第七話 5界の経験
「ただいま~!!」
大きな声とともに麗が勢いよくドアを開けて入ってきた。その両手には大量の紙袋を提げており、一緒に行ったメリアも同様の姿だった。
「よう、おかえり! ご苦労さん! 良い物買えたか?」
オレは立ち上がって玄関まで一、二歩進みながら、二人をねぎらった。
「おかえり~」シルクはパタパタと小走りでオレを抜き去り、麗の腰の辺りに抱きついた。
「手伝います!」ガイアはすぐに麗とメリアの手荷物のいくつかを自分が持つつもりで駆け寄る。
「おつかれさま~。こっちに置くといいわよ」アテナはオレがいつも『人生の考察』として愛用している机をサッと片付けて、スペースを確保していた。
「お疲れ」そっけない言い方だったが、キッチンでお茶を入れるエキドナ。
「みんな、有難う~。かわいいのを買ってきたから! それと袋に名前を書いておいたから、自分で探して持っていってね」麗は破顔一笑で応えた。
「よし! 麗はとりあえず休んでもらって、他のみんなはさっそく部屋で着替えてこいよ」
「は~い」
コスプレ少女たちは皆、自分用の新しい衣装が入った袋を手にとってそれぞれの部屋に消えた。
「まるで、学校の先生ですね。部田さん、貴方こそ、お疲れ様です」
今度はオレがハガイに労いの言葉を掛けられた。
「あっ!!」
麗がようやくハガイの存在に気付いたようで、彼を指差しながら驚愕の面持ちで叫んだ。その後、もう一度「あっ」と小声で言うと、口を両手でふさぐ仕草をした。きっと自らの態度が恥ずかしくなったのだろう。
指で差された本人はスッと立ち上がってオレの時と同じように名刺を差し出した。
「お待ちしておりました。ハガイと申します」
「あ、あの、す、すみませんでした。白神麗と言います」
麗はバツが悪そうだ。
「いえいえ、私も不注意でした。ところでお願いなのですが、もう一度私に触れていただけませんか?」
「ええっ!?」
麗は戸惑っている。そりゃそうだ。ここは簡単に説明してやる必要があるだろう。
「麗、ハガイは確かめたいんだ。通常オレ達普通の人間はハガイに触れることはおろか、見えないらしい。だから、なんでお前がそうでないのか原因を探るってさ」
「あ、なんだ、そう。私てっきり……」
あとで聞いたのだが、麗はハガイがドMの変態かとでも思ったらしい。引っ叩いたのにまるで怒っていないこともそう思わせる要因だったらしい。
「さあ、おねがいします」
ハガイは右手を差し出し、握手を催促するポーズをとった。
「あ、はい」
麗は少しうつむきながらもそれに応えるように右手を伸ばした。その手をハガイは自分から握り、そして瞑目した。
「う~ん」
「どうだ、ハガイ?」
ハガイは麗の手を握った直後から唸りだしたので、オレはちょっと不安になった。
「う~ん」
「わからないのか?」
「う~ん」
「おい」
「う~ん」
「おい、唸ってばかりじゃ、わかんねえぞ」
「う~ん」
麗が徐々に困惑の面持ちになってきた。
確かに、よく知りもしない上に人間のようで人間ではない男が握手したまま手を離さないのだ。女子にしてみればこれはかなり不気味かもしれない。
「おい、もういいだろ! 麗が恐がっているじゃないか!」
オレはハガイと麗の手を離した。
「う~ん」
今度はひとりで腕組みしながら唸っている。大丈夫か、コイツ?
「ねえ、あの人……大丈夫?」
麗はオレの背後に回り、ハガイに聞こえないように背中越しにささやいた。
『さあな』とオレは返した。
実際にそれが本音だ。アイツとはまだ昨日と今日だけの付き合いしかない上に、真面目そうでいて結構デタラメなところがある。しかも人間じゃない。ヤツのすることにはまだまだ理解できない部分がたくさんある。
「わかりません!!」
「あひ!!」
「きゃあ!!」
ハガイはオレが麗の方を向いているとき、いきなり後ろから絶叫した。それに仰天したオレが麗を床に押し倒すような形になってしまった。その上、運の悪いことに最初に着替えを終えたプリンセスがちょうどその場に登場した。
「どうかしら~?、このお洋服~。似合う? ……って、あら? あらあら、まあまあ」
よりによってアテナだった。これは非常にマズイ。危険な事態だ。
「おや? どうされました?」
ハガイは能面のような顔つきを装っているが、頬がピクピクしており完全に笑いをかみ殺しているのが明白だ。
「あっ! 今度こそ発情期になられたんですね! おめでとうございます!」
ガイアまでやってきた。
「ち、違うんだ! こ、これはハガイが……!」
「ええ、そうです。私が今後の具体策について考えあぐねていたため、部田さんに意見をもらおうと思った矢先に白神さんを襲ったのです。恐らく私の思案の時間が長過ぎたため、苛立ちが着火点となり、ケモノのように暴れる劣情を抑えきれなくなったのだろうと推測されます。その証拠がこれです。配慮が足りずに申しわけありません」
ハガイはそういってなぜかオレの右手を指した。
「と、部田……手……」麗も真っ赤になった顔でオレに指摘した。
なんとオレの右手の平は麗の左胸をむんずと鷲づかみしていた。
「ふぴー!!」
いつものようにパニくると声にならない声が出てしまうオレだが、この時はさらにそれが状況を悪くした。
「お前はガイアより獣だな。性欲ぐらい抑えられねえのか」エキドナも戻ってきた。
「ちゅげん! (ち、違うんだ)」
「とにかく、一旦離れなさ~い。まったく……すっかり興奮しちゃって、言葉までまともになってないし~」アテナがとがめる。
「鼻息まで荒くしやがって」エキドナがさげすむ。
「どう! どう! シッ!」ガイアが調教しようとする。
「あひ~!! ……ぐぇっ!!」
オレは奇声を発しつつ、ようやく麗から離れた。しかし慌てたせいか勢いあまって後ろにひっくり返り、テーブルの角に後頭部を命中させてしまった。そしてそこからの記憶がない。
「……た!! ……りた!」
麗の声だ……
「とりた!!」
「おっ!?」
オレは咄嗟に飛び起きた。
やはり気を失っていたようだ。辺りを見回したが、見慣れない部屋だ。しかし遠くでウチのテレビの音が聞こえる。
「あれ、ここは?」
「ハガイさんが増やした部屋のひとつよ」
麗はずっとオレの傍に居てくれたらしい。
「そうか、悪いな麗……あっ! そうだ、ハガイとかみんなはどうした?」
「ハガイさんは一旦帰ったわ。アンタが起きてからまた来るって。他のみんなはダイニングにいるわ」
「そうか。……ふう~。あ、いてっ!」
今頃になってぶつけた頭が痛くなってきた。しかし、いつまでも寝ているわけにはいかない。
「今、何時だ?」
「二時ぐらい」
「昼飯はどうした?」
「もう、食べたわ。私がチャーハンを作ってね。ハガイさんも『美味しい』って言ってくれたわ」
「なぬ!? ハガイも食べたのか? アイツ……」
「部田も食べちゃいなよ。起きられないなら持ってきてあげる」
「いや、大丈夫。メシ食ったら外に行くぞ。昨日から外に出ていないし、あの娘たちにも外の空気を吸わせてやろう。ハガイは後回しだ。それにしてもアイツ、オレを罠に陥れやがって……必ずこの借りは返す!」
オレは勢いよく部屋を出た。が、ここは落ち着くためにもまずは腹ごしらえをするとしよう。
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