第6話 第二章 ミルファク (2)

(2)

四〇分後、B一〇四連絡艇は、シェルスターの第三層にある、衛星間連絡ゲートに着いていた。

シノダ中尉はヘンダーソン提督が自走エアカーに乗りこむのを待って、自分も前に乗り込みスクリーンパネルに自分のIDをかざし、スクリーンパネルが軍関係者の表示に変わるとウッドランド大将の待つ中枢区へ行くボタンにタッチした。

これは、政治経済治安の中枢部であるシュルスターならではのセキュリティだ。軍事衛星であるアルテミス9では、このセキュリティはない。民間区域と軍事区域で分けてあるためだ。

ゲートを離れると第三層から第一層の中枢区へ行く各層間をつなぐ環状線に乗った。周りの景色がゆっくりと流れながら第一層に着くと今度は港から中枢区に伸びる幹線道路に乗る。工業地区、商業地区、政府関係者居住区を抜けると中枢区が見えてくる。

中枢区にある外側の環状に乗り左手に中枢区を見ながら少し走ると上級士官のオフィスがある建物の前で自走エアカーは停止する。

シノダ中尉は走行路に接地したことを体で感じるとガルウイングを開けるスイッチを押した。ヘンダーソンはシノダ中尉に建物の中にある待合室で待つように指示をすると自分は、ウッドランド大将のオフィスへと足を向けた。

ウッドランド大将のオフィスの前に着くと、ヘンダーソンは胸に着けていたIDをドアの右側にある非タッチ式ボードにかざすと緩やかな音と共にドアが開いた。

ヘンダーソンが部屋に入りすぐに航宙軍式敬礼をすると、ウッドランドは答礼し、

「ごくろう。椅子に座りたまえ」

大きなテーブルの前にある椅子の一つを勧めた。

ヘンダーソン中将が座るのを確認するとウッドランドは、自分のデスクにあるスクリーンパネルのセクレタリボタンを押すと入口に近いドアが開きアルト・ナカタニ中尉が現れた。

「中尉、始めてくれ」

部屋が暗くなり、大きなテーブルと思っていた上に三次元の映像が現れる。ミルファク星系とその近辺の星系。その航路が星系間にブルーの光となって走る。重重力磁場を利用した公式な航路チャートだ。

やがて銀河系の中心に向けてミルファク星系の前方にある航行不能宙域を大きく左に迂回するように緑色の光点が未開拓の星系をつないでいく。これらの星系はミルファク遠征艦隊が調査し、人類が住んでいない未開の星系をつなぐ重重力磁場を利用した非公式なチャートである。

その光点は、一つの星系で停まった。ミールワッツ星系である。星系が拡大され現在駐留している第一九艦隊の布陣が現れた。

ウッドランドが、ナカタニ中尉を見て促すと今度は、第一九艦隊が消えて第一七艦隊が第二、第三惑星付近に展開している様子が映し出される。

第三象限からリギル星系軍が現れるとすぐに消えた。そして第一七艦隊が第三象限側に集まると、いくつかの光点が、リギル星系軍が現れた方向に進み赤い点をまき始める。宇宙機雷である。

少し時間がたつとリギル星系軍が現れ、戦闘の様子が次々と表現されていった。最後にミルファク星系第一九艦隊の到来とともにリギル星系軍の左翼が崩れ始めると右に押され始め機雷源に近づき始めた。

数隻が機雷に攻撃されるとリギル星系軍が第一七艦隊と宇宙機雷の中間点を下に抜けるようにミールワッツ恒星方面に移動した。

ここまで三次元映像が映し出されると、やがて映像は、また第一九艦隊の布陣の映像に戻った。


「リギル星系軍の艦隊司令官の手腕、たいしたものだ。中将が第三惑星を後ろに防戦の隊形で構えたことを利用して艦隊を包むように展開してくるとはな」

そう言うとウッドランドはヘンダーソンの顔を見た。

「申し訳ありません。惑星上には、まだ、探査資材を残してあり、惑星の後ろには、輸送艦など非戦闘艦を置いていましたので、積極的な戦術を取れませんでした。A2Gのマイケル・キャンベル少将の部隊が善戦してくれたおかげで何とか第一九艦隊が来るまで持ちこたえられました」

ヘンダーソンがそう言うと

「今回は仕方ない。正規編成で無いからな。探査資材を積んでいる輸送艦と強襲揚陸艦付だ。第二、第三惑星の探査が無事終了した事を思えば、作戦は成功したと見なしていいだろう。問題はこれからだ。現在第一九艦隊が探査を引き継いでいてくれるが、リギル星系がこのまま黙っていまい。現在、星系外交部を通じてリギル星系にミールワッツ星系の領有権と和平調停をしてもらっているが、うまくいくとは思えない。向こうは一個艦隊の半数を失ったからな。第一九艦隊のキム・ドンファン中将からも両星系間の状況について教えてくれるよう催促が来ている。ところでヘンダーソン中将、今後の対応について君の意見を聞きたい」

そう言ってウッドランドは、ナカタニ中尉に三次元ディスプレイをそのままにして部屋に下がるように指示した。

「ウッドランド大将、リギル星系は、最初にミールワッツ星系の放棄と今回受けた艦隊の賠償を求めてくるでしょう。最終的な落とし所はミールワッツ星系の放棄というところだと思います。もし我星系がミールワッツ星系の駐留を止めない場合、第一九艦隊を武力で排除しようするでしょう。我星系がミールワッツを領有するとなればリギル星系としては、隣に仲の悪い隣人を置いておくことになります。ここは引かないと考えます」

ヘンダーソンがそう言うと

「それは、飲めない相談だな。軍人は政治に口を出さないが、外交で決着をつけることができないものだろうか」

ウッドランドは、一五〇〇光年も離れた先で戦闘が始まれば、その補給面で不利になっていくことを懸念した。軍事力からいっても負けないだろうが、必ずしも勝てる保証もない。今回もあの司令官が出てくるようだとまずいことになりそうだそう思うと

「ヘンダーソン中将、いずれにしろ、第一九艦隊と交代する必要がある。交代は第一八艦隊のチャン・ギヨン中将に行ってもらうが、万一のこともあるので、君も行く準備をしておいてくれ。損傷した艦の修復と補充については、連絡する」

ウッドランドの言葉にヘンダーソンは直立して敬礼するとオフィス出て行った。


ウッドランドは、ヘンダーソンがオフィスを出るのを待ってキャンベル星系評議会代表に連絡を取った。

ヘンダーソンは、オフィスに戻りながらリギル星系とあの艦隊の司令官の事、調べておく必要がありそうだそう思いながら近づいてくるアルテミス9の姿を見つめていた。


翌日、星系評議会代表部の会議室にキャンベル星系代表、ラオ・イエン星系評議会議員、ダン・セイレン星系評議会議員、軍事統括としてウッドランド大将が集まった。

キャンベル代表が最初に全員の顔を見渡すと

「今日、皆さんに集まって頂いたのは、ミールワッツ星系で発生した第一七艦隊とリギル星系軍の戦闘の後処理についてです。現在、ミールワッツ星系では、第一九艦隊が第一七艦隊の後を継いで鉱床の調査に当たっていますが、リギル星系がこのまま何もしないで見ているということはないでしょう」

そこまで言うと一呼吸置き、議員たちの反応を見た。誰もまだ話そうとしない。そこでキャンベルは、

「皆さんの意見を聞いて星系評議会として今後の方針を決めたいと考えています」

そこまで言った時、

「リギル星系軍は、第一九艦隊の猛攻を受けて、散々たる体で逃げたというではないか。これを機に一気にリギル星系に対して攻勢に出て、ミールワッツ星系を我星系領としようではないか。その後にリギル星系と交渉すればいい。ウッドランド提督、勝算はあるのだろう」

イエン議員に突然名前を出されたウッドランドが、眉間に皺を寄せた時、キャンベルは、まったく状況が分かっていない。簡単に事が運ぶなら苦労はしないと考えながらも

「イエン議員、リギル星系との戦闘の拡大は、わが星系にとっても負担です。一五〇〇光年先の星系に戦いを仕掛けて、無傷で済むと思っているのですか」

とキャンベルは言い返したが、イエンは、セイレン議員の顔をちらりと見ると

「それは、星系軍の仕事だ。うまくやるのが、彼らの仕事だろう。」

と言った。

ウッドランドは、腹の中が燃え上がるような気持ちだった。自分一人で行って来い。自分たちは手を汚さず、後方で高みの見物をして重荷は軍に回す。と頭の中で考えながらイエン議員とキャンベル代表の顔を見た。

そこにセイレン議員が、イエン議員に向かって

「ではイエン議員。あなたも顧問として一緒に行ったらどうだね。その目で良く見れるぞ。あなたの希望している状況が。そういえば、あなたの御子息は、後方の補給部隊だそうだね。一緒に行ったらどうかね」

セイレン議員の言葉に真っ赤な顔になったイエンは、

「私は、議員としての職務がある。そんなところに行っている暇はない。それに私の息子は志願して兵役に就いたのだ」

本当は、形だけの兵役に就かせ、周りに体裁を作っただけであった。前線や調査派遣などさせたら、何が起こるか分からない。ふざけるなそう思いながら、立場が悪くなったイエンは、口を開けるのをやめた。

セイレンは、

「ここは、星系外交部を通じて和平交渉に持っていくのが、妥当だろう。無理して傷口を拡げるより、終息に向けた取り組みをした方がよいと私は思う」

おかしいな。軍需産業のトップであるセイレンが、いつもと違った意見をいっている。普段は軍の資材の消耗を望んでいるセイレン議員が、和平交渉を望むなど考えられないそう思いつつキャンベルは、

「私も、まだリギル星系とは和平交渉の余地があると考えています。ウッドランド提督からの報告でもあくまで遭遇戦であり、わが軍も撤退するリギル星系軍を追うようなことはしていないと聞いています。今は、星系外交部の手腕にかけてみましょう」

「しかし、交渉が決裂した場合はどうします。評議会として中途半端に状況を先延ばし出来ないでしょう。もし、リギル星系軍が、第一九艦隊に攻撃を仕掛けてきた場合どうします。我星系としてミールワッツ星系を見捨てるということは、今まで投資した責任をだれかが取らなければなりません。ミールワッツ星系を失うわけには行きません。交渉が決裂した時の場合に備えて星系軍にも派遣の準備をして頂いた方が宜しいのではないでしょうか。交渉がうまくいけばそれに越したことはないが」

セイレン議員のうって変わった言葉にやはり思い違いか。今回の調査派遣でずいぶん援助しているからな。自企業の利益をしか考えないやつが、綺麗なことを言うのはおかしいと思った。そう思いながらウッドランドは、思いはおくびにも出さず三人の話を聞いていた。

イエンは、何か言いたそうな気持が顔に出ていたが、流れが自分に不利と悟ったのだろう。何も言わず黙っていた。

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