第16話 第五章 衝突 (1)
ミールワッツ星系のリギル星系に通じる跳躍点より信じられない数の艦艇が現れた。リギル星系軍ヤン・マーブル中将率いる第一艦隊、デリル・シャイン中将率いる第二艦隊、そしてミル・アンダーソン中将率いる第三艦隊の総艦数一七〇七隻の大艦隊である。
シャルンホルスト級航宙戦艦第二艦隊旗艦ベルムストレンに乗艦するミールワッツ星系派遣艦隊・・正式名ユニオン連合派遣艦隊・・総司令長官ユアン・ファイツアー大将は、興味深くスコープビジョンに次々と展開される星系の映像を見ていた。
既に先行するビーンズ級哨戒艦から第三惑星付近に駐留しているミルファク星系軍第一九艦隊の様子が届けられている。但し、五時間前の映像である。第一九艦隊は第二、第三惑星衛星軌道上に展開しながらミールワッツ恒星を中心とする第四象限全てに対して偵察艦を出している。
「やはり、まだ居ましたね。向こうも既にこちらを見つけているでしょう。艦数は我方の三分の一程度です。どう動きますかね」
見つかったとしても第一九艦隊の駐留域まで二日間の行程がある。すぐに何が始まるわけでもないと知っている第二艦隊副参謀ライアン中佐はのんきな声で言った。
「とりあえず様子見だ。下手に戦線を開かないよう命令されている。それにここに来るのはあの艦隊だけではないだろう」
そう言うとシャインも、まだ何も始まっていないという風に構えていた。
シャインはアダムスコット艦長にペルリオン星系に通じる跳躍点にペルリオン星系軍の反応が無いか聞いた。アダムスコット艦長は、レーダー管制官に問い合わせると
「シャイン司令、ペルリオン星系に通じる跳躍点付近に艦隊の反応はありません」
シャインは報告に頷くとまだ到着していないかそう思いながら二ヶ月半前のペルリオン星系外縁部での合同演習のときの事を思い出した。
ペルリオン星系軍と言っても、艦隊としての行動より輸送艦を護衛する為に数隻から数十隻単位で行動をしている。数百隻単位での共同演習は目を覆うものが多かった。艦隊を統率していた、シュティール・アイゼル中将は温厚で積極的な行動を好まない性格だ。今回の派遣も思うところではないだろう。
しかし、ペルリオン星系跳躍点はミールワッツ星系の第三象限にある。ミルファク星系軍が現れた跳躍点から二光時しか離れていない。まずい事にならなければ良いがと思いつつスコープビジョンに映し出される自星系の艦隊とミルファク星系軍の映像を見ていた。
「アダムスコット艦長、ミルファク星系軍に動きがあります」
レーダー管制官の言葉にアダムスコットは
「映像を拡大しろ」
と指示した。
スコープビジョンのレーダー管制官の前にある四象限レーダーパネルの第三象限部分が、スコープビジョンの中央に拡大して映し出された。
ミールワッツ星系を中心として各象限に展開していた艦艇が、第二、第三惑星に展開中の艦隊に集まっていく。既に五時間前の映像だ。
「グラドウ主席参謀。どう思う」
とシャインは言うと
「ミルファク星系軍は我々との交戦を避けるつもりと思われます。我々は敵の三倍の艦数です。更に彼らは鉱床探査用の連絡艇や技術者を同行しています。第二、第三惑星から撤退するのではないでしょうか」
グラドウ主席参謀の考えにライアン副参謀は、
「しかし、このまま素直にこの星系から出て行くとはとても思えません。先の戦闘のことを考えても彼らは、この星系に留まると思います。あれは戦闘行為に持っていく為の動きではないでしょうか」
ライアンの意見にグラドウは、
「副参謀はそう言うが、自艦隊の三倍の敵を相手に正面から戦闘を行うだろうか。何か別の考えがあるのではないか。増援艦隊が来るのではないか」
それを聞いたシャインは、
「いずれにしろ、無理して戦端を開こうとは思っていないようだ。こちらも様子を見よう。このまま第二、第三惑星を奪取できれば作戦は成功したといえる」
そう言いながらスコープビジョンに映る敵艦隊の動きを見ていた。
ミルファク星系軍ミールワッツ星系鉱床探査派遣艦隊第一九艦隊司令キム・ドンファン中将は、哨戒艦からの報告でリギル星系軍より早い段階でリギル星系軍の到着を知っていた。
“お客様が来たようだ。ここは一時退却して増援艦隊を待つか”
そう考えるとヘッドセットのコムを口元に動かし、
「全艦に告ぐ。こちら第一九艦隊司令官ドンファン中将だ。第一、第二、第三、第四全グループに告ぐ。一時撤退する。第二、第三惑星に集合次第、旗艦ヘルメルトを中心とした標準戦闘隊形を取れ。四光時、惑星よりを離れる」
そう言うと艦長のバーレン・クレメント大佐に
「クレメント艦長、全艦艇が集合次第、この惑星から四光時、ADSM82跳躍点方向に離れる。味方の増援艦隊が到着してから動く」
「分かりました」
クレメント大佐は、そう言って目を少し笑わせた。
ADSM82はミルファク星系からミールワッツ星系に来る時の星系の番号だ。西銀河連邦には正式に届いていない為、星系名はついていない。
一二時間後、集合を済ませた第一九艦隊は、標準戦闘隊形であるデルタ隊形を取るとADSM82跳躍点方面へ移動した。リギル星系軍とはまだ四光時の差がある。磁気探査艇とメガトロンは回収したが、第二、第三惑星上には、まだ調査用の簡易施設は残したままだ。
レーダー管制官が
「アダムスコット艦長、ミルファク星系軍、第二、第三惑星より撤退します。映像拡大します」
シャインはスコープビジョンに映るミルファク星系軍の動きに眉間に皺を寄せ、動きが早い。それに完全な戦闘隊形を取っているそう考えると
「レーダー管制官、第二、第三惑星上に残っている施設はあるか」
「シャイン司令、惑星上に施設はあります。詳細は距離があり、分かりませんが、鉱床探査用の簡易施設と思われます」
シャインは、レーダー管制官からの報告に頷くとミルファク星系軍は、やる気らしいな。そうでなければ施設は撤収するか、爆破するはずだ。そう思いながらこれからの行動を考えた。
二日後、リギル星系軍は第二、第三惑星に到着した。今回のミールワッツ派遣艦隊の総司令官ファイツアー大将は、第一艦隊マーブル中将、第二艦隊シャイン中将、第三艦隊アンダーソン中将に第二、第三惑星を背にミルファク星系軍に対して迎撃態勢を取るよう伝えた。
リギル星系軍は、左翼に第三艦隊、中央に第二艦隊、右翼に第一艦隊を配置し、左翼と右翼が少し前に出た隊形としている。各艦隊は標準戦闘隊形で布陣させていた。
ここに至ってもまだペルリオン星系軍は到着していない。シャインは、次第に不安を募らせていった。
ミルファク星系軍は、四光時前方に一個艦隊が布陣している。ペルリオン跳躍点から三光時の位置だ。あれでは、もしペルリオン星系軍が現れた場合、我艦隊と挟み撃ちになる。何を考えている。このまま戦闘に持ち込まず、星系交渉部がミルファク星系との交渉に入れば、戦端を開かなくて済む。しかし首都星ムリファンへの連絡は、今行ったばかりだ。 高位次元連絡網を利用しても二週間はかかる。どうする気だそう思いながら、相手の動きを待った。こちらが動く必要はない。
ADSM82跳躍点が揺らぐと艦艇が現れ始めた。最初にホタル級哨戒艦が、その後にヘルメース級航宙駆逐艦、続いてワイナー級航宙軽巡航艦、次々と跳躍点から現れ始めた。
そして、最後の集団にアガメムノン級航宙戦艦が現れた。総艦数七一二隻。先行していたチャン・ギヨン中将率いるミルファク星系軍ミールワッツ鉱床探査派遣第一八艦隊である。
ギヨンの見つめるスコープビジョンの前では次々と星系の状況が現れていた。
「ふむっ、予定通り第一九艦隊は第三惑星より四光時手前に布陣しているな。予定通りだ。レーダー管制官、ペルリオン星系側跳躍点に反応ないか」
ギヨンの指示に
「反応ありません」
と応答した。
ギヨンは腹の中で“先に現れてくれれば、第一七艦隊などに相手させずに叩き潰してやるものを”と考えながら
「クレイグ艦長、第一九艦隊司令官ドンファン中将に連絡。第一八艦隊は、予定通り貴艦隊の左翼に布陣する」
と言った。第一九艦隊までは三光時ある。
ドンファンは、哨戒艦からの報告で第一八艦隊の到着は知っていたが、連絡が来るのは三時間後だ。ギヨン中将からの連絡を受け取ると、
“着いたかリギル星系軍が予定通りの行動をとっていてくれてよかった。増援艦隊が来ないうちにリギル星系軍に攻撃されたら引くしかないからな”そう思いながら、ユイ主席参謀に
「しかし、リギル星系軍は動かないな。何か待っているのか。来るとすればアンドリュー星系軍とペルリオン星系軍だろうが、当てにしている訳ではないだろうに」
と言った。ユイは右後ろを振向き、
「今の状況では判断できません。攻撃を仕掛けるなら、現在の数でも十分です」
そう言うとスコープビジョンに映るリギル星系軍を見つめた。
更に六時間後、ADSM82跳躍点が再び揺らぎ、艦艇が現れた。ヘンダーソン中将率いるミルファク星系軍ミールワッツ派遣第一七艦隊である。
「まだ、戦闘は始まっていないようだな」
ヘンダーソンは独り言の様に言うと
「ハウゼー艦長、第一八艦隊ギヨン中将及び第一九艦隊ドンファン中将に第一七艦隊は、作戦通りペルリオン星系跳躍点方面を警戒しつつ、右翼に布陣すると伝えてくれ」
と言った。
旗艦アルテミッツの高性能レーダーは七光時範囲の走査を可能にしている。第一八艦隊、第一九艦隊の位置と第二、第三惑星付近に布陣するリギル星系軍の姿をスコープビジョンに捉えていた。第一八艦隊が布陣する位置まで三光時、リギル星系軍まで七光時の位置だ。
続いてヘンダーソンは、
「ハウゼー艦長、味方艦隊までの航宙中に右舷後方からペルリオン星系軍が現れる可能性がある。第一級戦闘隊形で航宙する」
そう言うと自分のヘッドギアのコムを口元にして
「全艦に告ぐ。こちらヘンダーソン中将だ。右舷後背の敵に備える為、一五分後に戦闘隊形フォンバスを取る」
ヘンダーソンが全艦に伝えた。艦隊は五光秒近い広がりがある為、指示が全艦に伝わる余裕時間を見る必要があった。
一五分後、前方にいた哨戒艦と駆逐艦の半分が左右に広がり、艦速を落としている。続いて軽巡航艦、駆逐艦も広がり始めた。最後部にいた補給艦が、航宙母艦に続いて艦隊の中心に来ると、それを包む様に航宙戦艦、航宙巡航戦艦、重巡航艦、軽巡航艦、駆逐艦が続き、艦隊の前後左右の始点を中心として哨戒艦が展開した。この隊形であれば、敵が現れた時、前後左右からの攻撃にすぐに隊形を変更することが可能だ。
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