第五話 5界と麗

ピンポ~ン



『待ち人来る』である。これからの行動計画を実行するために必要と判断したその人物をオレは半ば強引に招聘(しょうへい)したのだ。

「どうぞ、入って」

 オレはインターホンを使用せずに玄関の扉に向かってその人物に語りかけた。

「おじゃまします」

 ガチャリとドアが開き、ソイツは入ってきた。

「おう、よく来てくれた」

「一体どういうわけ? 一生の頼みだって言うから来たけど、理由も教えてくれないなんてさ。普通なら断るところよ」

「まあ、そう言うなって。今から事情は説明するよ。とにかく入ってくれ」

 顔を合わせるなり、親しげに話すこの人物はオレの元カノである白神(しらがみ)麗(うらら)だ。容姿端麗・頭脳明晰な女子大生である。性格はハッキリ言ってキツイ。万事において明快、豪快、爽快。『一刀両断』的生き様と言ってもいい。だが、見た目はそういう雄々しさは一切感じさせない。確かに髪はショートだし、目鼻立ちも整ってはいる。だけどどちらかというと清楚系美人だ。瞳がパッチリなところだけは少し違うかもしれないが。

 彼女は高校時代のクラスメートでその当時は付き合っていたのだが、オレが進路を明確にしないまま卒業したことに対して『自分との将来を考えていない』と腹を立てられ、以来なんとなく気まずくなり自然消滅した形だ。だが、決定的な何かがあって別れたわけでもなかったせいか友人関係としては今も続いていた。


「ちょ……この女の子達……」

 麗は部屋に入るなり絶句してしまった。無理もない。少女が5人、しかもバラバラのド派手なコスプレをしている。オレの性格や暮らしぶりもよく知っている分、状況が飲み込めないのは当然だ。

「部田、アンタまさか……」

 麗は何か犯罪のにおいを感知したらしい。

「ち、違うぞ! お前、何か変な想像してないか? 事情はこれから話すから、とにかくお前もそこに座れよ」

 怪訝(けげん)そうにじろじろと5人の顔を見ていた麗だったが、オレが手招きすると、キッチンのイスに腰を下ろした。

 オレは昨日、ハガイが来てから今朝までのことをひととおり話した。その内容を最初はまったく信じていなかった麗だが、オレが説明をしている間も突飛(とっぴ)な格好をしている5人の女の子達が、ずっと自然に、そしてリラックスしてたたずんでいること、つまりオレに対する警戒心や恐怖心のオーラを感じなかったということで、それらが信憑性となり、最終的には協力してくれると言ってくれた。なんにしても助かった。

「私はてっきりアンタがこの娘達を拉致・監禁して、変態的なコスチュームを着させているのかと思ったわ」

 ようやく少しリラックスしたのか、麗はジョークまがいのことを言い出した。

「勘弁してくれよ」

「それで、私は何をすればいいの?」

「お前のさっきの反応が、この娘達を初めて見た世間一般の標準的反応でもあると予想できる。そこでまずは服を買いに行きたい。付き合ってくれ」

「なるほどね……よし、わかったわ」麗は小気味よく立ち上がると5界の美少女達に頭を下げて挨拶した。

「皆さん、私『白神麗』って言います。よろしく」

「……」

「おい、みんな。もう黙っていなくていいぞ。麗にきちんと挨拶してくれ」

 オレは麗を呼ぶにあたって5人の娘達にあらかじめ大人しくしておくように言っておいた。

 なぜならこの異様な光景を目撃した衝撃から麗を落ち着かせてやる時間の確保も必要だし、何でこういう事態になったのかという説明もしなくてはならない。その最中にこの娘達が今までの調子でワイワイ騒がれたら、収拾がつかなく恐れがあったからだ。

 幸いオレの言うことに理解をしてくれた彼女達は麗が登場してからこの時までずっと言葉を発することなく、それでいて落ち着いた態度で臨んでくれた。


「私はエキドナだ」

「はじめまして……メリアと申します」

「こんにちは~、私はアテナと言いま~す」

「こ、こんにちは。はじめまして。ガイアと言います。どうぞ、よろしくお願いします!」

「こんちは~!! シルクだよ!」


 十人十色と言うが、今さらながら個性的な連中だ。だが、エキドナ以外は昨日オレと初めて対峙した時とほとんど同じ挨拶の仕方だったことが可笑しかった。

「よし! 自己紹介も済んだし、次は身体測定だ!! みんな麗の前に一列に並べ! それから麗、メジャーを渡しとく。オレは別の部屋に引っ込んでいるから、本人が居なくても全員の服が買えるように正確に測っておいてくれ」

 我ながら完璧な仕切りでビシッと言って、昨日ハガイが新たに増やした別室へ行こうと身をひるがえしたオレだったが、ある重要なことをまた思い出してしまった。それはこの部屋の秘密だ。オレ以外の人間には拡張部分は見えないとハガイは言っていた。だとすると、オレが新たにできた部屋に移動する姿が、麗にはどう見えるだろう。こつ然と姿が消えてしまったかのように映るのだろうか。

「あ、う、麗?」

「ナニ? わかったから任せて」

「い、いや、違う。あのさ、実はこの部屋には特殊な仕掛けというかなんというか色々と講じられていてさ……」

「それもわかっているわよ。広くなったことでしょ?」

「へ?」

「ここに入ったときになんでこんなに広くなったんだろうって思ったけど、全部アンタが説明してくれるのかなって。それで今はこんな異世界の人達がいる空間なんだから、いろいろと特別なことがあってもおかしくはないだろうって自己完結しちゃったのよ」

「え? じゃ、じゃあ、お前は見えるのか? この広くなった部屋の状態が」

「? ……ええ」

「そうか、わかった。とにかく頼むな」

 おかしい……ハガイはウソをついたのか? だとしたら、もう、誰もこの部屋に入れられないということになる。宅配屋の兄ちゃんもだめだ。建物全体の大きさからしてこの一室だけこれほどの部屋数があるなんて荒唐無稽な話だ。きっと大騒ぎになる。

 オレは歩きながらハガイとの通信を試みた。確か頭の中で呼べば繋がるって言っていたし。

「ハガイ、ハガイ」

「はい、なんでしょうか?」

「おお、本当に繋がった」

「もちろんです。昨日申し上げたことになんら偽りはございません」

「ならば聞くが、今日オレ以外の人間をここに入れたのだが、おま……いや、貴方が増やした部屋が見えると言っているぞ。これはどういうことだ……どういうことなんでしょうか?」

「え? もう、他の人間にあの娘達を見せてしまったんですか?」

「別に見せてはいけないと言われていないぞ……いませんよ」

「……まあ、確かにそうではありますが……それでその人間は混乱していませんか?」

「大丈夫だ。度胸もあるし、冷静で頭もいいおかげですぐに呑み込めたようだ。それにいちいち言わなくても秘密は守ってくれる人物だ」

「そうですか。わかっておられるようですが、念のため確認しておきましょう。彼女達の存在は他の人間達にはあくまでも『人』として認知していただくようご配慮ください。もし、人間界で彼女達の素性が明らかになってしまうようなことがあれば、このたびの天界の施策が破たんする恐れがあります」

「わかっているよ。だけど、オレひとりではどうにもならないこともある。さっきも言ったこの部屋の秘密が見える人間に関しては例外としてくれないか」

「なるほど……では先ほどのご質問にお答えするためにも、その人間を私も直接確認させていただきます。よろしいですか?」

「あ、ああ、もちろん構わないよ」

「では」


「部田さん!!」


「えひ!!」

 ハガイは脳内通信が終わった後、間髪いれずにオレの眼前に現れた。あまりの驚きにオレはまた、尻餅をついた。ヤツが確信犯的にそれをやったのは、疑う余地がない。何度でも言うがまったくふざけた男だ。

「では、さっそくその方を拝見いたします。こちらですね」

「あ! ちょっと待て! 今はマズイ!」

 しかし、呼び止めるのが一瞬遅かったようで、ハガイはすぐさまキッチンの方へ行ってしまった。すると案の定……いや、オレの想像以上の悲劇が起きてしまった。


「ちょっと!! アンタ誰よ!! なに堂々と女子の着替え中に入ってきてんのよ!!」


 麗の怒号が聞こえた後に『ばちーん』という乾いた音が響いた。そしてバタンという大きな物が倒れた音がした。

「あーあ、やっちまった」

 ハガイが麗に強烈な張り手を食らった映像がオレには容易に想像できた。彼女は頭にくると遠慮がない。高校時代も麗を怒らせた男子で引っぱたかれたヤツは少なくない。

「部田!! 部田!! ちょっとどういうこと!?」

 麗が血相を変えてオレの前に現れた。

「ああ、スマン、スマン。ソイツがさっき話したハガイだ。急に現れて勝手にそっちに行っちまったんだ」

「え? あの人が? 天界の?」

「そう」

「どうしよう……私、ぶっ叩いちゃった」

「そうだろうと思ったよ。今、そっちに行っても大丈夫か?」

「え、ええ」

キッチンに戻ると司祭服の男が大の字になってのびていた。

「完璧にKOされたな。天界のヤツをぶっとばしたなんてお前もやるじゃないか」

「なにのんきなことを言ってんのよ! ねえ! 私どうなんの!? 地獄行き!? それとも死刑!?」

 麗が珍しく取り乱している。まあ、仕方ないかもな。オレも昨日だったら同じようなリアクションだったかもしれない。だが、たった一日で随分と順応した。慣れというのはすごいものだ。

「まあ、落ち着け麗。そんなことになりゃあしないさ。そもそもハガイが悪いんだ」

「でも……」

 麗には悪いがオレは愉快だった。ハガイは天上人のくせにオレを驚かして楽しんでいたのは明らかだ。これぞまさしく『天罰』である。

「大丈夫、大丈夫。とりあえずそっちの作業もあるし、コイツはオレが向こうへ運んでおく。ちょっと手を貸せ。お~い、みんな! もちょっと手伝ってくれ。コイツをオレの背中に乗せてくれ」

 気を失っている人間は想像以上に重いだろう。まあハガイは人間ではないが。

「ちょっとばかりの非常事態ね。それなら……」

 アテナが一歩前へ出て、異国のような言葉と思われるフレーズを小さな声でブツブツと唱えた。するとハガイの体がふわりと浮き始め、数十センチほどの高さで停まった。それからスーッと空中を移動し始めた。その姿はまるで幽霊だ。

「どこの部屋に置いとく~?」

 アテナが涼しげな口調でオレに聞く。

「えっ!? あ、ああ……そ、そうだな……えっと……」

 オレはその衝撃映像に目を奪われてしまい、問いかけにさらっと答える精神状態ではなかった。

「じゃ、とりあえず~あの空き部屋にしとくけど、それでいいかしら~?」

「あ、ああ……それで構わない」

 アテナはオレが返答にまごついていると業を煮やしたのか自らで判断、確認だけしてさっさと行動に出た。

 あやつり人形と化した天界の男はそのままフラフラと空中浮遊しながら、空き部屋に吸い込まれるように入っていた。その後『ドスッ』という落下音と小さく『ぐぇ』という声が聞こえた。

「じゃ、再開しましょ」

 アテナはクルリときびすを返すとキッチンまで戻り、何事もなかったかのようにニコニコしながら佇んでいた。

 初めて見る異世界住人の異能の力。いや、ハガイが急に現れたり消えたりとか部屋を広くするとかは見ているわけだが、やはり念力というかパワー系的なものは迫力が違う。


「麗さん、お願~い」

「……え? あ、そうね、そうだった」

 オレと同じように茫然自失状態で固まっていた麗にアテナが声を掛けた。我に返った麗は慌ててぎこちない返答をした後、計測業務に戻っていった。


 さて、オレはこの後どうするかを考えよう。






麗 「さ、さあ、次に測る人は誰だっけ?」

アテナ 「あたしだわ」

麗 「え!? あ、そ、そう。それじゃ、ま、まず両腕を上げてくれる?」

アテナ「麗さん、恐がらなくても良くってよ。貴方から見たら恐いことだったかも知れないけど、人間界では基本、『力』は使用禁止だし、それに決して人間相手に使ったりもしないわ」

麗「そう……なんだ」

アテナ「ええ。さっきは……まあ、あの人(ハガイ)だし、子豚ちゃんのプランが壊れちゃ可哀想じゃない? だからよ」

麗「子豚ちゃん?」

アテナ「あら、ごめんなさい。部田さんのこと」

麗「あっ、そうなんだ。アイツやっぱり『ぶた』って言われているのね。実は、昔も時々そう呼ばれていたことがあったみたい。それでよく『腹立つ』って言ってたわ……あ、次は後ろ向きになってくれる?」

アテナ「麗さん、昔貴方と子豚ちゃん、付き合っていたんでしょ?」

麗「ええ……えっ!? そんなことまで聞いているの?」

アテナ「彼は貴方をここに呼ぶにあたって、私達が不安にならないようにと気遣ったのね、とても丁寧に貴方のことを説明してくれたわ」

麗「だからってアイツ、そんなことまで言わなくても……」

アテナ「いいえ、違うわ。付き合っていたからこそわかる。信用できるって。……そういうことよ」

麗「……そう……なのかな」

アテナ「貴方だって彼のこと、信用しているんでしょ? だから無条件で駆けつけた……」

麗「……」

アテナ「なんで別れたのかしら~?」

麗「そ、それは……」

アテナ「どうせたいしたことじゃないんでしょ~?」

麗「そ、そんなことない! アイツ、私との将来について全然、考えてなかったもん!」

アテナ「はあ!? ……はぁ~……ため息出ちゃうわ~。だってまだ貴方達高校生だったんでしょう? 何を焦っていたのよ? そんなこと言ってたら、ヨリを戻すことなんかできないわよ」

麗「そ、そ、そんなこと? いえ、考えていない!!」

アテナ「……まあ、いいわ。それに計測も終わったでしょう?」

麗「え、ええ」

アテナ「じゃ、選手交代!! メリアちゃ~ん」






 オレはこっそりハガイの居る部屋をのぞいてみた。アイツはまだのびていやがる。まったくだらしないヤツだ。あんなんで天界の仕事が務まるなら、オレは神様になれるんじゃないか?


「お~い、ハガイさ~ん」

「……」

「ダメだ、こりゃ」


 まあ、別に慌てることはない。そのうち目を覚ますだろうし、死ぬこともないだろう。何せ人間ではない。万に一つこのまま何時間も起きない場合は、異世界5人娘の誰かが何かしらの秘技でなんとかしてもらおう。とりあえず女子達の身体測定が終わるまではこのままでもよい。


 さて、麗がなぜ見えないはずの空間が見えるのかということは確かに気になるが、この後の買い物の手はずを考える方が先だ。

 まず、出掛けるメンバーがオレと麗とすると、人間ふたりがこの部屋を空けてしまうことになる。それっていいのだろうか。

 彼女らに留守番をさせるのは非常に危険な気がする。もし、来訪者でも来ようものなら絶対に何か起こるだろう。そうすると麗だけに行ってもらうか。……いや、買い物する量を考えると一人では運べない。ならば5人娘のうちの誰かと麗にするか。

 そうなると一番まともなキャラクターで且つまともな格好に近いとなると……アテナかメリアかな……

 アテナは会話から推測するに人間としてみても大人だ。これは問題ない。メリアも口数は少ないが真面目だし、常識をわきまえていそうだ。コスプレ度もおとなしめの部類……なのかな? いささか疑問は残るが消去法でどちらかだろう。

 あとはこっちに残ってもらうとなると……

 待てよ。ハガイのやつはまだ目が覚めないかもしれない。アイツを運んだのはアテナだ。少なくともアテナには特殊な力があることはわかっているし、危機管理能力もありそうだ。よし、アテナに残ってもらおう。

「部田、終わったよ」

 オレの考えがまとまると同時に麗から声を掛けられた。

「おう、サンキュー」

「ね、ねえ……あの人……」

 麗は自分がノックアウトした男の救護室になった部屋を指差しながら、バツの悪そうな顔をした。

「ハガイか? まだ、お休み中だ。だが、心配するな。言わばアイツは生死を越えた世界に居るヤツだ。それより計測が終わったんなら、もう買出しに行けるってことだよな?」

「ええ。じゃあ、買いに行く?」

「ああ。スマンがお前とメリアで行って来てくれないか。カネはハガイがくれたから、それを持っていってくれ。領収書は『上様』で頼む」

「え? 部田は行かないの?」

「ああ、オレとお前で出掛けちまったら、ここが心配だろ? ハガイもああだし……」

「そ、そうね。わかったわ、メリアちゃんと行って来る」

「メリアは真面目で真っ当だ。心配いらない」

「うん」

 オレは麗と一緒に廊下からキッチンに移動し、メリアに声を掛けて『任務』を要請した。

それから残りの全員でふたりを玄関まで見送った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る