第12話

 ゼルダス家、倉庫──


 「さぁ、来るがいい悪魔よ。

 ここに我が勝利よ。我が栄光を。今こそここに」


 男の言葉が高らかに告げられる。

 前には魔法陣。

 炎で構築されている。

 ゼルダス家はアルブラード家と比べられていた。

 同じ名家の家系でありながら、優遇されるのはいつもアルブラードの連中。

 ならば我が魔術にて行える禁忌の魔法。

 悪魔召喚。

 悪魔を召喚するこの魔術は、国を滅ぼすほどの存在を呼び出す可能性があるため、禁忌のものであった。

 だがこの男は行使する。

 そうして国に貢献し、アルブラードよりも高い地位を約束させる。

 もしくは、この国ごと乗っ取るのも良かろう。

 少なくともこの魔法にはそれほどの価値がある。

 そのために自分以外の人間。使用人から娘、妻に至るまでの魂を捧げたのだ。

 それに見合う者が呼び出されよう。

 この神秘を。

 我が大望を果たすため、普通の魔術師では成しえない存在を此処に呼び出す。

 

 「さぁ来い。我が願いと共に」


 響き渡る声。

 この魔術儀式が今、完成しようとしていた。

 魔法陣に広がる炎が今天に舞い上がった。

 普通の炎ではない青い炎。

 嗚呼、見るがいい。

 この悪魔が魔界から降臨し、魂を喰らって受肉する様を。

 此処に悪魔召喚は成った。

 今まさに神秘がここに舞い降りたのだ。

 そこに来たのは女。


 それは──

 暗がりに似合う露出の多い黒衣。

 山羊のような角。

 褐色の肌。


 ──そして若く、十代後半くらいの瑞々しい体をしていた。


                  ♰


 古代の悪魔、色欲のベル──

 

 古代の悪魔の中でも、情に厚い存在だ。

 だが不遇の存在である。

 

 殺しの方法は人間と肉体的な結合を得て、魂を抜き取る。

 人間は死んだことにすら気づかない。

 そして、愛を育んだ者は死んでしまうのだ。 

 

 この悪魔に出会った瞬間に人間はその性欲を抑えきれなくなる。

 そのため、最も恐ろしい悪魔と言えよう。


                  ♰


 素晴らしい──


 史上最高であろう悪魔召喚を此処に成しえた。

 これはまさに偉業であり、アルブラードの連中も驚きで口が開くに違いない。

 喝采を浴びる栄光であることは間違いない。

 

 「はは」


 笑う


 「はははははははは」


 男はひたすら笑った。

 この倉庫の隅から隅まで音が響き渡った。

 一人きりの喝采を召喚した者をそっちのけで続けた。

 かなり長いこと。

 ずっと。

 我が家系が成しえた神秘に胸が躍る。

 全ての願いを果たしたようにでさえ感じた。

 これが喜び。

 幼少の頃より味わえなかった感情。

 素晴らしい。

 なんと素晴らしいのだろうか。

 

 アイズ・ゼルダスは魔術一家の家系の当主であった。

 虚弱体質で、痩せ型の男。

 いつも青い顔をした人間であった。

 そのせいか、幼少より感情に乏しい男であり、女にも逃げられる人間だ。

 婚姻を結んだ妻とは、両家との仲を深めるためのものであり、そこに愛は無かった。

 そんな不幸とも呼べるこの男の今の表情はどうであろうか。

 名門の家系に生まれ、先代より全ての魔術を受け継いだ。

 だが男は満足などしていなかった。

 それはただ自分しか継げる者がいなかっただけであり、選んだものでは無いからだ。

 自分も祖父、父と同じように何も成せず死んでいくのか?

 そう思って生きてきた。

 だが今は違う。

 この神秘を我が手で成しえたのだ。

 我が家系が成さなかったことを己で。己の手で。

 これまでを支えてきたのは野心であった。

 己が上へ上り詰めるための野心。

 それだけであった。

 ならばこのアイズ。

 この召喚に妻、子供までも差し出そう。

 

 「はは、この俺が。この私がついに……ついにやったのだ!

 伝説を、神秘を此処に呼び出した!素晴らしい!素晴らしいぞ!!」


 ここにアイズ・ゼルダスありとこの国に号令を上げられる。

 それだけで己は満足であった。

 

 「俺はついに!よしやるぞ!」


 決意を高らかに宣言する。

 

 「アルブラードの連中を屠り、この国を、全世界を我がもとに。こいつと歩んでみせる!」


 この倉庫には召喚者と悪魔しか居なかった。

 そしてアイズは漸く認識する。

 先程呼び出した存在を。

 自らの力を示すために動く悪魔を──

 

 ──それは艶やかな年若い女の悪魔だった。


 そう頭で認識する。

 この者は自分でさえも殺す危険がある悪魔だ。

 神秘的で、伝説で、命を刈り取る存在。

 そうたとえ女でも。

 女でも?

 

 「おんな……」


 気づけばそう呟いていた。

 胸が高鳴る。

 下半身が疼く。

 体が熱くなっていく。

 まったく身に覚えのない感情であった。

 アイズは興味を抱いた。

 そう欲情だ。

 美しい体。

 その曲線美はこの世界の美そのもので、ところどころ褐色の肌が見える格好。

 これが欲情せずにいられようか。

 年は十代後半。この世界では十分大人だ。

 それに悪魔であるため何百年も生きているだろう。

 男は見惚れる。

 瑞々しく、しなやかな女性の体に。

 褐色でも綺麗と言わざるを得ないきめ細やかさ。

 鍛え抜かれているのか引き締まった体。だがそれすら凌駕する女らしさ。

 こんな美しい存在は見たことがない。

 聖女ですら追いつけぬ美体であろう。

 そして極めつけは体にぴったりと張り付く黒衣であった。

 肌がところどころ見えているのにも関わらず、隠すところは隠すこの黒衣。それがこの男を興奮へと誘っていた。

 

 「お前は……私の悪魔……」


 この男に悪魔の字は消えていた。

 目に映るのはこの美しい体のみ。

 

 「俺の供物を喰らった存在だな……」


 「はい」


 優しさを感じる綺麗な声。

 今まで自分に浴びさせられなかった声。

 女の声。


 「俺を主人と認めよ。早く……」


 悪魔にそう呼びかける。

 悪魔に縛りを作ればこちらの意のままの道具となる。

 ならば認めさせるほかあるまい。

 

 「はい。我が主」


 その言葉にアイズは心から歓喜する。

 それは召喚に成功した時以上だった。

 

 「本当に仕えても……よろしいのですね」


 「おお、もちろんだ。ここに寄るが良い」


 そう言って近くに寄らせる。

 そして女の黒衣に手を掛けた。

 ただ求めるがままに女に寄り、行動している。

 黒衣をゆっくり、じっくりと脱がしていく。

 褐色の肌の全身が露になる。

 その恥部まではっきりと見える。

 下から舐めるように見つめて自分のモノが大きくなるのを感じた。

 男は自分の服を脱ぐ。

 ここは倉庫であるのにも関わらず、女を抱いた。

 女も抵抗はせず、ゆっくり近づき男の頭部をきつく抱きしめた。

 ああ、この女が欲しい。

 一緒に我が大望を果たす者だ。絆を深め合うのも良かろう。

 顔が近づき──


 ──唇と唇が重なる。


 ああ、なんという柔らかい唇。

 舌と舌が口内で絡まる。

 そして男は女の体に侵入した。

 暖かく、きつい感覚。

 気持ちのいい感覚だった。


 「あ……」


 女の吐息が漏れる。

 色っぽい声だった。興奮は収まることをことを知らない。

 

 「あぁ!」

 

 女の喘ぎ声。

 ああ、こんなにも綺麗な声があっただろうか。

 こんな声を聞いて欲情しない人間の方がおかしいだろう。

 

 「あん、……あぁ!」


 女は喘ぐ。ひたすら喘ぐ。

 その声一つ一つを聞くたびに何もかもどうでもよくなる。

 唇を合わせるたびに意識と思考が歪む。

 野望。

 大望。

 アルブラード家。

 全てがどうでもいい。

 これ以上彼は考えなかった。

 彼女の肉体の中が自分を溶かしていった。

 全てを。

 何もかも。

 甘く、トロリとした快楽がたっぷりと自分に染み込んでいく。

 

 ──そして、アイズ・ゼルダスは眠りについた。


 「……あなたの魂、いただきました」


 女は言葉を漏らす。

 その死体を抱えながら。

 寂しそうに。

 裸のまま、月夜を眺めて──

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Demon lord~少年との約束 白糸総長 @siroito46110

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