第10話 第三章 リギル (2)


星系の映像が消え、エラーソン中尉が部屋を出ていくとファイツアーは、ハインケル星系評議会代表に連絡を取った。


ファイツアー大将のオフィスを出たシャインは、ノースサウス衛星の自走エアカーに乗ると自分が乗ってきた連絡艇に行く通路の前で降りた。

「シャイン提督。ご苦労様でした」

連絡艇の連絡通路の前にある待合室でシャインの姿を見つけるとメグ・マーブル中尉はすぐに待合室を出て声をかけた。


「これからだよ。私の処分もこれからだ」

「しかし、提督は一生懸命やりました」

「マーブル中尉、経過ではなく結果だ。特に軍人はな」

そう言うとシャインは、マーブル中尉と共に連絡艇のドックのエアロックがオンになっていることを確認して、ドックのドアを開けた。


マーブルは、自分とシャイン提督がドックに入るとドック内側からドアをエアロックモードにして連絡艇のドアを開けた。シャインはマーブル中尉が開けた連絡艇のドアを通り、後部座席にあるシートに座ると体をホールドした。

シャイン中将が、シートに体をホールドするのを確認すると、マーブルはコクピットの席に座り、自分の体をシートにホールドした。


ヘッドホンとコムが兼用になっているヘッドセットを頭につけ、コムに向かって

「第二艦隊所属第五四連絡艇発進準備完了。宙港管制センター、エアロック解除願います」

「こちら宙港管制センター、第二艦隊所属第五四連絡艇。航路クリア、エアロック解除する。第八航路に向けて前進して下さい」

「了解」

正面のランプがグリーンからレッドに変わり、エアロックが解除になるとノースサウス衛星の衛星間連絡艇発着港が目の前に見えた。

衛星間連絡艇用の発着港は下層にある為、少し進まないと衛星の通路カバーから抜け出せない。それもやがてクリアするとマーブルは右手で補助噴射のバーを一目盛りほど前に進めた。

エネルギーパックからエーテル推進剤がエンジンに供給されると第五四連絡艇は、乗員の背をぐっとシートに押しつけるように加速した。

指定の第八航路に乗り、シャイン提督と自分の住む第二軍事衛星に向かう。


第二軍事衛星・・直径八キロ、厚さ二キロの円盤形の軍事要塞である。一個艦隊が駐留している。円盤の上部外側は強化軽合金クリスタルパネルで覆われておりその中に要塞に住む人々の空気、水、食料をまかなってくれる五〇キロ平方にも渡る広大な牧草地帯、田園風景が広がっている。

軍艦艇は円盤の外側から順に航宙戦艦、航宙母艦が第一層、航宙巡航戦艦、航宙重巡航艦が第二層、航宙軽巡航艦、航宙駆逐艦が第三層、そして第四層が哨戒艦、特設艦、工作艦、輸送艦、強襲揚陸艦のドックヤードになっている。

ドックヤードは円盤の外周部から二キロまでとなっており、その内側直系六キロを円盤の上部から居住地区、商用地区、工業地区、資材地区と順に中心部に向かっている。

居住地区が一番外側なのは、円盤の外にある田園地区が居住者の公園兼用しているのは言うまでもない。

そして円盤の中心分にこの軍事衛星の心臓部とも呼ぶエネルギープラントとグラビティユニットがある。核融合エネルギーによって生み出されるエネルギーは半永久的に運用でき、この衛星が完全な自給自足の衛星であることを物語っている。

リギル星系の首都星、第三惑星ムリファンの上空四五〇〇〇キロにノースサウス衛星含め一一個が静止衛星として浮かんでいる。ノースサウス衛星の他、六個が軍事衛星、残り四個が経済、流通を主とする衛星である。


その第二軍事衛星の最上部の軍艦艇とは半円形の反対側にある連絡艇発着ヤードのゲートが見えてきた。

「こちらシャイン提督乗艦。第二艦隊所属第五四連絡艇です。入港許可願います」

「こちら第二軍事衛星宙港管制センター。識別シグナル確認。入港を許可。航路一六第三二ゲートを使用して下さい」

「こちら第五四連絡艇。ありがとうございます」

第一六航路に入ると誘導レーダー波を受信した第五四連絡艇はゆっくりとゲートに近づく。


ゲートをくぐると軍事衛星側が閉じている第三二ゲートに着いた。今入ってきたゲートの入り口が閉まり、目の前のランプがレッドからグリーンに変わるとエアロックがオンになり、衛星側のゲートが両側に開くように解除された。

体をシートにホールドしていたベルトをはずすとシャインは、マーブルに向かって

「すぐに自分のオフィスに戻る。謹慎の身だからな」

と言った。宙港管制センターの誰かが用意してくれたのか、自走エアカーが第三二ゲート通路の出口に止まっているのを見ると

「提督。解りました。すぐにオフィスに行きます」

そう言って、シャイン提督を自走エアカーに乗せ、シャイン提督のオフィスへ移動した。


その頃、軍事統括ユアン・ファイツアー大将は、ハインケル評議会代表とともにタミル・ファイツアー星系連合体ユニオン代表のオフィスにいた。

「話は分かった」

タミル・ファイツアーは一瞬、目をつむると

「ミールワッツ星系は、一〇年前に我々の同盟であるペルリオン星系が見つけたものだ。その後、開拓に手間取っているとはいえ、ミルファク星系が手を出す理由はない。あそこは既に我々の星系だ」


はっきりとした口調で甥のユアン・ファイツアーとハインケルに言うと

「星系外交部を通じてミルファク星系評議会にはミールワッツ星系から手を引くよう申し入れるが、簡単には引かないだろう。いずれにしろ、ミールワッツ星系第三惑星付近に留まっているミルファク星系軍には出て行ってもらう。ユニオン星系連合評議会に諮った後、武力で排除するしかないだろう。そこに交渉の糸口を見つけるつもりだ。口で言って聞きわけてくれる相手ではないからな」


そう言うとスクリーンパネルのセクレタリボタンを押して

「ペルリオン星系代表マイク・ランドル議員とアンドリュー星系代表アヤコ・ヤマモト議員を至急呼んでくれ。緊急の評議会を開催する」


翌日、ノースサウス衛星の中枢部にあるユニオン星系連合評議会のビルの中、ちょうどビルの中央部分の会議室では、三人の星系代表とタミル・ファイツアー議長、そしてユアン・ファイツアー大将が丸いテーブルを前に向かい合っていた。

「今回の緊急招集の目的はなんでしょう。ファイツアー議長」

ペルリオン星系代表マイク・ランドルは言うと、ハイケルに今回のことには深入りしたくないという露骨な視線を向けた。


ペルリオン星系は、自星系を中心として後ろに航行不可能な宙域、右三〇〇光年にアンドリュー星系、前方四〇〇光年にリギル星系、左斜め前方五〇〇光年に未開拓のミールワッツ星系が位置する星系で、この二つの星系と同盟を結んでいれば、特に軍事的な問題は発生しないという状況がある。

その為に軍事力も星系内防御と宙賊対策だけを目的とした大きさである。リギル星系の技術力を元に開発した同型艦として

シャルンホルスト級航宙戦艦二四隻

テルマー級航宙巡航戦艦二四隻

ロックウッド級航宙重巡航艦一二八隻

ハインリヒ級航宙軽巡航艦一二八隻

ヘーメラー級航宙駆逐艦二四〇隻

ビーンズ級哨戒艦一二八隻

航宙母艦は持たない。通常の一個艦隊とは異なった編成の理由は商用面にある。商用ベースで実に三〇〇隻もの大型星系間輸送艦を持つ。

大型星系間輸送艦は全長一五〇〇メートル、二〇〇万トンもの物資を一度に運ぶことができ、常時一〇〇隻が運行している。問題は宙賊の出現である。

彼らは輸送艦を拿捕し、他星系に売飛ばしたり、輸送艦の返還の代わりに莫大な資金を要求してくるのである。

この問題に手を焼いたペルリオン星系は、リギル星系と同盟を結び軍事的援助を求める代わりに安価に資源を提供する方法をとった。その結果、このような編成になったのである。


ペルリオン星系は、資源は豊富で重金属からレアメタルまで豊富な資源を有する惑星が四つ。それを含め主星ペルリオン恒星の周りに八つ惑星をもつ星系である。

その資源を元に軍事や通信に必要な特殊合金を多数開発している。これをリギル星系、アンドリュー星系を含む、近隣の数百光年の星系から二〇〇〇光年先の星系にまで輸出している。故に経済は非常に豊かである。今回の件に関わりたくないというのも頷ける。


ファイツアーは、ランドル、ヤマモトを見るとハインケルに促すように視線を送った。

「ランドル代表、ヤマモト代表。今回来て頂いたのは、既にご存じと思いますが、我が星系艦隊がペルリオン星系との合同演習から帰還中、ミールワッツ星系にてミルファク星系軍との間に戦闘が偶発的に発生しました」

ハインケルは、一呼吸置くと

「ミルファク星系軍はミールワッツ星系第三惑星付近に布陣し、動く気配を見せておりません。ミールワッツ星系はペルリオン星系が発見し、同盟として共同開発を行う予定の星系です。我が星系としては、星系外交部を通じてミルファク星系軍にミールワッツ星系からの撤退を要求するつもりですが、同盟星系の皆さんにも協力して頂きたいことがあり、集まって頂いた次第です」

ハインケルは、意図的に同盟星系と付け加えることで今回の件を同盟星系内の問題にしたかった。


「偶発的ですか。うわさでは、こちらから戦闘行為に及んだと言っている者もいると聞きます。ペルリオンとの合同演習に見せかけてこの機会を待っていたのではないですか。現に三〇光分後退した後、エネルギーとミサイルを補充して攻撃を仕掛けたと聞いていますぞ」

 ランドルは、この機にユニオン代表をリギル星系出身からペルリオン星系出身者に変えることを狙っていた。

もし、このままリギル星系が独自で進んで行けば、疲弊した星系の代表がユニオン議長を務めるのは難しい。ここは協力する振りをして、リギルの弱体化を狙う作戦を考えていた。

 この会議に参加しているもう一つの同盟星系アンドリュー星系代表アヤコ・ヤマモトは、無言のまま二人のやり取りを聞いていた。


ランドル代表の言葉の裏に露骨に見えるものを感じながら、ハインケルは、この男は自分に利益しか考えないのかと頭の中で思った。しかしそんなことおくびにも出さずに

「ランドル代表。もしミールワッツ星系がミルファク星系に属することになれば、貴星系のビジネスも今を維持するのは難しいのではないか。ミルファクは、西銀河の中でも中堅の星系。これ以上の経済力、軍事力を持てば、西銀河連邦の常任理事星系として迎えられ、その力はより強大なものになる。今でさえ、西銀河連邦の非常任星系となっているのです」

そう言うとハイケルは、ヤマモト代表を見た。


アンドリュー星系は、小規模ながら自星系維持の為に数個艦隊を持ち、同盟星系以外の他星系との経済交流も行っている。経済的にも裕福であるが、一星系だけで、平和維持は困難と考え、軍事力の大きいリギル星系と同盟を結んだ。

この事により、アンドリュー星系は、リギル、ペルリオン星系側からの敵対的進入を考慮しなくてよくなり、軍事力を未開発星系の調査及び同盟星系の反対側の防御に集中できるようになった。


今の安定を失いたくないのが、アンドリュー星系代表ヤマモトの考えだ。しかし、ハインケル代表の考えにも一理ある。

もしミルファク星系がミールワッツ星系を抑えるとなると、現在、安定的な同盟を結んでいるこの三星系に不安要素を持ち込むことになる。それは避けなければならない。そう考えるとヤマモトは、

「ハインケル代表の言葉にも聞くものがあります。ここは、ミールワッツ星系からミルファク星系軍を撤退に追い込み、軍事的優位に立った上でミルファク星系との停戦条約と不可侵条約を結ぶのが、良いと判断します」

ヤマモト代表の突然の意見にランドルは、腹の中にしこりを感じながらヤマモトを睨みつけた。

ユニオン議長ファイツアーは、

「星系連合体として、今回の事件は、早々に収拾するのが得策と考えます。ミルファク星系軍がこのまま、ミールワッツ星系に居座れば、星系領有権を既成事実化される。ここは、リギル星系外交部を通じてミルファク星系にミールワッツ星系からの撤退を要求すると共にミールワッツに艦隊を派遣して、ミルファク軍に撤退の圧力をかける。但し、戦闘行為はあくまで、初期の交渉が決裂した場合だ。そしてミルファク軍をミールワッツから追い出してから再度交渉に持ち込む。これでいかがですかな。ランドル代表」


ランドルは、仕方なく応じると

「ミールワッツ星系へ派遣する艦隊編成と、各星系への割り当てはどうします」

できれば、なるべく派遣する艦隊を少ない方向に持ていきたかった。

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