第四話 5界の交流

 朝食が終わってからもオレはテーブルから離れずに茶をすすりながらその場に座ったままでいた。

 彼女達がワイワイ言いながら食器を洗い、後片付けにいそしんでいる姿を後ろからボンヤリ眺めながらふと思ったことがある。

 この娘達はみんな素性も個性もバラバラなのに何か通ずるものがあるのか、不思議とチームワークができているように見える。もちろんそれはオレにとって非常に都合のいいことだ。いわば世間知らずの娘達を5人も預かるだけで大変な悪戦苦闘が予想されるのに、加えて始終ケンカが絶えないとあってはお手上げだったろう。そう思えば、今のこの状況をもっと素直に喜べばいいのかも知れない。

 でも本当にたまたまウマが合ったとは到底思えない。きっと理由があるから仲が良い、または良くなるよう努力しているに違いない。


「なあ、みんな。キミ達はここに来る前に面識があるのかい?」

 オレは疑問の解答候補の一番目に浮かんだ仮説を素直に言葉にした。

「めんしき? その言葉は知らないなぁ~」

 一番近くに居たシルクが最初に返答した。

「つまり、前から知り合いだったのかってことだよ」

「ううん、違うよ。ブタしゃんもみんなも昨日初めて会ったんだよ」

「そうか……」

「部田さん、それがどうかしましたか?」

 水着か下着姿に見紛う(みまがう)スタイルのガイアが、ニッコリ微笑みつつオレに尋ねた。

「い、いや何でもない。それよりガイア、やっぱりそのスタイルはこの世界ではちょっと問題あるから、今日はキミの服を買いに行こう」

「は、はい! どうも有難うございます」

「いやいや、そんなに恐縮しなくてもいいから。普通のことをしようとしているだけだしね」

 オレがそう言うと、またぺこりと頭を下げるガイア。その生真面目な態度にむしろこっちが恐縮してしまう。

「あら~? おかしいわねえ。ガイアちゃんの格好にそっくりな人間の女が出ている映像がこの部屋にいくつかあったんだけど~。アレはな~に?」

 オレとガイアのすがすがしいやり取りのあとにアテナが冷ややかで危険な言葉を浴びせてきた。

「な!? ……なんだと!?」

「ホラ」

 そう言うアテナの右手にはオレの大人用恥ずかしいディスクがケース付きで握られていた。

「えひ~!! い、いつの間に~!」

 ミスった。ひとり暮らしですっかり油断していたが、あの手の物は昨夜のうちに隠しておかねばならなかった。なのに、そんなことまで気が回らなかった。

 だが、『後悔先に立たず』だ。

 オレは既にパニックになり、アテナに飛び掛った。しかし相手は魔女、ひらりとかわされた。

「ええっと……ナニナニ? ……『イケナイ姉でイク僕』と『お兄ちゃんの命令だから家では裸族なの・3』と……」

 アテナはひょうひょうとした顔で、あろうことかケースに書かれているタイトルを読み始めた。

「わー!! わー!! 言うな~!! わー!!」

 テーブルの周りを逃げるアテナに追うオレ。完全にコントだ。しかし当事者のオレにとっては大事件だ。

 異世界の女達に囲まれた集団生活の第一歩で、指導・監視役のオレがこんなことで最初から信用が失墜することになればこの家の秩序の崩壊に繋がりかねない。

 オレはアダルトディスクを取り返そうと走り続けた。その面持ちは恐らく鬼気迫るような必死の形相だったに違いない。エロが発覚して恥ずかしいだけではないのだ。この家の未来が掛かっているんだ。


「なになに~? 楽しそう~。私も遊ぶ~」


 シルクは事態をわかっていない。オレの後ろを一緒に走りはじめた。

「おい! ドタバタうるせえぞ!」エキドナはどうでもいいといった態度だ。

「あ、本当ですね! その女の人、今の私の格好にそっくりです!! 人間界の衣類の参考になりますか!?」

 ガイアもオレの非常事態を理解していない。

「……」

 唯一、顔を真っ赤にして俯いている者がいた。そう、メリアだ。一番人間界の常識に近い感覚と礼節とをあわせ持っているように見えていたし、頼りになってくれそうな気がしていたのに……残念ながらこの一件でオレはメリアには軽蔑されるだろう。無念。

「か、返せえ~!」

「はい!」

 アテナは急に立ち止まり、オレの『お宝』をぽーんと放り投げた。

「うわ! わへら!」

 へっぴり腰でそれをキャッチしたオレの姿はさぞかし滑稽に見えたであろう。だが、そんなことを気にする余裕はない。

 ようやく手元に戻ったそのハレンチなブツをオレはシャツの下にしまい込んだ。

「あれ~? もう追いかけっこ終わり~?」シルクが残念そうにつぶやいた。

「そ、そうだ。ハアハア……も、もうおしまいだ。ハアハア……ま、また今度な。そ、それより今日の……よ、予定を決めよう!」

 オレは大急ぎで平静を装った。しかし息が荒い上に顔中に玉のような汗が吹き出ていたため、むしろ異様に不自然だったに違いない。十分過ぎるほど自覚はあった。


「オ、オホン……今日はまず買出しに行こうと思う」

 オレは直立不動で演説のように宣言した。皆もオレの雰囲気に何かを察知した(?)ようで、全員着席した。

「え!? 外に出てもいいのか? そりゃあいい! さっそく行こうぜ!」

 高揚するエキドナをオレは制した。

「待て待て、最後まで聞け。さっきも言ったけど、みんなの服は世間とギャップがありすぎるというか、浮き世離れしているんだよ。そんな格好で外に出たら、何かと目立ち過ぎる。そうなると何かと厄介なことになるだろ? だからまずオレがこの世界に合うものを買ってこようと思う。しか~し! ここで問題がひとつある。オレはあいにく女の服、ましてやインナーなどにはまったく詳しくないし、無理やり買おうとしても変態に見られる可能性がある。だから助っ人を呼ぼうと思い立った!」

 そこまで言い終えたときに誰かの小さなつぶやきがオレの耳に届いた。


「変態」


「ん? だ、誰だ!?」

「だってもう既に変態じゃな~い? 人間の正常な性的欲求に基づく行動では、あの映像を鑑賞しようとは思わないはずだわよね~。だから子豚ちゃんは下着云々以前に変態」

「もう、その件はいいだろ!! 今は買い物の話だ!!」

 アテナめ。

「変態♪ 変態♪ ブタしゃん、変態♪」

「シルク!! 歌うな!! それとオレはブタじゃない!! とりただ!! 何度言わせるんだ!!」

「う……うわあああ~ん!!」

 オレの怒鳴り声に驚いたシルクはその場で泣き出した。

「おい! ブタ野郎!! てめぇ、ドスケベを突っ込まれたからってシルクに八つ当たりしてんじゃねえよ! このエロブタ!」 

 エキドナは握りこぶしでテーブルを乱暴に叩きながら、激しく抗議してきた。オレはハッとした。彼女の言うことはもっともだ。

 とにもかくにも謝らねばと思い、シルクの方を見ると、既にメリアとアテナが寄り添い『よしよし』と言いながら優しく彼女の頭をなでていた。

「シ、シルク、ご、ごめん……オレが悪かった。もう、怒らないから、許してくれ。みんなもすまなかった。大人げないことをしてしまった。心から反省するよ」

 オレは深々と頭を下げた。すると半ベソのシルクが「本当?」と聞いてきたので、「本当だ」と答えるとニッコリ笑ってオレに抱きついてきた。

「お、おいおい」

「ふん、シルクに感謝すんだな。魔界じゃありえねえ。お前は確実に死刑だ」

 そう言い放ったエキドナの元に、またシルクがしがみ付いた。

「なかよし♪ なかよし♪ みんなは一緒♪」

「……チッ。しゃあねえなあ。よしよし、わかった、わかった。ブタとも仲良くやるよ」

 エキドナもやさしく抱きとめた。

 まだ、涙が乾かない顔で満面の笑みを浮かべながら歌うシルクの姿に、オレはなんだか自分が非常に恥ずかしい気持ちになった。もう、スケベだろうが変態だろうがいいじゃないか。オレはこの娘達をとにかく守り抜こう。

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