第13話 第四章 出動 (2)


「ハウゼー艦長、ADSM24への跳躍点まで後三時間です」

ADSM24は、ミルファク星系からミールワッツ星系に行く為に航路局が調査した星系である。資源探査は終わっており、現在開発の為、入植中である。

本来、新しい星系を発見し、自星系のものとする為には、西銀河連邦に星系の位置、恒星の大きさ、惑星数、自星系から発見した星系までの航路等を申請しなければならない。

西銀河連邦は申請内容を確認の上、星系登録番号として星系番号、ADSWGCを付ける。これに後から発見した星系が独自の名前を付けるのである。


第一七艦隊がこれから跳躍するADSM24は、西銀河連邦に秘匿した航路とする為に独自の星系番号ADSMを付けているのである。

航路担当からの報告にハウゼーは、後ろ上方を振り向き、

「ヘンダーソン司令、ADSM24への跳躍点まで後三時間です」

本来、ウッドランド大将が総指揮を取る立場にあるが、ウッドランド大将の役目は、第一七艦隊、第一八艦隊、第一九艦内の総司令であり、一個艦隊である第一七艦隊の司令ではない。


第一七艦隊司令であるヘンダーソン中将が指揮を取る。ヘンダーソンは、ハウゼー艦長からの報告を聞くと、コムを口元に下げ、

「第一七艦隊全艦に次ぐ、後三時間でADSM24星系の跳躍点に着く。標準戦闘隊形を取れ」

この命令を受けるとスコープビジョンに映る、大きく十字に広がっていたホタル級哨戒艦、ヘルメース級航宙駆逐艦が減速を始めた。艦の前方に着いている制御スラスタを吹かしながら、本体から見て上方に有った艦は、下方に、下方にあった艦は上方に、左右にあった艦はそれぞれ本隊方向に動いた。


本隊先頭にいたワイナー級軽巡航艦が一度、上下左右に開き減速しつつ、迫ってきた哨戒艦と駆逐艦の後ろに付いた。

更にその後ろにアテナ級重航宙巡航艦が付くと、その後ろにアルテミス級航宙母艦とタイタン級高速補給艦そしてそれを取り巻くようにアガメムノン級航宙戦艦、ポセイドン級航宙巡航艦が位置に付いた。

旗艦アルテミッツは、航宙母艦ラインの直ぐ右に位置した。


それを見ていたヘンダーソンは、

「全艦、艦速〇.一光速」

そう告げた。先頭の艦が、徐々に速度を上げるとそれに追随するように後方の艦も速度を上げていった。全体が大きな筒状になっている。

そして三時間後、

「全艦、跳躍」

ヘンダーソン司令の命令を各艦が受けるとスコープビジョンに映る艦の姿が先頭から徐々に消えて行った。スコープビジョンは、星々の映像が消え重い灰色の映像を映し出した。まるでそこに大きな壁ができたようである。


ヘンダーソンは艦隊司令席を立って、左後ろに振り向くと一度敬礼をし、

「ウッドランド提督、星系ADSM24への跳躍に入りました。四日間の行程です」

そう言うと少し笑顔になり

「久々の航宙です。少しお疲れになったのではないですか」

と言った。

ミルファク星系首都星メンケントを出て既に三日、艦橋の艦隊総司令席代りとなっているオブザーバ席に座って外の景色しか見ていないと疲れると思ったのだろう。その言葉を聞いたウッドランドは、

「オブザーバ席は、軍用席と違って座り心地が良い。一年ぶりの外の景色はいいものだ」

そう言ってヘンダーソン中将に笑顔で返した。


ウッドランドがミルファク航宙軍士官学校を卒業した時、まだ多元スペクトラムスコープビジョンは、最新鋭の戦艦か巡航戦艦にしか備えておらず、大半の航宙艦は、外を見れる窓はあったものの、ただ暗闇の中を四象限レーダー頼りに航宙していた。それを思い出せば天国だ。ウッドランドは改めて感じていた。


跳躍中は何も見えない。そもそも位相慣性航法による航法は理論的には光のスピードを上回るスピードで星系間をつなぐ。人の目で物が捉えられる道理もない。

重重力磁場に光の一〇分の一のスピードで突入した艦は、底知れない滝に落ちる水に乗る魚と同じである。 

その滝に流れ落ちる魚が、自身の泳ぐ速さより早い様に、理論的には光速を上回るという変則宙域における空洞版スイングバイの様なものだという。

航宙軍士官学校の航路学で難しい公式や理論を習ったが、要約すればそういうことらしい。頭の中でウッドランドは思い出しながら、この航法を初めて経験したクルーは、どんな思いだったのだろうと思った。


「ウッドランド提督。艦内時間一八〇〇です。艦内食堂で食事を取って下さい」

ハウザー艦長がそう言うと

「解った」

という視線で頷きウッドランドを見ているヘンダーソンに

「ヘンダーソン、君も一緒にどうだ」

そう言って同行を促した。

ヘンダーソンもそろそろと思っていたのだろう、

「解りました」

と言うと

「ハウゼー艦長、君も一緒にどうだね」

と誘ったが、ハウゼーは

「艦のクルーの交代休憩の指示を出した後、伺います」

と言った。


ヘンダーソンは、ウッドランドの少し左後ろを位置しながら歩いた。艦橋から少し歩くと左手にいくつかのエレベータがある。

手間が居住区と食堂へ降りるエレベータ、次が艦の中央と後部に付いているハッチへのエレベータ。そして三つ目が、推進エンジンルーム、資材庫、主砲室へ行くエレベータである。その中間にある階には、タラップを利用する。

その一番手前の居住区、食堂へ通じるエレベータに乗るとヘンダーソンは行き先ボタンを押した。やがてエレベータが静かに停まるとエレベータを出て左に行く誘導路へ乗った。


右は上級士官用居住区である。居住区と言っても艦長、艦隊司令、オブザーバのそれは、艦橋と同じ三段構造の最上部にある。艦橋にすぐに行けるようにする為だ。

食堂は佐官以上の上級士官用食堂、尉官レベルの士官用食堂そして兵士用食堂の三つにわかれている。これは差別からではなく、食事中に会議室代り軍機事項や作戦事項を話す為である。食事の中身も違うが・・


ヘンダーソンはウッドランドが座るのを待って向かいの席に座った。跳躍中は何も起きる心配はないのでウッドランドは、給仕にボルドー星系のサンテミリオン惑星にある、お気に入りのワインを注文するとヘンダーソンに

「今回の派遣で一つ心配事がある。星系評議会は星系交渉部の返事を待って作戦行動に出ると言っているが、高位次元連絡網を使ってもメンケントからミールワッツ星系に届くには二週間を要する。万が一、いや多分そうなるだろうが、交渉が決裂した場合、我々には連絡がないままにリギル星系軍は行動を起こすだろう」

そこまで言うと一瞬、間をおいて

「心配しているのは、それをリギルがフェイクで行動し、我々を戦闘に誘い込むのではないか。そしてそれをペルリオン星系軍とアンドリュー星系軍に見せて、この戦闘は明らかにこちらが仕掛けたという風にされないかということだ」


そこまで話すとウッドランドは、運ばれてきたワインを口に入れ、ヘンダーソンの顔を見た。ヘンダーソンは、ウッドランドの質問に手に持った自分のワイングラスのワインを見ながら

「私に考えがあります」

と言うとワイングラスを白いクロスがかかっているテーブルに置きウッドランド大将の目を見て、

「ウッドランド閣下、フェイクにはフェイクで答えましょう」

そう言うとヘンダーソンはワインを口に運んだ。


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