。だからどうすんのよ?」
「ど、どうするって……あ、い、今から考えるよ」
「『あ、い』って何よ? 何を焦っているのよ?」
「あ、焦っているんじゃないよ」
ポンポンと話を進められることにオレは慣れていない。拙速になって余計に問題が拡大することを恐れるからだ。
麗の言うことはよくわかる。しかしだ、オレには異世界の王女たちの安全な生活を保持してやらねばならない責任がある。もっと熟慮の上に方針を決めたいというオレの考えだって決して間違っていないと思うがやっぱりそれっておかしいのだろうか。
「あらあら、子豚ちゃんは自分と彼女の将来も決められないのに、私達のことまで決められるのかしら~?」
「な、なんだと!?」
また、ややこしいときにややこしいことを言ってくるヤツが……
「だって~、それが原因で別れたんでしょ~?」
「なぬ!? ……よ、余計なお世話だ、アテナ」
妙だ。
オレは何を取り乱しているんだ。いや、恐れている?
「……あら、ごめんなさ~い。でも、少しわかったわ。麗ちゃんも煽りグセがあるのね~。今のままじゃあ、ちょっと難しいわねえ~」
「ど、どういう意味だ!?」
「さあ?」
身に着けたエプロンにはプリントされたヒヨコ。そのかわいらしさとは裏腹に、アテナは不敵な笑みを浮かべつつ明確な返答をせず、身を翻して再びキッチンでの作業に戻ってしまった。
「……麗?」
「……」
麗は俯いたまま何も話さなくなってしまった。
「おい、麗」
「……え!? あ、ごめん」
「麗、お前の言うこともよくわかるけどな、とにかく『安全第一』だと思うんだよ。それを踏まえた上でオレは彼女達の今後を考えたいんだ。だからわかってくれよ。まあ、実際、防御策なんてないから、適当に出掛けるしかないのかもしれないけどな……」
「う、うん……それでいい」
「え?」
「……だから、部田の決めたとおりでいい」
「そ、そうか」
「……」
麗はまるで別人のようになってしまった。さっきの勢いはどこにいったのだ。
「よーし! これでいいんじゃねえか? 結構うまいぞ」
「エキドナさん、つまみ食いはいけません!」
「お、悪ィ」
オレと麗がすっかり大人しくなってしまった一方で、キッチンは俄然盛り上がってきたようだ。エキドナとガイアが調理の何を担当しているのかはよく見えなかったが、完成は間近いようだ。
「う、麗」
「な、なあに?」
よくわからないが、麗がこのキャラのまま夕食に突入すると、全体の雰囲気に影響するんじゃないかとオレは思い、咄嗟に話しかけた。
「いや……その……あ! 明日な、みんなで買い物っていうのはどうだ? メリアしか経験していないだろ? 経験に差が出るのもどうかと思うし、社会勉強としてもいい題材だと思うしさ」
「そ、そうね、いい考えだと思うわ」
「そ、そうか? 本当にそう思うか?」
オレは社交辞令じゃなくて、いつもの本音しか言わない麗の素の意見が聞きたくて、彼女の両肩を思わずガッチリと掴んでいた。
「……え、ええ」
麗はオレの迫力に押されて、条件反射的にうなずいたように見えた。しかし、オレはそれでもよかった。彼女はいかなる状況でも二回続けて建前を言うことはない。
「そうか~。それは良か……っだぼ!」
「きゃあ!」
後頭部に強い衝撃を受けたオレは麗に倒れ掛かってしまった。
「ブタのくせに食欲を満たそうという時に何を満たそうとしている?」
「……エ、エキドナか。……い、いきなり蹴るとはそっちこそ何なんだ!」
オレは麗に覆いかぶさったままの状態で文句を言う。
「あ~! ブタしゃん、また麗ちゃんを襲ってる~!」
「ええっ!? また部田さん、発情しちゃったんですか?」
「ち、違う! シルクもガイアも見ていただろう!? エキドナがオレを蹴ったんだ!!」
全く毎回毎回、どうしてこういう最悪のタイミングで他の連中に発見されるのだ。絶対におかしい。
「はいはい、できたからみんなで食べましょうか~。子豚ちゃんは強すぎる性欲が食欲を上回っているみたいだから今は放っておきましょうね~」
「な、なんだと?」
あのアテナの氷のような蔑んだ視線を受けるのは何度目だろうか。
「だって~、いつまでもメスの体の上に乗っかったまま離れないって、既に昆虫と一緒じゃな~い?」
アテナに言われてオレは子供のころ飼っていた『つがい』のカブトムシを思い出した。
「く、くそっ」
オレはやっと麗から離れた。
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