第19話 第五章 衝突 (4)
「ギヨン司令、敵右翼、中央、左翼と離れていきます」
レーダー管制官からの報告に
「第一八艦隊全艦。敵右翼左側面を突く。左舷に一〇度に緩やかに展開しながら前進しろ。敵の後退と速度を合わせつつ主砲を撃て」
ギヨンは配下の全艦艇にそう告げると右翼艦隊の右側面はボロボロだ。左側面も同様にして敵の攻撃力を削いでやるそう思いながらスコープビジョンを見ていた。
「シャイン司令、敵左翼、第一艦隊におびき出されました」
アダムスコット艦長の言葉に頷くと
「第二艦隊全艦に告ぐ。このまま突進して敵左翼側面を突く。全艦全速前進」
リギル星系軍は、ミルファク星系軍の攻撃を受けながら、J字型の隊形に持っていった。手元が第二艦隊と第三艦隊、先端が第一艦隊である。
これに敵が乗り中央に進んでくれば、第一艦隊が折りたたむように包囲する予定だったが、敵右翼の二艦隊が第三艦隊に集中した為、作戦を変更し、敵の左翼を集中的に叩くことにした。
シャインは続いて
「全艦ダブルデルタ隊形をとる」
そう言うと三角形の形をしていた艦の集団が上下に二つに分かれた。そして底辺部分がやや近づく様な体系になった。
これにより全艦艇の主砲が、敵の側面に集中砲火を浴びせることができる。シャインは二光秒まで近づくと
「全艦、主砲発射」
コムが吹き飛びそうな声で命令した。
-実際には攻撃制御システムが全てを行うのだが-
軽巡航艦以上艦艇一三六隻が、一斉に主砲を発射した。一瞬の間をおいて一三七隻の駆逐艦が一艦一二門の近距離ミサイルを一斉に発射した。
「右舷より高エネルギー波接近」
言うより早く、第一八艦隊の右舷側面に陽電子粒子の巨大な束が突き刺さった。巨大な光が発生し、スコープビジョンの輝度が少し落ちた。
「敵艦三〇隻以上。消滅」
レーダー管制官の声に艦橋が感嘆の声が起きた。シャインは映像を見ながら、眉に皺を寄せながら左わき腹が痛むのを覚えた。
続いて駆逐艦より放たれた多数のミサイルが到達した。既に側面シールドがボロボロになっている艦は、側面が直接ミサイルを受けたのであった。
標準戦闘隊形でリギル軍第一艦隊を攻撃していたミルファク軍第一八艦隊は、ヘルメース級駆逐艦一五隻、ワイナー級軽巡航艦八隻、アテナ級重巡航艦四隻、ポセイドン級巡航戦艦二隻が撃破された他、アガメムノン級戦艦、アルテミス級航宙母艦も被弾した。
ギヨンが乗艦する第一八艦隊旗艦アマルテアも衝撃を受けた。アマルテアは戦闘隊形の中央後方に居た為、直撃は免れたが残粒子が艦を直撃したのである。
「何事だ」
第一艦隊の攻撃に集中していた第一八艦隊は、右舷から迫るリギル星系軍第二艦隊が二光秒前で主砲を斉射するとは考えていなかった。
スコープビジョン右側に映る惨状にもう少しで正面の敵を崩せたのにそう考えながら、右舷に位置していた第三戦隊司令艦トリトンと第四戦隊司令艦ネレイドに
「被害状況を報告しろ」
「第七、第八、第九戦隊は、右舷の敵に対応しろ」
と矢継ぎ早に命令した。
第一八艦隊の右側面を守っていた第三、第四戦隊の内側にいた第七、第八、第九戦隊は、三角形の右側は一部がはがれるようにリギル軍第二艦隊の右舷前方に展開しつつあった。
ミルファク軍第一九艦隊司令ドンファン中将は、乗艦する旗艦ヘルメルトのスコープビジョンの左に広がる惨状に
「第一九艦隊全艦、左舷一一時方向の敵艦隊を撃つ。前方の敵艦隊の攻撃を流しつつ全艦左舷に五度、下方に五度回頭」
極端な回頭では、折角第一七艦隊と呼応して攻撃していた敵艦隊に右側面を突かれる。第一七艦隊のヘンダーソン司令に前方の敵は対応してもらい、第一八艦隊を支援する体制を取った。
それから三時間後、
「左舷後方ミサイル接近」
レーダー管制官の声にギヨン中将は
「なに、どう言う事だ。どの艦隊だ」
「司令、指示を」
艦長の声にギヨンは、
「アンチミサイル、mk271c発射」
しかし、この命令は少し遅かった。
後方八時方向から飛来した長距離ミサイルは、前方にシールドエネルギーを集中していた第一八艦隊の左舷後方にそのエネルギーを爆発させた。
「レーダー管制官、左舷の敵に気づかなかったのか」
リギルが顔を真っ赤にして怒ったと時
「ミサイル第二波来ます」
直後、第一八艦隊旗艦アマルテアが衝撃に揺れた。ギヨンは、司令長官席を飛び出しそうになったがシートにホールドされ助かった。
アマルテアを長距離ミサイルが直撃したのである。全長六〇〇メートルの巨艦を誇るアガメムノン級航宙戦艦も長距離ミサイルを受けては強烈な衝撃を受ける。
さすがに艦橋は艦の中心部上方にあり、被害は無かったが、管制官の一部がショックで怪我をしていた。ギヨンはすぐにはっとしてこの方向はと気付き、
スコープビジョンの左舷手前を見ると、左舷後方に待機させていた鉱床探査の為の部隊、強襲揚陸艦六〇隻と民間技術者が乗る補助艦艇一〇隻のほとんどがミサイルの攻撃を受けた。
現れたのは、ユニオン星系連合軍に合流すべくミールワッツ星系に到着したアンドリュー星系軍であった。
アンドリュー星系軍司令長官チェスター・アーサー中将は、リギル星系を介してミールワッツ星系のアンドリュー星系側跳躍点に到着するとリギル星系軍とミルファク星系軍が対峙していることを知った。
まだ、ペルリオン星系軍は到着していない事を知ると直接戦場には向かわず、ミールワッツ星系公転軌道のアルファ〇方向上方から第一八艦隊の八時方向に大きく艦隊を迂回させた。
しかし、戦端が開き、全速で直行しても間に合わないと知ったアーサー中将は、一光時手前から長距離ミサイルを慣性航法射出で発射したのであった。
既に第一八艦隊は進行方向が固定された折、迂回させながらの射出でも十分に目標を捕らえることが出来た。
「ずいぶんやられているが、まだ全滅ではないな。何とか間に合った」
そう言うとアーサーは、
「全艦、このまま右舷前方敵艦隊に砲火を集中」
そう言って、出発前のアンドリュー星系を思い出した。
「なんと言う事だ」
ギヨンは自分の失敗に気づくと左舷手前のスコープビジョンに映る艦隊を見た。
こうなっては、なんとしても目の前の艦隊だけでも葬ってやるそう考えると
「全艦前方の敵に集中攻撃。最大戦速。後方の敵は気にするな」
コムに怒鳴るように言った姿を第十八艦隊旗艦アマルテア艦長エラン・クレイグ大佐は、苦味虫をつぶしたような顔で見ていた。
アンドリュー星系軍アーサー中将は、
「敵艦隊の後ろに回りながらリギル軍第一艦隊と第二艦隊の間を抜け第二、第三惑星の地上設備を叩く。右舷一五度、上方一〇度に進路を取り、前方の敵を後方から攻撃しながら惑星に近づく」
そう言って目の前の敵艦隊を見つめた。
これを見ていたシャインは、アンドリュー星系軍を率いているのは誰だ。やるではないかと思いながら
「全艦、アンドリュー星系軍と呼応する。正面の敵をアンドリュー星系軍に近づけさせるな」
そうコムに怒鳴った。
リギル星系第二艦隊はミルファク星系第一八艦隊を助けに行こうとした第一九艦隊を足止めさせるべく第一九艦隊の進行方向前方に砲火を集中させた。
第一九艦隊は直進すれば、わざわざ敵第二艦隊の主砲の中に飛び込んで行くような形になる。第一九艦隊は、右舷前方から集中的に艦隊前方を叩かれ、思うように動けなくなった。
ヘンダーソンは、スコープビジョンに映す出された左前方の光景を見にしながら
ギヨン司令は失敗したか。鉱床探査隊をやられた以上、戦いを継続する事は無意味だ。引揚げるしかない。しかし、どうする。我々は正面の敵に精一杯だ。引揚げるタイミングは見つけられるかそう思いながらウッドランド大将の顔を見た。
アンドリュー星系軍は、ミルファク星系軍第一八艦隊の後ろを迂回しながら攻撃を仕掛けた。しかし、第一八艦隊の後方を守るのは防御装甲の厚い航宙戦艦群と航宙巡航戦艦群である。
更にミルファク星系軍のアガメムノン級航宙戦艦は後部に一六メートルメガ粒子砲三門、ポセイドン級航宙巡航戦艦は、同じく後部に一〇メートルメガ粒子砲三門を備えている。
アンドリュー星系群が採用したリギル星系のシャルンホルスト級航宙戦艦とテルマー級航宙巡航艦は、後部に同様の装備を持たない為、その脅威を知らず第一八艦隊の後方一〇万キロという至近を通ってしまった。
ギヨン中将は、第一八艦隊全艦の真後ろに来たアンドリュー星系群を見逃さなかった。
「全艦、後部主砲斉射」
口元にあるコムが吹っ飛ぶような怒鳴り声で命令すると攻撃制御システムは、粒子砲管制官の指示を受け、一斉に後部主砲を発射した。
「左舷前方から高エネルギー波接近」
実際には、〇.五秒も無かっただろう。レーダー管制官からの報告より前にアンドリュー星系軍の航宙艦軍は、ミルファク星系軍のメガ粒子砲を至近で浴びてしまった。
前方にいた駆逐艦、軽巡航艦は言うに及ばず、航宙巡航戦艦のシールドさえも至近からのメガ粒子砲では防ぎきれず艦本体に荷電粒子を直接浴びたのであった。
駆逐艦の艦首左前方より艦本体に衝突した荷電粒子は、シールドを薄い布のように突き破り艦の外壁を簡単に溶解し、そのまま艦の中を斜めに縦断し、艦尾右後方の外壁を内側から溶解して抜けていった。
駆逐艦はしばらく揺れていた後、突然爆発し、跡形もなくチリとガスになった。艦首の右に荷電粒子が衝突した軽巡航艦は外壁を溶かし、前方に射出準備されていたミサイルをすべて爆破させた。
敵を攻撃する為のミサイルが、自艦を破壊するエネルギーに変わったのだ。艦は、前方の三分の一が消え、時計回りに回転しながら右舷側に位置していた軽巡航艦に衝突し大破させた。
口径一六メートルのメガ粒子砲は、〇.五光速に加速された収束型荷電粒子を発射する。これを至近で受けた駆逐艦や軽巡航艦はたまらない。
アンドリュー星系軍旗艦ヒマリアの艦長ウイリアム・タフト大佐は、アンドリュー星系軍総司令官チェスター・アーサー中将に
「我艦隊の左舷前方被害甚大です」
先ほどまで圧倒的優位に立っていたと思っていたアーサーは、そんなばかなと思いながらスコープビジョンに映る惨状を見ていた。
「高エネルギー波第二射来ます」
言うが早いか、荷電粒子の束が再度、アンドリュー星系軍艦隊の左前方に布陣する艦艇群を襲った。スコープビジョンの輝度が落ちなければ目をあけて入れる状態ではない。
アンドリュー星系軍はミルファク軍第一八艦隊の後方を迂回しようとした為、完全に艦隊は左脇腹をさらしている。艦隊の左前方に布陣していた艦隊が先ほどの攻撃で穴が開いたところに更に攻撃を受けたのだ。一射目より更に艦隊深く荷電粒子の束が入り込んだ。
シャルンホルスト級航宙戦艦の艦首左が荷電粒子の束をまともに受ける。通常の距離三〇万キロからの攻撃ならば防ぎきるシールドも三分の一の距離から発射されたのでは、防げる道理が無かった。
シールドが激しい光を出して溶解したかと思うと左舷中央に着いているミサイル発射管を溶解し、艦の中央に位置し、一番安全なはずの艦橋の中に荷電粒子が突き刺さったのである。中にいた乗組員は痛みを感じる事も無く意識が消えたであろう。
そんな光景を目のあたりに見たアーサー中将は
「全艦、俯角二〇度。急げ」
怒鳴りあげるようにコムに吐き出すと右手で握ったこぶしの中で手のひらが、ぬるっとするのを感じた。
ミルファク星系軍第一九艦隊旗艦ヘルメルトでその光景を見ていたドンファン中将は、口の右を吊り上げながらギヨンめ、ただ転んでばかりはいないかそう思いながら、冷静に
「全艦、リギル星系軍中央を攻撃する。右前方に砲火を集中しろ」
と言った。
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