第7話 第二章 ミルファク (3)

(3)

ウッドランドは、

「艦隊を派遣するとしても編成と時期は如何します。第一七艦隊は修復中です。艦隊の派遣準備を開始すれば、いたずらに我が星系内に緊張をもたらすだけです。ここは慎重に事を進めたほうがよいのではないですか」

そう言うとセイレン議員の顔を見た。


「艦隊派遣は第一八艦隊に行ってもらえばよい。表向きは第一九艦隊との交代です。チャン・ギヨン中将もやる気十分と聞いています」

とイエン議員からの口が出ると、

それを聞いたウッドランドはギヨン中将か、イエン議員と組んで次期星系評議会代表の座を我がものにしようとしている輩だ。しかし第一八艦隊だけでいいのか。第一九艦隊のキム・ドンファン中将は堅実な軍人だが、艦隊戦の経験は少ない。航路調査と資源探査で名をあげたような人間だ。やはり第一七艦隊にも行ってもらうしかないようだ。そう頭の中で考え、


「第一八艦隊は鉱床探査の引継ぎもあり、艦隊編成に民間の調査要員を同行させます。万一戦闘になった場合、鉱床探査の民間人も守って頂けなければならない。万一民間人に犠牲者が出た場合、ギヨン中将にも責任が発生する。ここは第一七艦隊も一緒に出動してもらいます。なお、第一七艦隊は中波以下の戦闘艦の修復と予備艦艇の補充を行った編成とします」

ウッドランドは強い口調でイエン議員とセイレン議員の顔を見ながら言った。

ウッドランド提督に睨まれたイエン議員は、顔をこわばらせながら

「それはいい考えだ。ここは星系外交部の交渉結果を待つ間、第一七艦隊の修復と整備を行って貰いましょう」

と言った。

「それでは皆さん、今日はこれまでにして星系外交部からの連絡を待ちましょう。」

そう言うとキャンベルは評議会を閉会させた。


 キャンベルは、イエン議員とセイレン議員が並んで評議会会議室を出るのを待って、ウッドランドに

「今回の評議会は、和平の方向で進めると決まりましたが、まだ予断は許しません。提督もとりあえず、今は待ちの体制でお願いします」


 数日後、ウッドランドは、キャンベル星系代表にスクリーンパネルから話しかけた。

「やはり、リギル星系外交部から連絡がありましたか。要求は予想通り、ミールワッツからの撤退と損害賠償請求ですか」

「その通りです。リギル星系側は、帰還中の艦隊を一方的に攻撃して来たミルファク星系の横暴だ」

と言うことです。キャンベルの言葉にウッドランドは、

「そうですか。星系評議会は、どのように対応するつもりですか」

「現在、星系外交部が交渉に当たっていますが、進展はありません。評議会としては予定通り外交部の最終結果を待って判断します」

キャンベルはそう言うと

「では、我々は当面は、動かなくて良いという事ですか」

ウッドランドの言葉に

「いえ、我星系の希望に沿う結果は得られないでしょう。但しイエン議員のように強行的な行動を行うつもりはありません。評議会としては、戦闘行為に入るのだけは避けたいと考えていますが、万一の場合に備えて艦隊の整備をしておいて下さい」

「了解しました」

とキャンベルに答えるとキャンベルの映像がスクリーンパネルから消えた。


 ウッドランドは、艦隊の整備か。艦隊の整備は、キャンベル代表に言われることではない。出動の準備をしておけと言うことではないか。星系評議会は、力ずくでミールワッツ星系を我星系に組み込もうとしている。そう考えると、少し左の脇腹にしこりが出来たように重く詰まるものがあった。


 アルテミス9の居住区の一角。軍艦艇の宙港から中心部に延びるF2A幹線走行路から少し入ったところに第一七艦隊A3G宙戦隊長ユーイチ・カワイ中佐の官舎がある。 

 そしてもう一人、肩まで伸びるきれいな髪をポニーテールにして、切れ長の目にすっと通った鼻。少し小さめの唇が面長の顔にバランスよく配置された若い女性がいた。

「今回の派遣は本当に怖かったわ。マザーテイルが撃沈され、ラインが攻撃を受けた時は、もうだめだと思ったわ。でもあなたが帰還した時、ほっとして涙が出そうになった」

「大丈夫だよ。僕もマザーテイルが撃沈されたと聞いた時、驚いたけど、航宙母艦は防御力が戦艦並みだし、簡単には、撃沈されないよ。マザーテイルは、布陣の一番敵側に近かったからだろう。それにたとえどんな事がってもマイは必ず僕が守ってみせる」

マザーテイルは、航宙戦艦の内側にいた。シューベルトが被弾した時だ。敵の戦闘艦が、側面をすごい力で突いてきた。たぶんあの時やられたのだろうそう考えた後、意識を振り払い、マイが入れてくれたコーヒーをユーイチはおいしそうに飲んだ。


 オカダ少尉は、一年半前に士官学校を卒業し、カワイ中佐と同じ第一七艦隊航宙母艦ラインの戦闘機発着管制官として配属された。知り合ったきっかけは、航宙母艦ラインのコンパである。

 航宙軍人はほとんどの時間を派遣宙域の艦の中で過ごす。故に民間人と接することがほとんど無い中で、軍に入って一〇年未満の連中が年に何回か合同演習という名目で・・本来の意味とはだいぶ違うが・・違った時間を過ごす。いわゆるコンパである。


 一年前、カワイ中佐は戦闘機スパルタカスのシミュレーション演習が長引き、シェルスターの商用区にあるレストランれもんで開かれた合同演習に遅れそうになった。

 自走エアカーから降りたカワイ中佐は走行路からそんなに遠くないレストランれもんの入り口に走って行った時、靴のかかとが自走エアカー走行路の電磁路に引っかかり困っている女性を見つけた。


「どうしたんですか・電磁路に靴が挟まっている様ですが」

ヒールを何とか電磁路の隙間から抜こうとして抜けずに挟まり困り果てていた処に声を掛けられた方向に顔を向けると

「僕が抜いてみましょう」

いきなりの言葉と動けない状態に仕方なく頷き、足を靴から脱ぐと

「お願いします」と言った。

遅れていると思いつつ、その女性のヒールを電磁路から取ろうとしたが抜けない。

「大丈夫です」

と言う女性の忠告を振り切り、強引に引き抜いた時、ポッコンと音がして、ヒールが靴の底から取れてしまったのである。しきりに謝るカワイ中佐に

「いいです」

と言ってバランスの取れない靴を履きながらオカダ少尉は歩き出した。仕方なくカワイ中佐も、れもんの入り口に向かって歩き出したが、その女性も同じ方向に歩くのである。


 一〇メートル程歩いたところ、ちょうど、れもんの入り口から二メートル程のところで、いきなりその女性は振り向き

「もういいって言ったでしょ」

とキッとした顔で怒ったのである。その女性の顔を見てかわいいなと思いつつ

「いえっ、自分も行く方向が同じなので」

と言ったのだが、何を間違えたかオカダ少尉は、カワイ中佐に近づいて来て、いきなりカワイ中佐の頬を平手打ち。


 普段格闘技を教練として行っているカワイ中佐もまさかこんなかわいい女の子がと思ったスキにやられたのである。挙句大きな声で

「私はミルファク星系軍第一七艦隊所属の少尉です」

と言ったものだから、何をどう言っていいのやら。

 周りを見ると見物人が、カワイ中佐に向かってひそひそ、ぼそぼそ。最悪だと思ったところに、声を聞きつけたのか

「マイ、なにやっての。遅れているから心配したのよ」

とオカダ少尉の知り合いだろう女性たちが二、三人、れもんの入り口から出てきた。

そこへ女性たちの後ろから

「カワイ中佐、何やってんですか。遅いじゃないすか」

A3G部隊の連中が、またまた、れもんから出てきた。

それを聞いたオカダ少尉は、カワイ中佐の顔を見ながら中佐・・・頬が赤くなった中佐殿を見て、どうしていいのやら・・

 それ以来、ライン所属の連中から、勝手なうわさを立てまくられ、そんなことはどうでもと思いつつ、それは世の常、結局、今に至っている。


「今回の出動は、表向き第一九艦隊との交代となっているが、実際には、リギル星系軍との戦闘も想定されているらしい。出来れば、マイには行ってほしくない」

「無理言わないで。同じラインに所属する軍人として行かない訳にはいきません。それにユーイチが行くんだから・・」

そう言うとマイは、ユーイチのぬくもりが残るベッドに座った。そばに来たマイの肩を抱きながら

「出動まで後一週間だ。いろいろ忙しくなる。マイとこうしていられるのも後二日だ・・」そう言うとカワイは自分の持っているコーヒーカップをサイドテーブルに置いた。


 数日後ウッドランドは、中枢区にあるミルファク星系航宙軍作戦会議室に第一七艦隊司令チャールズ・ヘンダーソン中将、同艦隊A2G司令マイケル・キャンベル少将、同艦隊主席参謀ヘラルド・ウォッカー大佐、同艦隊副参謀ダスティ・ホフマン中佐、同艦隊副参謀ガイル・アッテンボロー中佐、第一八艦隊司令チャン・ギヨン中将、同艦隊主席参謀イアン・ボールドウィン大佐、同艦隊副参謀ミル・ラムジー中佐、ロイ・ウエダ中佐を呼んだ。


「諸君らに集まってもらったのは、ミールワッツ星系に駐留している第一九艦隊の交代を行う為だ。もちろんこれは表向きの言い方だ。本当の目的は、ミールワッツ星系の永続的な駐留を確固たるものにする為、予想されるリギル星系軍の攻撃を撃破することにある。それを持ってリギル星系と優位に交渉しようというのが星系評議会の意向だ。そこで交代艦隊の第一八艦隊だけでなく、第一七艦隊も一緒に派遣することになった。リギル星系軍は本星系艦隊ばかりでなく、星系連合体ユニオンのアンドリュー星系軍、ペルリオン星系軍も出てくることが予想される。よって諸君はミールワッツ星系に駐留している第一九艦隊と共にこれを撃破し、第一八艦隊が継続してミールワッツ星系に駐留できるようしてくれ」


 ウッドランドがそう言うとイアン・ボールドウィン主席参謀は、少し眉上げ、ウッドランド大将の顔を見た。そして

「我艦隊が戦闘で被害が大きかった場合、継続して駐留することが困難な状況になることが予想されます。その場合どのように行動すれば宜しいでしょうか」


「主席参謀、ユニオン加盟軍は、宙賊退治がやっとの素人の集まりだ。わが軍だけでも十分と思うぞ。第一七艦隊には、後ろでのんびり休んでいてもらってもよいと考えている。評議会代表は、心配症なのだろう」


 チャン・ギヨン中将はそう言うとリギルの腰ぬけどもにやられるとは第一七艦隊も情けないものだ。腹の中でそう言いつつ、ヘンダーソン中将の顔を見た。

 チャン・ギヨンは猪突猛進的な戦闘で自軍に多大の被害を出しながらも、敵に対しても多くの損害を与えてきた。その功績で中将までなった男だ。戦術もない昔ながらのぶつかり合いだけの時代ならばそれでいいだろうが、今回も同じ風に行くかな。ボールドウィン主席参謀のせっかくのプラン提示もこの提督の下では役に立たないな。そう腹の中で考えながらヘンダーソンはギヨンの顔を見返した。

 

 そんな二人の腹の中を知ってかウッドランドは、話を戦術面に持って行った。

「今回は第一八艦隊が左翼を中央が第一九艦隊、第一七艦隊を右翼に持ってくる。第一九艦隊は無傷の状態だが、第一七艦隊は、先の戦闘で艦艇数も少ない。第一九艦隊は駐留で疲れているだろう。今回は、第一八艦隊が先鋒となり、ユニオン加盟軍を叩いてくれ」

ウッドランド大将の言葉にギヨン中将は、満足そうな顔をして

「当然の布陣です。第一七艦隊と第一九艦隊には休んで頂きましょう。お疲れでしょうからな」

自慢げにそう答えるとウッドランド大将の顔を見た。

ウッドランドは、ヘンダーソン中将とギヨン中将の二人の顔を見ると、ナカタニ中尉に

「はじめてくれ」

と言った。

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