第八話 5界の経験その2
「よし! じゃあ打ち合わせどおり、キミたちはオレの親戚で、麗とも友人関係にあるということにする。もっとも、この街ではそんなに知り合いとは会わないからな。必要以上に心配することはない」
全員で外出するにあたってオレは5界の娘たちへ注意事項を声高に説明していた。
「あっ! そういえば麗はさっきメリアと外出した時、知り合いとかに会わなかったのか?」
「会ってないわ」
「そんならいい。じゃあ、とりあえずここから十五分くらいで行けるところに結構広い公園がある。そこに行って人間界の風景を観察して勉強するように。自然な振る舞いというものを少しでも学ぶのだ!」
オレは選挙演説のように握りこぶしを作って訴えた。
「能書きはいいからよ、早く行こうぜ、性欲王」
「な、なんだと!?」
よせばいいのにオレは魔性の女……いや、魔界の女の挑発にまた乗ってしまった。それによって新たな挑発行為を受けることになる。
「エキドナちゃん、子豚ちゃんはメスの前だから格好つけたいのよ。なんたって発情中だから」まずアテナ。
「獣人は初めて発情すると、衝動が抑えられない種もいるんです! 部田さんもそうかもしれません! 落ち着かせましょう。どう! どう! シッ!」次にガイア。
「こわいよ~、ブタしゃん、こわい~」そして半べそのシルク。
また収拾がつかなくなってきた。これでは出掛ける前に日が暮れてしまう。
「あ~もう、わかった! 確かにオレは発情している。だが今は公園に行こう! しゅっぱあつ!!」
「部田……何言ってんのよ」麗が下を向いて大きなため息をついた。
麗がコーディネートした5界の娘たちの服はなかなかのセンスだった。派手過ぎず、地味過ぎず、金を掛けるわけでもなし。しかしなにより彼女達のキャラクターに合っていた。
アテナはカーデにミニのフレアスカート。エキドナはロンTにダメージジーンズ。メリアはパーカーにデニムショーパン。シルクはサロペットのやっぱりショーパン。ガイアがチュニックで一番ギャップがあった方だが、今までが今までだったので、そう見えるだけかもしれない。
一番の注目すべき点は、エキドナを除いた四人に共通のファッションアイテムがあるということだ。
「なんで、みんなニーソなんだ?」
「……アンタ、好きじゃない」
「……」
公園に向かう道すがら、プリンセスたちに聞こえないように麗に尋ねたら、あっさりそう言われた。
「あ、あの、う……麗、悪いな、こんなことまで付きあわせて」
「女の子ばかりの5人で人間でもない。しかも世間知らずのお姫様。そんな突飛な設定の難題を男ひとりでクリアなんかできないと思わない?」
体裁悪くぽつりと語るオレに対して麗は正面を向いたまま、表情を変えず淀みなく答えた。
でもそれが麗だ。言葉や体面で飾ることなく、実のある言動で他人と接するのが彼女のスタイルだ。こう言っては失礼だが、オレよりナイスガイ……いや、ナイスギャルか? とにかくそういうことだ。
「とりあえず、どういう日常を送るべきか……よね?」
「え!? あ、ああ、そのとおりだ」
麗が急にこちらに顔を向けて聞いてきたから、少し言葉に詰まってしまった。だが、麗の言っている内容は今、まさしく考えねばならない最優先課題である。
ハガイはただ漫然と生活するだけでいいと言う。だけどそれは日々の目的を自分で考えなくてはならないという意味でもあるし、そうでなくてもそもそもオレが5人の姫たちを抱えてなんの目的もない生活などするわけにはいかない。
「そうだ! 目的が必要だ!」
オレは右手でガッツポーズを作り、大きくうなずいた。
「え!?」麗がびっくりして身構えた。
「い、いや、なんでもない。明日からみんなで何をしていくのが一番いいのかなってあれこれ考えていたら夢中になっちゃって。ははは」
「……もちろん、そのとおりだけど、今みたいに私達人間の暮らしを見て知ってもらうことが当面の目標でも良いんじゃない? どうせ部田もただ、毎日ボーっとしているだけなんだし。最初から高すぎるハードルはアンタにも彼女達にも良くない気がするわ。私もそこまでは考えていたんだけど……それにしたってアンタの毎日、何も無さすぎなんだもん。だから考えが止まっちゃっているのよ。どうすんのよ、今後の生活と人生は!?」
「え? ……あ、ああ、そ、そうだよな。まずオレが何もしていないもんな。先にそっちをなんとかすれば、あとは自然に彼女達の日常も決まってくるのかもしれないな」
「そうよ!! ハッキリしなさいよ!!」
「お、怒るなよ、そんなに」
「うるさい! 馬鹿! 馬鹿!」
麗は5界の娘たちの今後について話していたはずだが、いつの間にかオレに対する何かしらの不満へと徐々に変わり、最後はなぜか怒り心頭だった。しかもそのせいで周辺の通行人たちからも奇異の目で見られてしまっている。
さらにさ~らに、オレ達には連れがいる訳で……
「あらあら、路上で痴話げんかかしら~? これが人間界の常識~?」
「ち、違う! ちょ、ちょっと議論が白熱してしまったのだ。本来ならこのような公共の場であまり興奮した話し合いをすべきではない」
ここぞとばかりに茶々を入れてきたアテナにオレは大慌てで虚勢を張りつつ常識を説いた。
「あら、そうだったの~。私、てっきり甲斐性なしが三くだり半を叩きつけられたのかと思ったわ~」
「な、なんだと!?」
アテナのヤツはなんちゅう言い方してくれてんだ。人間でも若いやつは知らなかったりするようなフレーズじゃないか。
「かいしょなし~♪ かいしょなし~♪ ブタしゃんは~♪ はつじょうき~♪」
「シ、シルク、道端で大きな声で歌ったら、周りの人がうるさいからやめなさい」
「は~い」
シルクは飛行機の真似をしながらオレと麗の間をぐるぐると回りながら歌っていた。傍から見れば完全におちょくられている状況に見える。だがオレは決してキレたりせず努めて冷静に対応した……が、しかし――
「うわ~ん!」
なんと急に泣き出したのは麗だった。
「ど、どうしたんだ!?」
オレは想定外の出来事にひどく狼狽した。
「なんでえ、なんでえ、ブタ野郎! 何をしやがった!! ……あ! さてはお前、ここで襲ったんじゃねえのか?」
「エキドナさん、ムチを貸して下さい! 私が部田さんを落ち着かせます!」
「ガ、ガイア! オレは発情期なんかじゃない!!……ハッ!」
オレはこれ以上、路上で人目を引くことが無いように、新たに話に参加してきたエキドナやガイアだけでも引き離そうと必死になっただけなのに、自ら恥ずかしい言葉を絶叫し、墓穴を掘る結果となった。
「あ、あの、何かお困りでしたら、お手伝いいたしましょうか?」
よほど目に余る光景と映ったのか、たまたま通りかかった見知らぬ年配の夫婦と思しき二人が親切にも声を掛けてくれた。
「ふぇ!? ……い、いいえ、大丈夫です。あ、あの、あの、うるさくしてすみません」
「し、しかし……」
夫婦らしき二人は尚一層、心配げな顔でこちらを見ている。
「うわ~ん! わあ~ん!」
麗の声量も上がる一方だ。
オレは既に対処しきれなくなっていたため、応対がしどろもどろになってしまった。特に傍でワンワン泣いているこの女がな……
もはや途方にくれるしかない状況だった。
しばし考えた後、ハガイでも呼んで助太刀を頼むかと決めた時、いきなり麗は泣き止んだ。そちらを見ると、メリアがそっと麗の頭を抱き寄せていた。アテナもシルクとガイアの手を自分の左右の両手でそれぞれつなぎ、何やら話しかけながら、少しずつ『混乱の現場』から離れていった。
「あっ、あの、落ち着いたようですんで……どうもお騒がせ致しました」
オレは周囲の通行人に向かって、二度三度と頭を下げた。すると遠目に見ていた人々も三々五々立ち去っていった。
オレはまだ不満顔のエキドナの手を引っ張りながら、とにかく一刻も早くその場を離れるべく、そそくさと立ち去った。
ようやく、まさにようやくたどり着いた近所の公園。今までは当たり前に通過していたこの場所が、今日は長距離マラソンのゴール地点に見える。
「よ、よ~し!! それじゃあ、ここの敷地の中をゆっくり散歩でもしよう。きっといろいろなことが見つかると思うぞ」
「「「「「「……」」」」」」
「……さ、さあ、レッツゴー……」
先ほどの騒動でなんとなくおかしな空気になってしまったが、何かを創始するというのは、この程度のつまずきなど掃いて捨てるほどあるものだ。ましてこの5界との生活は人類の壮大な挑戦と言ってもいいのだし、気にせずいこう。
さて、お手軽に気持ちを入れ替えたものの、その思いは当然同行者たちには届かず、とっくに皆は勝手にぞろぞろと先へ行ってしまった。オレはトボトボと金魚のフンのように後ろについて歩いていくしかなかった。
しばらくして屋台店が並んでいる場所に着いた。オレはそこでも皆より少し下がった位置で突っ立っていたが、知らぬ間に誰かがおねだりしたのか、麗がソフトクリームを買い始めた。その後、支払いとほぼ同時にシルクが両手を出して商品を受け取ろうとした瞬間に最初の恐れていた事態が起きてしまった。
「姫! お迎えに上がりました。こんなところに姫が居てはいけません。すぐに帰りましょう!」
ソフトクリーム店の男はそう叫びながらシルクの手をガッチリ掴んだ。彼女の軽い体は簡単に持ち上げられてしまい、男の両手に抱きかかえられてしまった。
「キャー、こわいー! やだよー!」シルクが悲鳴を上げるのと同時に彼女の手からソフトクリームが落ちた。
「部田!」麗がオレを呼ぶ。
「シルクを離せ!!」
オレは数歩走ってから、シルクを奪おうとしている店員に絶叫しながら飛び掛った。屋台から少し離れていたところからジャンプしたせいで、ガラガラと店に置いてあるものが倒れたり崩れたりする音が響いた。
運よく男の体にしがみつくことが出来たが、ソイツはシルクを片腕だけで抱き、空いた手でオレの体を振りほどいて走り去ろうとした。
「待て! この野郎!」
オレも立とうとしたが、潰れたソフトクリームに足を取られてしまい、体操選手さながら豪快な宙返りを披露した後、残念ながら頭から着地した。
「うぇ!」
オレは激しく頭を打った。その隙に誘拐犯はシルクを抱えたまま走り出した。
「エキドナちゃん!」
「おう」
軽い脳しんとうか何かわからないが、オレは大の字になったまま体を動かせずにいた。その上視界まで少しピンボケになってしまったようだ。仕方がないのでただ状況を見ていたが、アテナとエキドナの会話だけはハッキリ聞こえた。
「居るか? マドゥーサ!」エキドナが誰かを呼んでいるようだ。
「ははっ!! こちらに」誰だか知らないが、妖怪みたいなのが突如出現した。
「あそこを走りながら逃げている馬鹿から娘を取り返せ! ただし、男は殺すな。ちょっと面倒なことになるんでな」
「ははっ、仰せのままに……ぬっ! 貴様はアテナ! なんでここに居る!?」
「さ~あ、どうしてかしら~?」
「おいマドゥーサ! 今はそんなことはどうでもよい! 早く娘を奪い返せ!!」
「はっ! 申しわけございません、エキドナ様。では!」
何かややこしいことにもなっているみたいだが、エキドナがなんとかしようとしているのはわかった。それにしても……くそっ、このまま何も役に立たないのは嫌だ。
「ふんぬぬぬ!!」
目いっぱい気張ったオレはなんとか体を起こせた。すると目の前では驚くべき光景が広がっていた。
「あれは?」
さっき妖怪のように見えたそれは改めてじっくり観察すると恐竜の翼を持つ人間のようにも見える。そんな何かしらの生物が地上から数メートルの高さを水平に飛び、シルクをさらった男めがけて鷹のような速さで猛追していた。
しかし、その『翼竜もどき』はターゲットと接触するかなり前で急停止し、今度は髪の毛と思しき自らの頭部の一部を一掴みしてから引っこ抜き、それを放り投げた。
その投げられた頭髪のようなものは手元から離れた瞬間はうねりながら飛んでいた。しかし、目標にヒットする前にピンと張った矢の形に姿を変え、男の背に何本もグサグサと突き刺さった。
「うっ! ……ぐう、ううう……ひ、め……く、く」
シルクを奪って逃走した男は何やら無念の言葉を発し、前のめりに倒れてそのまま動かなくなった。
『翼竜もどき』はシルクを男から奪い返し、彼女を抱きかかえると再び宙を舞い、ゆっくりとエキドナの前に降り立った。それから跪(ひざまず)いて深々と頭を垂れた。
「ご命令どおりに娘を奪還いたしました」
「うむ、ご苦労」
エキドナはシルクの方を見ながら『翼竜もどき』に簡単な労いの言葉を掛けた。
「エキドナちゃ~ん!!」
シルクはエキドナに抱きついてワンワン泣き出した。
「よし、よし、恐かったろう。もう大丈夫だからな。もう大丈夫」
エキドナはシルクの頭を何度も撫でながらなんとか落ち着かせようとしていた。そこへアテナがやってきた。
「エキドナちゃん、お疲れ様」
「ああ。でもあんなヘナチョコにやられるとは……こっちもまったく無警戒だったぜ」
「そうね、力を感じなかったわ。ところでエキドナちゃんのシモベちゃん、そろそろ消えてもらわないと、パニックになるわ」
「そうだな。……マドゥーサ、もう下がれ」
「ははぁ! あ、いや、しかしアテナが……」
「オヤジに聞いただろ? 私もアテナも込み入った事情があるのだ。今は忘れろ!」
「……ははっ。それでは」
とりあえず『翼竜……マドゥーサ?』は消えた。が、あの生物を見たのはオレ達だけじゃない。これはちょっと困ったことになった。案の定、たまたま近くに居た数人、いやそれ以上が目を点にしたまま固まっていた。
しかし、ここでオレは再びプリンセスの異能の力を見せられた。
アテナが右手を上げて、また耳慣れない短い言葉を発したようだが良く聞こえん。それと同時に彼女の体が一瞬だけ光った。
暫くするとそれまでオレ達に驚異の目を向けていた連中は何事も無かったかのように無表情になり、反対方向に去っていった。
「こ、これは一体!?」
「お! 居たのかブタ!? さっきは残念だったなぁ、ヒーローになれなくて。ハハハ」
エキドナはオレの叫声が聞こえたらしく、ようやく泣き止んだシルクをアテナに預けてからオレに近づいた。
オレはふらつきながらも自力で必死に一歩ずつ足を前に出す。だがめまいが止まらない。それでもいち早く事の次第を詳しく知りたかった。それなのにエキドナの言いようはなんだ? 全くデリカシーがない。
「い、いいから説明しろ。さ、さっきの化け物みたいなヤツは誰だ? シルクを抱えて逃げたヤツは誰だ? アテナは何をやった?」
「まあまあ、落ち着けよ。気持ちはわかるが、そんなにたくさんの質問に一度で答えられるわけがないだろ?」
「う、うるさ……うっ!」
ちょっと大きめの声を出したら、頭にズーンと強い痛みが走った。気分は最悪だ。
「おっと……ブタ、大丈夫か?」
オレは体のバランスを崩したらしく、不覚にもエキドナに体を預ける形になってしまった。
「メリア、出番だぞ……って、そこに居たのかよ! びっくりさせんな」
再び意識が遠のいたオレだったが、背中に手の平の触感とともに爽やかな風のようで且つ温かく柔らかな何とも形容し難いエネルギーを感じ、それが頭の方へジワジワと広がっていった。
やがて、その不思議な無形のパワーは問題の箇所にたちし、痛みを徐々に吸い上げてくれているような感覚へと変わった。その後完全に痛覚は消失し、体内には味わったことの無い清涼感が新たに広がった。
「はっ! ……ん!?」
「大丈夫か? ブタ」
エキドナはマジで心配顔だ。
「あれ?」
オレはもう、何がなんだかさっぱりわからなかった。ただ、頭も痛くないし、景色がぼやけて見えることもなくなった。意識も目覚めのいい朝のように明瞭だ。
「メリアが治してくれたんだからな、礼を言えよ。お前、ちょっとヤバかったしな」
エキドナがニヤリと笑い、メリアの方へ顔を向けた。
「そ、そうか。メリア、有難う……ってええ!? お、おい!」
メリアはぼろぼろと涙をとめどなく流していた。結構な泣き方だぞ、こりゃ。
「……いいえ、どういたしまして」
メリアはそれだけ言うとクルリと後ろを向いて何も言わなくなってしまった。
「あ、あのメリア……」
理由がわからない状況で一日に二度も女子に泣かれるとは思わなかった。いや、自分の責任が明確なシルクのケースも入れれば三度目で三人目か。こういう時、オレにはどうしたらいいか正直全くわからない。自慢じゃないが女心にはまったく疎い。
「あ~あ、また女を泣かせやがった。お前は私より鬼畜だな。……いや、ブタだから家畜か?」
エキドナがチョッカイを入れてきた。
「な、なんだと!?」
「そういえば~、お部屋に『鬼畜兄、再び』っていうエッチなディスクもあったわね~」
アテナはまた余計な情報からツっこんできた。
「な、なんでそれを!?」
オレは右と左から攻められ、防戦も間々ならなかった。
「そ、そんなことより、オレの質問に答えろよ! まずは!! ……え~と……なんだっけな?」
肝心なときにオレの脳内演算処理は情報過多により、もはや限界を突破してしまったようだ。
「まずはあの野郎をハガイに突き出せよ、ブタ」
そう言ってエキドナが指差す先にはシルクを誘拐した男がまだ倒れていた。
「そ、そうだ! よし! ハガイ! ハガイ! おい、ハガイ!」
オレは空に向かって叫んだ。するとヤツはぼやきながら目の前にすぐ姿を現した。
「そんなに何度も言わなくてもちゃんと聞こえていますよ」
「お、おう、さすが。いや、そんなことよりシルクを誘拐しようとしたヤツが現れたんだ」
「え? もうそんなことがあったんですか? それでシルクさんは?」
オレは言葉で返答することなくシルクが居る方へ目線を動かした。ハガイもそれにつられて顔を向け、自らの視界に彼女の姿を捉えたようだった。
「なるほど、それは何より。それでその犯人は逃げましたか?」
「あそこでぶっ倒れているよ」
今度はハガイにすぐにわかるよう、手を伸ばしてその方向を指し示してやった。
「ああ、あそこね。う~ん……あの方、冥界の者ですね。念のため確認します。あ……それで、あの方をどうやって伸(の)しちゃったんですか?」
「エキドナがシルクを救ってくれたんだ」
「ほう、エキドナさんが。それで何をやったんですか? 殺しちゃいました?」
「殺してねえよ。それからマドゥーサを呼んだ」
エキドナはやや、ふてくされ気味で返答。もともと魔界と天界は相容れない関係だし、理由はどうあれハガイを呼ぶ前に一人ぶっ倒しちゃったわけから、何かしらのペナルティーはあるかもしれない。
「なるほど、それじゃ解毒が必要ですね。わかりました。後はこちらでやります。ご苦労様でした。犯行の詳細がわかりましたらまた連絡します。それと……」
ハガイはもう一つ注文があるようだが、それを言う前にエキドナが口を挟んだ。
「目撃者ならアテナが人間どもの記憶とか、あの……なんか知らねぇけど、ちっちゃいカメラ兼電話の中身を消したから問題ない。あと一応私も言っておくが、マドゥーサはシルクを助けさせた後、すぐに帰らせた」
「わかりました。エキドナさんが仰ることを信じましょう。では、一度引き上げます。シルクさんのケア、よろしくお願いします。それからエキドナさんに教えておきますけどあの機械はスマホと言います」
ハガイはオレ達全員に目配せしてから向こうで倒れていた冥界の男共々一瞬で消え去った。今回はやけにあわただしい出現だった。
「ブタ、大体わかったか?」
「ああ、まあ。エキドナの従者らしきヤツがあのマドゥーサとかいう翼竜人間で、アテナの妖術で野次馬の記憶その他証拠になるものは全て消去、シルクを誘拐しようとしたヤツは冥界出身というだけで今はそれ以外わからない」
「まあ、そんなもんで大体合っているぞ、なかなか理解力があるじゃないかスケコマシ」
「な、なんだと!?」
「そもそもお前、今日だけで何人の女を泣かせたんだ? そんなヤツが『何があった?』とか『何をした?』とか偉そうに聞ける立場かよ」
「そ、それは確かにそうだが……でも、オレはスケコマシなんかじゃない!」
「……チッ、涙の意味とか考えねえくせによ」
「な、なんだ、それはどういう意味だ?」
「知らねえよ。だけど、お前、必死でシルクを助けようとしてくれたからな、今日は勘弁してやるよ」
エキドナはオレに言いたいことだけ言って、今度はスタスタとアテナに近づき、何やら耳打ちしていた。なんなんだ、アイツら。
その時、オレはまた別の視線を感じ、その送り主である麗に近づき話し掛けた。
「すまなかった。全く役に立たなかったようだし」
「……そんなことなかったと思う」
「そ、そうか」
「それより、どうするの? これから」
「そうだな、さっそく襲撃を受けたわけだし、これからも来ると思わなくちゃいけないだろう。今日はもう帰って作戦会議でも練るか」
「部田、もう体は大丈夫なの?」
「ああ、なんか知らないけど、とにかく治った」
「それなら、もう少し歩かない? あの娘たち、相当なツワモノみたいだから、少々の事があっても自力でなんとかしちゃうと思うのよ。だから今は社会勉強を優先させてもいいんじゃないかと思ったんだけど」
「……そうか。うん、そうかもな。……よし、そうするか! 有難う、麗!」
麗はとりあえず普通に接してくれた。エキドナの言う『涙の意味』は引っかかるが、わからないものはわからないのだから仕方が無い。今はやれることを優先しよう。
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