第六話 5界のしくみ

 麗とメリアが出掛けてから、オレは朝食をとったテーブルのイスに再び腰掛け、また考え事を始めた。そしてハタと気付いた。


「服だけじゃないよな」


 頭の中で考えていることを時々うっかり口に出してしまうオレの悪癖には皆が慣れたようで、今回は誰もリアクションしなかった……

 と思いきや――

「大丈夫だろ。お前の恋人とメリアなら」

「えっ?」

「だから、ちゃんと必要なものを手に入れてくるって言ってんだよ」

 寝転びながらシルクとテレビを観ていたエキドナがそのままのポーズでオレに話しかけた。これには驚いた。

 言っちゃあ悪いが、エキドナは行間を読むタイプではないと思い込んでいた。

 何と言うか、直情的であり、不完全な台詞回しは嫌いだし、オレとは合わない性格だと思い込んでいた。

「あ、ああ。そうかもな」

「チッ、まったく……少しは信用してやれよ」

「あ、ああ」

 オレは返す言葉がなかった。だが、本当はひと言だけ訂正させて欲しかった。オレと麗はもう付き合っていない。


「そ、そうだ、ガイア、獣人界のことを少し教えてくれないか?」

 ガイアとアテナはオレと一緒にテーブルを囲んでいた。

「はい! 何でも聞いてください」

 日用品も大事だが、エキドナに予想すらしなかったことを言われたこともあり、彼女らへの理解不足を痛感したオレはもっとコミュニケーションを取ろうと決意を新たにし、まず近くに居たガイアに話しかけた。

「昨日訊いたけどキミの世界では牛とかライオンとか……ブ、ブタとかも居るって話だったよね? でもそもそも獣人ってどんな風貌なんだい? キミはネコ耳以外、完全に人間と変わらない容姿だし……でも裸で暮らしているってハガイは言っていたしなあ。正直なところ全然想像つかない」

「ああ、そうですよね。確かに、確かに」

 大きくうなずく姿が可愛い。

「ある程度は状況に応じて姿かたちを変えられるんですよ。動物に近かったり、人に近かったり」

「へえ~、そいつはすごい」

「通常は半獣ですが、明確に上半身と下半身で分けられているのではありません。もっとあいまいです。本当に動物と人間の中間の外見をしていますよ」

「ふ~ん」

「人間界でも『人種』ってあるんですよね? こちらで言うところの『動物種』が私達の世界の『人種』なんです。その中には裸族もいるというわけです」

「へ~え」


「この空間も『裸族』に変更する~?」


 また、アテナが割り込んできた。

「ば、ばかなことを言うな。ここは人間の世界だぞ」

「私、知っているわよ~。人間の人種にも裸族が居るって」

「あ、アレはまだ、文明的に未発達というか、服が調達できないっていうか……」

「あら、そうだったの」

 オレはしどろもどろになりながらアテナに答えた。なぜなら受け答えをしながら脳内で『大人のマイお宝コレクション』をチェックしていたからだ。

 さっきも偉そうなことを言っている傍から、すっぱ抜かれた。また同じことをやられる危険性は大いにある。だが、『裸族』がキーワードになっているタイトルはオレのエロライブラリーにはないと検索結果が出た。



「よし! オレは『裸族』のエロ動画は持っていない!」



「……」

「……」

「……」

「……」

「……オホン」


 テレビからの音声だけが流れるこの部屋に、オレの咳払いが小さく響いた。

「と、部田さん、私は『裸族』好きですよ」

「い、いや、いいんだ。オレが悪い……」

 ガイアはまた、なんとかオレをフォローしようとしている。こんなやり取りが今後も続くのだろうな。

 どうもエロが絡むとオレの器の小ささが露呈してしまう。そんなことはどうでもいいってさっき決めたはずなのに格好悪い話である。

 まあ、仕方ない。とりあえず会話を続けることだけを考えよう。

「それよりガイア、キミの種族はネコ系統ってことになるんだよね。でも今のキミはほとんど人間と変わらない姿だ。やはり意識的に人に近づけているのかな?」

「ええ、そうですよ」

「じ、実物はもっと強烈なの?」

 オレは恐る恐る尋ねた。

「そんなことはないと思いますが……でも人間の方に見られたことがありませんから、実際どのように思われるかわかりません」

 ガイアは少しうつむき加減になってしまった。

「い、いや、そういうことじゃなくて……ほら、あんまり変わっちゃうと誰だかわかんなくなっちゃったりするから、それじゃあ困るな~とか。ははは」

「……はい」

 だめだ、ガイアは完全に落ち込んでしまった。

「子豚ちゃん、デリカシーがなさすぎよ~。そんなんだから麗ちゃんに嫌われたのよ」

 アテナはそうオレをたしなめてから、ガイアの方を向いた。

「ガイアちゃん、子豚ちゃんはね、人間以外の高等生物を見たことがないから恐いのよ。世間知らずの『おこちゃま』だと思って許してやりなさい」

「はい! あ、いえ! そんなこと……」

「少なくとも今のガイアちゃんなら、なんら問題はないわ。子豚ちゃんだって、時々チラチラ貴方のことを見ているし。ね~え?」

「え!? そうなんですか? 部田さん、じゃあ、私のことが恐いわけじゃないんですね?」

「も、もちろんだよ、そんなことあるわけないだろ!」

 アテナのフォローにオレは全面的に乗っかった。しかしこれが間違いだった。

「危ないのはむしろガイアちゃんの方かもよ~? 子豚ちゃん、獲物を狩る目をしているときがあるんだから~」

「な、なんだと!」

 やられた! アテナめ。

「部田さんも獣の気持ちがわかるんですか!」

 ガイアの顔がパっと明るくなった。しかし、この場合、またもや勘違いであるわけだし、非常に複雑な気分だ。

「ま、まあ、何と言ったらいのか……ガイアのことは恐くないし、オレも恐がらなくていい……」

「はい!」

「よかったわね~、ガイアちゃん」

 アテナのヤツ……、白々しいったらありゃしない。気に入らん。

「アテナ、キミの世界も少し教えてくれよ」

 アテナとはここまで何かと会話の機会に恵まれたし、そのおかげでキャラクターもかなり把握してきているつもりだが、彼女自身に関することは実はまだ何も知らない。

 根掘り葉掘りとはいかないだろうが、オレも『恥ずかしい秘密』にあんだけ突っ込まれたんだし、今度はこっちが知るいい機会だ。

「あら~、何が知りたいのかしら? 私のこと?」

 既にその誘うような目が『妖魔』の証の一つだよな~。と思ったりしたが、今聞きたいのは彼女の住む世界の詳細である。

「いや、だからキミのいる世界ってどんなところなんだい?」

「悪い魔法使い。悪い妖怪。そんな連中がいるところかしら」

「悪いのか、やっぱり……そんでどんなところなんだ」

「それはおどろおどろしいところよ、うふふ」

「そ、そうか、わかった」

 アテナが言うと本当に恐ろしい世界だと思いこんでしまう。もちろん『のほほん』とした世界でないことは確かなのだろうが。

「アイツ等は森や丘、洞窟とかに普通に集落で暮らしているよ」

 エキドナが相変わらず寝そべった姿勢のまま話に割って入ってきた。

「そ、そうなのか?」

「ああ。魔界……、正確には悪魔界である私達とは比較的近い存在だな。天上界が宿敵なら魔女や妖魔の連中は宿命のライバルと言ったところだ」

 オレはごくりと唾を飲んだ。改めて彼女達の世界の異質さというか恐ろしさに触れたような気がした。一方でなぜか湧き上がる好奇心があり、オレはエキドナに問うてみた。

「どういった部分がライバルなんだ?」

「魔法使いの連中が天上界をどう考えているのかは知らねえ。だけど、人間をおとしいれるという意味では互いに似ていて、異論はないんじゃねえのか。ただ、方法が違う。ヤツ等の方が愉快犯的だ。私らは場合によっては力づくということもあるが、魔女、いや、妖魔はもっと巧妙に堕落させる」

「そ、そうなのか?」

 オレは首を高速回転させて振り向きざまにアテナに答えを求めた。

「どうかしら~?」

 アテナは小首を傾げ、軽くはぐらかす。するとまたオレの背後からエキドナが語る。

「安心しろ。私もアテナも素性はどうあれ、お前に何かをするということはない。自分の今の身分くらいはわかっている。それにだ――そもそも堕落する隙のあるヤツが私らの餌食になるのだ。身も心も品行方正だという絶対的自信があるなら問題ねえ」

「あ、ああ、そうなんだ」

 オレはつまらない返答をするので精一杯だった。

「恐がることなんかないわ~。貴方だって淫魔でしょ~? 私と親戚みたいなもんだわ~」

「な、なんだと!?」


「いんま♪ いんま♪ ブタしゃん、いんま♪」

「あら、シルクちゃん、お上手よ~」

「えへへ」

こういうことになると絶妙な連携プレイを見せるのは、やめて欲しい。

「オ、オレは人間だ!!」

 『人間』として精いっぱいの抵抗。

「でも、ドスケベなんでしょ~?」

「そ、それは……」

「じゃあ、淫魔じゃな~い?」

 この魔性の女め……いや、事実そうか。アテナは魔女なんだし。


「……シルク、キミのいる冥界とやらはどういうところなんだい?」

「お! ブタがごまかしたぞ」

 エキドナがようやく立ち上がり、こちらに振り返りながら参戦してきた。これでオレは完全に包囲された。だが負けんぞ。

「エキドナ、観ないならテレビは消してくれ」

 我ながらセコイ反撃。

「わーったよ」

 エキドナはテレビのリモコンもなんなく使いこなしているが、一体事前の教育とやらはどういう内容なんだ? ハガイは言葉に関しては大丈夫だけど文化・慣習が足りないみたいなことを言っていたが……、必ずしも合致していない気もする。いろいろとバランスに難があるんじゃないのか。


「よし、シルク! 改めて冥界とはどういうところなのかな?」

「……えっとね、死んだ人はみんなそこに行くんだよ。いい人も悪い人も」

「うん、それはなんとなく想像できるな」

「それでね、天国か地獄に行ってそこで転生するまで過ごすんだよ」

「なるほど。そうすると霊界ってことか。それなら、地獄の悪魔とか天国の神様の下で暮らすことになるのか?」

「アテナちゃんとかエキドナちゃんのいるところとは違うんだよ。死んだ人しか居ないし」

 冥界の話が加わるとなんだかちょっと複雑になってきた。

「えっと、でも悪魔も天使もいるんだろ?」

「そういう人たちはわざわざ来るんだよ。あとはね、たま~に神様とか悪魔にスカウトされて、天上界とか魔界の住人になっちゃう人もいるけど」

「そんじゃあ、アテナもエキゾナも死んでんのか?」

「お前、アホか?」

 エキドナが吐き捨てるようにオレへ言う。

「ア、アホとはなんだ! 知らないんだから仕方ないだろ?」

「死んでるヤツなんていねえよ。それと私の名前、間違えてるぞ」

 ぐぬぬ。だ、だがオレはそれを聞いて矛盾点を見つけた。

「死んだ人間が冥界に行くんだろ? それがどうして他の世界に行くと生き返るんだ?」

 オレが訊いたことはどうやら愚問だったらしく、エキドナは少し苛立つようにため息を吐いた。

「あのなあ、人間だってもともとは死人なんだよ。死人がまたこの世界に生まれてくるんだ。まあ、それとはちょっとパターンが違うが、悪魔になるようなヤツはもはや生死を越えて暗躍するんだ。人間界にも大勢来ているぞ。実体があるとかないとかの問題じゃねえよ」

「じゃ、じゃあ聞くがお前はいつ死ぬんだ?」

 オレはいささかインパクトの強すぎる質問をしたかもしれない。だがエキドナは平然と答える。

「魔界で生きる者に死はねえ。あるとするなら『消滅』だけだ」

「消滅!?」

「そうだ。もちろんそのつもりはないがな。ははは」

 待て待て、まったく付いていけない。こんな摩訶不思議で壮大な話を一度に理解しろという方が無茶だろ。せいぜい『実体』とは『肉体』のことを意味するのだろうなとはなんとなく想像できたが。


「う~ん……」

 ただ唸るばかりのオレにアテナが声を掛けた。

「人間だけが生きている存在じゃないわ。人間が勝手に実体を無くすことを『死』と呼んでいるだけ」

「へ?」

「実体こそが一番、儚げで曖昧な器なのにね~」

「……そういうものなのか?」

「そうよ~、だから実体があるうちにたくさん性欲を満たしておけば~?」

「なぬ!?」

「わははは」エキドナが笑う。

「せいよく♪ せいよく♪ ブタしゃんの~せ・い・よ・く♪」シルクが歌う。

「ぬぬ」オレが唸る。またこれだ。



「だけどよ」

 エキドナが急に真顔でオレを見つめた。

「お前が私達のことを知ろうと努力していることはわかったからよ」

「え?」

 そう言ったエキドナをはじめ、四人の異世界の娘たちは皆一様に柔らかな微笑を浮かべていた。


「あの~、お話中すみませんが……」


 テーブルを囲みながら留守番部隊全員で話に夢中だったが、そういえば一人忘れていた。

「お! 目が覚めたか」

「あ、はい……あ、いたた。私は一体……」

 ハガイは頬に手を当てて、ふらふらしながら廊下のカドから現れた。その表情は自分に起こった出来事が何なのかを不安に思う気持ちと麗に叩かれた顔の痛みに耐えようと奮起する気持ちが入り混じったようなヘンテコな面持ちだった。

「災難だったな。大丈夫か?」

 存在を忘れていた罪悪感もあって、オレはハガイを一応気遣った。

「ええ、まあ」

 ハガイはよろけながらオレ達がいるテーブルの空いているイスに着席した。すっかり元気がなくなった姿は、ただのしょぼくれた男にしか見えない。

「お前、殴られたんだよ、麗に」

「は? ……ああ、そうでしたか」

「うん。……くっくく」

 ハガイには悪いがオレは笑いをこらえるので必死だった。

「部田さん、その鉄拳を私に浴びせた女性のことですけどね……」

「今、出掛けているから居ないぞ。でも、覚えているのか? 一瞬だったはずだが」

「そりゃあ、私は天界の事務次官ですから。あ、いたたた」

 急にえらそうに眼鏡の位置を直しながらカッコつけたら、顔面に痛みが走ったらしく、顔をゆがめるハガイ。浅はかなヤツだ。

「おい、無理すんなよ。……プフッ」

 どうしても笑いがこみ上げてしまう。

「だ、大丈夫です。それよりあの方、やはりタダの人間ではないようです。このように私と直面して、すぐに物理的ダメージを与えるなんて誰にでもできることではありません。もちろん私も無警戒でしたが、通常であれば私の姿すら視認できないはずなのです」

「え? そうなの?」

「そうです。つまりこの拡張した室内同様、あの方には普通の人間には見えるはずがない物が見えて、尚且つ直接接触できる能力があるということですね」

「オレはどうなんだ? 最初から見えているぞ」

「貴方はこちらから見せているのです。そうしないと何も話が進みませんでしょ?」

「あ、そうか……まあ、そりゃそうだ」

「しかし、わかりません。いかなる力があって見えるのか。そして私にも触れられることができるのか。とにかく今はいらっしゃらないようなので、お帰りを待ちます。もう一度お会いしてから詳しく調べてみましょう。よろしいですか?」

 そう言うとハガイは改めて座りなおした。

「ああ、構わないぜ。ところでハガイ、オレは彼女達がこのまま狭い……まあ、広くなったがそれでも屋内に閉じ込めておくのは可哀想だと思う。だから、普通の服を着せたら外に連れ出しても別にいいだろ?」

 ハガイが気絶している間、ヤツのために部屋を貸してやったような形になったこととか5界の娘たちの話を聞いているうちになんとなくオレとハガイの立場はイーブンになった感がある。もちろんオレが一方的にそういう気分になっただけだが、言葉遣いに畏怖というか丁寧さはまったく出さなくなってしまった。そもそも虫になるのが最初は恐かったが、エキドナやアテナの世界の住人の方がよっぽど恐い。そう考えるといちいち恐れていたら身が持たない。


「わ~い、服、服~!! お洋服~」

 シルクが踊りだした。未開の地の原住民が粗末な打楽器のリズムに乗り、神に『いけにえ』を捧げるときのようなヘンテコなステップだった。どこで覚えたんだ?


「オホン……部田さんの質問ですが、それはもちろん構いません。ただし、先ほど申しましたとおり、彼女達を人間として周知していただくこと。それと屋外は結界が利きませんから、異世界人のコンタクトの危険性があるということを決してお忘れにならないよう願います。ですが万一の危険に遭遇しても、彼女達の実体は本来生きている世界のルールに基づいた結果になります」

「人間とは違うのか?」

「今回のように天界の施策によって、意図的に人間界に異世界人が送られている場合は、その肉の装束の損傷はありえます。つまり怪我はするということになります。一方で最悪のケース、要するに『死亡』はまずありえないと言ってよろしいでしょう」

 ハガイはまた非常に重要な情報をいくつかまとめてサラッと言い放ちやがった。こういうのが困る。留意しなくちゃいけないことがたくさんあった気がする。


「ちょっと待て。いろいろ聞くぞ?」

「どうぞ」


 なんでそんな涼しい顔をしていやがるのか。『昨日は説明が足りませんでした』と謝ったっていいくらいの優先伝達事項じゃないのか。

「彼女達のこの世界での……なんというか肉体的曖昧性とでもいうべきか、そういうのは本人たちも理解しているんだよな?」

「もちろんです。事前講習で終えています」

「そうか、ならば知らなかったのはオレと麗だけだな。それと異世界人とのコンタクトってなんだ?」

「昨日も申し上げましたが、彼女達の本来住む世界の王と本人と天界とは約束事ができています。しかし残念ながら、全ての各界住人が認知しているわけではありません。彼女達は王女ですからね、シンパが奪還しに来ることも考えられますし、他の世界の強硬派がプリンセスを拉致して、勢力図を変えるきっかけにせんと画策することも無いとは言えません。いわば『内』と『外』の両方から警戒しなくてはならないのです」

「な、なんだってえ~!!」

「昨日、ひとこと申し上げたと記憶していますが?」

 思い返せば確かにそのようなことをチラッと言っていた気もするが、こっちが詳しく尋ねようとしたら、アイツ聞こえないフリして流していたはずだ。ハガイめ、いつもどおり面倒だから雑な説明をしたに違いない。

「言えばいいってもんじゃないだろうよ。じゃあ、あれだ! もし、そういう招かれざる客が来たら、どうやって追っ払えばいいんだよ? オレはお前みたいな瞬間移動とか空間拡張とかそんな超能力はないぞ」

 さすがにムッとしたオレは遠慮なく文句を言ってやった。するとエキドナが口を挟んできた。

「もちろん、そんときは通常の『力』を使ってやっちまってもいいんだろ?」

 エキドナのどぎつい提案で気が付いたが、この娘たちはいろいろな世界の姫君だ。存在の重要性もさることながら、人を超越した能力はかなり期待が持てるのではないだろうか……いや、待てよ、敵対する世界ならともかく、仲間と言うか身内の支持者だったら、簡単には手を出せないのではないか。

「エキドナ、でもキミのシンパが『助けに来ました!』って言ったらどうすんだ? 攻撃すんのか?」

「ははは、そんな馬鹿は魔界にはいない。そもそもオヤジに逆らうことになる」

「なるほど、魔王に逆らうことになるわけだもんな。命が幾つあっても足りん。うん、そりゃあ、大丈夫だ」

「う~ん……」

 少なくとも魔界の連中がエキドナを取り返しに来ることは無さそうだと少し安心したところに、ハガイが冷ややかな視線をこちらに送りながら唸っていた。

「なんだよ、ハガイ」

「これはなかなか難しい問題です。仮にどこであろうと異世界における独自の力の使用は混乱と争乱の火種となりかねません。それについての理由は説明不要でしょう。ですが、相手が来てしまったら、ただ大人しくしているというわけには参りませんからね、具体的な対策が必要です」

「だから、それをさっき言ったんだよ」

 ナニを今さら言っているのだ、この男は。面倒臭がって、今までこの問題を真剣に考えてこなかったからこんなアホなことを言うのだ。ハガイもハガイだが、そもそも天界の失態ではないのか? 


「わかりました。エキドナさんの言うとおり、その時はやっちゃってください」


「お! 珍しいな、気前がいいじゃねえか!」

 エキドナが予想外のハガイの反応に喜んだ。

「ただし、基本原則として有事の際はまず私を呼んでください。こちらで対応します。まぁ、しかし実際そういう違反行為を天界人がすぐ現れる状況下でやるとも思えませんからね、結局皆さんで対応せざるを得ないだろうということで許可します」

「専守防衛ならOKというわけだな」

「そうです。まさに部田さんの仰るとおり」

「チッ、めんどくせえ。やられる前にやっちまわないと意味ねえだろ!」

「先制攻撃は認めません」

 エキドナとハガイのやりとりで大体わかるが、少なくともオレと5界の娘たちに関しては日本の自衛隊の基本概念と同じに考えればいいと得心した。もちろんお国同様、そのような『防衛力の行使』を振るうことがないよう祈るばかりではあるが。

「となると、あとは彼女達の正体がバレないように注意すればいいだけだな」

「そういうことです」

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