第12話 第四章 出動 (1)
WGC3045/10/25 0400
ミルファク星系軍事衛星アルテミス9の三層ある宙港全てで、今回の遠征に派遣される将兵とその家族で賑わっていた。そしてエアロックの効いたドック内に入港している航宙艦が外半径一五キロに渡りその雄姿を見渡す限り見せている。
その中でアルテミス9の最上部宙港では、アガメムノン級航宙戦艦第一七艦隊旗艦アルテミッツが静かに出港を待っていた。
アルテミッツと同じアガメムノン級航宙戦艦三二隻が、全長六〇〇メートル、幅二〇〇メートル、高さ一二〇メートルの外形と前部二〇メートルのメガ粒子砲四門、後部一六メガ粒子砲三門、長距離ミサイル発射管一二門、近距離ミサイル発射管二四門、アンチミサイル発射管二四門、レーザパルス砲一〇門、大型核融合エンジン四基を持つ巨体を並べている。
アルテミッツは、航宙戦艦ドックの一番ゲートある。その前に立っているキャンベル星系評議会代表は、ウッドランド大将に
「いつも見てもすごい威圧感ですね。壮感という言葉を超えています」
そう言うと
「私もそう思います」
と言ったが、とても感激をしている気持にはならなかった。
既にヘンダーソン中将はアルテミッツの艦橋で艦長のラウル・ハウゼー大佐と出港前の打合せをしている。
そしてアルテミッツにいる一番ゲートから約七キロ離れた航宙母艦ドック五〇番ゲートでは、アルテミス級航宙母艦ラインの前にある休憩所かだんでカワイ中佐とオカダ少尉は出港前の時間を過ごしていた。
「ユーイチ。ちょっと嫌な噂を聞いたの。今回の遠征は、表向き一九艦隊の交代で一七艦隊は、その護衛で付いていくという事になっているらしいけど、本当の目的はリギル星系軍との戦闘だと聞いたわ」
「しっ。どこでそれを」
カワイ中佐は、マイの言葉に少なからず驚いた。マイは少し顔を赤くし、下を向いて黙っていたが、小さな声で話し始めた。
「この前、用事があって軍本部の主計局に行ったのだけど、その帰りにちょっとお腹が痛くなってトイレに行ったの。コンパートの中に入っていたら、外で声がして、誰かが話していたのを聞いてしまったの。今回の遠征の本当の目的はリギル星系軍との戦闘だって。ユーイチ、心配。」
カワイ中佐は、マイの言葉に静かに頷くと
「今のことはマイの胸の中に仕舞っておきなさい」
そう言うとマイの手を両手でそっと包んだ。
「そろそろ行こうか。マイ」
そう言うとカワイはポケットからクレジットカードを出し、テーブルの横にある非タッチ式のチェックパネルに軽く付けた。パネルがグレイからブルーに変わり支払いが終わったことを示す。
二人はかだんを出て自走エアカーの走路を高架で横断する道路を歩いた。少し行って高架の一番高いところに来ると、自分たちが乗艦するアルテミス級航宙母艦ラインの姿が見えている。
全長六〇〇メートル、幅一五〇メートル、高さ八〇メートル、前部両弦に一〇メートル粒子砲四門、側部両弦に自衛用パルスレーザ砲一〇門、アンチミサイル発射管一二門を備え、後部に核融合エンジン四基を搭載している。また一隻当り艦載機スパルタカスを一一二機、常用九六機、補用一六機を搭載する航宙母艦である。
航宙母艦は艦首を出口側に向けている為、二人からは、後部が見える。両脇に巨大な推進ノズルが二基ずつある。その推進ノズルの内側が少し上に窪んだ底の広い逆U形をしていてスパルカスの発着ポートが横に八個一〇メートル間隔で並んでいる。縦には六機分ずつ並んでいるが後ろからは見えない。
スパルタカスの発着ポートの口は全てエアロックされ、すっきりした艦底を見せていた。
そのラインに二人は向かって行った。
ラインのエアロックゲートの前に着くといくつもの誘導路があり、カワイ中佐とオカダ少尉は二人で見つめ合うと軽く頷き、マイは艦橋前部にある戦闘機発着管制室へ行く為に巨大な航宙母艦の一番右側の誘導路に乗った。カワイは、宙戦隊指令室のある一番左側の誘導路に乗った。
「では、行ってきます」
ミルファク航宙軍式の敬礼をキャンベル星系評議会代表にするとウッドランド大将は、アルテミッツのエアロックゲートに並ぶ誘導路の一番右側に乗った。
二〇〇メートル程行くと誘導路から降りて、推進エンジンの一番前をほんの少し行ったところからアルテミッツの上部艦橋に続く高さ二〇メートルのエスカレータに乗る。
・・推進エンジンの最上部が誘導路と同じ高さになっている・・
エスカレータを降り、アルテミッツの艦内に入ると艦内誘導路がある。これに乗りまっすぐ三〇メートル程進むと、最上部にある艦橋に通じるエレベータがある。
誘導路を降りてエレベータに乗り、艦橋のボタンを押すとスーッ上昇し、少しショックがあった後、ドアが静かに開いた。誘導路があり、右方向に少し進むと艦橋の入り口がある。ドアを開き中に入ると全容が見えた。
艦橋内部では、各担当者が自分の担当席で一生懸命パネルに映る各部データとその確認に当たっている。
ウッドランドは正面を向くと前方と左右両面に多元スペクトルスコープビジョンが見えた。呼び方が長いので通称スコープビジョンと呼んでいる。通常航宙中は、多元スペクトル分析により艦の周りの映像が半径七光時に渡って見える。
スコープビジョンに映る全ての映像は、光時とアルファ、ベータ、ガンマの位置が自艦を中心として全て表示される。
但し、光学レーダー範囲内に見える映像は位置表示されない。敵との戦闘時には前と左右が見渡せ、四次元レーダーパネルとの共用で艦隊の位置が、まさに手に取るように解るが、エアロック内にいる時は、真っ白で何も見えない。
スコープビジョンの手前一階管制官フロアには、正面がメガ粒子砲管制パネルと管制員席、右横がミサイル管制パネルと管制員席、左がパルスレーザ砲管制パネルと管制員席、一階から二階へは、二階両脇の階段で行ける。
二階管制官フロアには各象限毎のレーダー管制パネルと管制員席が並んでいる。その後ろに四象限レーダーパネルの球体がありその上に三階の艦長を含めた司令フロアがあるが、二階からは通じていない。
三階の司令フロアは、前方一段下りたところ、中央に艦長席、一段上がったところ左側に艦隊司令長官席、少し前の右に主席参謀席、副参謀席がある。司令の後ろ少し右にずれた所にオブザーバ席がある。
今回ウッドランド大将は、オブザーバ席に座る・・と言っても今回の派遣艦隊の総司令長官だが・・
ウッドランドは、軍事統括になって以来、本部勤務になり、久々に見た艦橋の各部署を見ていると、ヘンダーソン中将が、
「ウッドランド総司令官、第一七艦隊にようこそいらっしゃいました。全クルー喜んでお迎えします」
と言って航宙軍式敬礼を行った。
既に主席参謀ウォッカー大佐、副参謀ホフマン中佐、副参謀アッテンボロー中佐、艦長のハウゼー大佐が、同じように敬礼している。
ウッドランドは、答礼するとヘンダーソン中将の顔を見た。ヘンダーソンは、ウッドランド提督の意図を察して
「ウッドランド総司令官、現在第一八艦隊の出港が始まっています。第一七艦隊は後二時間で出港します」
と答えた。
第一七艦隊の宙港の反対側、つまりアルテミス9の円盤状の反対側では、第一八艦隊の出港が始まっていた。
第三層ではホタル級哨戒艦アンテを先頭に一九二隻が続く。同時にヘルメース級航宙駆逐艦ヘレネを先頭に一九二隻が続く。
同時に第三層の反対側では、ワイナー級航宙軽巡航艦ディオネを先頭に一二八隻が続いて出港した。
第二層でもアテナ級航宙重巡航艦六四隻、ポセイドン級巡航戦艦三二隻が、順次出港している。
そして第一層でも第一八艦隊司令チャン・ギヨン中将が乗艦するアガメムノン級航宙戦艦旗艦アマルテアが出港して行った。
第一八艦隊だけでも戦闘艦六八八隻、補給及び強襲揚陸艦を含む補助艦艇八四隻が出港する。
二時間後、第一七艦隊の出港が始まった。
「アルテミス9宙港管制センター。こちら第一七艦隊旗艦アルテミッツ。全艦出港準備完了」
航路担当官が緊張した声で自分のコムに向かって言うと
「こちらアルテミス9宙港第一層管制センター。全艦の出港準備完了確認。第一層一番ゲートより順次エアロック解除。エアロック解除を確認後、順次出港せよ」
同じような会話が第二層、第三層でも行われているはずだ。そう考えながら、前を見ていると航路担当官が
「エアロック解除確認。ランチャーロック解除。出港します」
艦橋に通る透き通った声で言うと、アガメムノン級航宙戦艦は、少し下がった後、ゆっくりと前進を始めた。
誘導路をゆっくりと通ると、やがてアルテミス9の外に出た。スコープビジョンが艦の前と左右を映し出すと、アルテミッツの右側から一通路おきにアガメムノン級航宙戦艦が出港し始めたのが見えた。
衝突を避けるため、奇数番ゲート、偶数番ゲートの順で出港する。前方には、既に出港したワイナー級航宙軽巡洋艦やヘルメース級航宙駆逐艦、ホタル級哨戒艦が見える。
アルテミッツは指定航路に沿って、艦隊集合場所に動く。ヘンダーソンは、艦隊司令官席の前にあるスクリーンパネルを見ながら、第一七艦隊全艦六二一隻が出港するのを待っていた。
一時間後、第一七艦隊の全艦艇がアルテミス9から離れたのを確認すると自分のヘッドセットの上にあげてあったコムを口元に下ろし
「全艦に告ぐ。私は第一七艦隊司令官ヘンダーソン中将だ。今回はミールワッツ星系派遣第一九艦隊の交代となる第一八艦隊の後方支援の為、出動する。跳躍点まで標準航宙隊形を維持。全艦〇.〇五光速にて前進」
そう言うとコムを上げた。
やがて、スコープビジョンに映るグリーンマークになっていた先頭艦艇がブルーマークになり動き出した。順次後方の艦がブルーマークになっていく。標準航宙隊形は、戦闘がない宙域において艦隊を動かす為の隊形だ。
正面から見ると十字型になり、各十字の先端部から中心部の前面にかけてレーダー機能が強力なホタル級哨戒艦、後ろにヘルメース級航宙駆逐艦を配置する。
その十字の後に二等辺三角形の形に前部にワイナー級航宙軽巡航艦、二等辺の両脇にアテナ級航宙重巡航艦、ポセイドン級航宙巡航戦艦と並び、二等辺三角形の中心にアルテミス級航宙母艦、タイタン級高速補給艦そして最後部にアガメムノン級航宙戦艦が並ぶ。艦速はタイタン級高速補給艦に合わせている。
既に第一八艦隊は、一〇光分先行している。ミールワッツ星系まで三〇日の行程である。艦隊が前進を開始すると右舷側に見えていたアルテミス9が次第と遠ざかり首都星メンケントの周りを回る軍事衛星と商業衛星が少しずつ小さくなって行く。
やがて、メンケントもミルファク恒星を一つ回る一つの惑星となり始めたころ、艦隊はミルファク恒星を右に見て右舷一二〇度、下方三〇度に進路を変更し、跳躍点方面に向かった。跳躍点まで六光時である。ウッドランドは二年ぶりに見る外宇宙に向けた空間の映像に見入っていた。
ヘンダーソンはウッドランド大将に
「少し自室でお休みになられたらいかがでしょうか。跳躍点に着くまで、何もする事はありません」
と言うとウッドランドは
「まだ休憩はいい。出航したばかりだ。それに航宙戦艦で外宇宙に出るのは久しぶりだ。少しここで景色を見ていたい」
と言った。
ウッドランドの言う通り、スコープビジョンは、外宇宙の深遠を多元スペクトラム分析によって、綺麗に映し出している。戦争など無かったら、これを観光に使えるのではと心の中でヘンダーソンは思った。
しかし、艦隊総司令がここにいては、艦橋の士官が休まらない。どこかで休んでいてほしいのだがと考えた。ウッドランドは、ヘンダーソンの気持ちを読み取ったように
「そうだな、少し艦内を見てみたい。誰か適当な人はいないか」
そういうとヘンダーソンの顔を見た。それを聞いていた艦長のハウゼー大佐が、
「分かりました。適任者を見つけ、案内させます」
そう言って、あたかも既に候補者を絞ってあるかのようにスクリーンパネルに指示を打ち込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます