第5話 第二章 ミルファク (1)

第二章 ミルファク


(1)

銀河系の西側、オリオン座腕からペルセウス座腕に唯一伸びる宙域にあるミルファク星系。

 太陽系からは、二五〇〇光年離れた宙域に位置する星系。ミルファク星系は、銀河系中心部方向に行く為には、広大な航宙不可能な宙域・・西銀河航路チャートがなく、星もまばらな為、重重力磁場を利用した航法では航宙出来ない宙域・・があり、銀河系中心部方向へ行くには、時計回りにオリオン座腕に沿って航宙する左航路と反時計回りにペルセウス座腕に沿って航宙する右航路を利用しなければならない。


どちらも星系の多い宙域に開発された西銀河航路チャートを利用した航行が可能であるが、両航路とも更に一回り遠い宙域では、未知の星系が多く存在していた。

ミルファク星系は、ミルファク恒星を中心に八つの惑星があり、今から一七四五年前に恒星から少し離れた人類生存帯域にある第四惑星メンケントと第五惑星バーダンに人類が移住した。


 ミルファク星系を統治する星系評議会が、第四惑星メンケントを首都星と定め政治と軍事の両方から星系を統治している。今回のミールワッツ星系への派遣も星系評議会の決定事項として実施された。

当初はミールワッツ星系の鉱床の探査を行い有望な鉱床であれば、星系連合体ユニオンと共同開発か、分割開発の方向で考えていたのである。よって今回の派遣は、星系連合体ユニオンには未通知事項として密かに行う予定であった。

ところが、その派遣は誰もが考えていなかった予想外の方向に動いたのである。


「キャンベル代表、ミールワッツ星系から帰還したヘンダーソン中将の報告を読みましたか」

軍事を統括するウッドランド大将は、目の前にあるスクリーンパネルからナオミ・キャンベル星系評議会代表に声をかけた。

「ええ読みました。全く予定外の行動があったようですね」

シェルスターの自分のオフィスでウッドランド大将より連絡を受けたナオミ・キャンベル星系評議会代表はそう答えた。


シェルスター・・ミルファク星系は首都星を第四惑星メンケントに定めている。その上空四五〇〇〇キロに浮かぶ人口衛星である。

治安維持や政治組織が惑星上だけであった時代、宇宙との往来は、軌道エレベータによって行われていた。しかし人口の増加と星間同士の流通の増加などにより軌道エレベータがネックとなって行った。

 今から一五〇年前、星系の政治、経済、軍事の機能維持を目的とした人口衛星を建設した。最大長二〇キロ、最短長一五キロ、厚さ三キロの二枚貝の形状を持ち扇方に広がった形の衛星である。

扇方の先が航宙艦の港、三層に分かれ、最上部が星系間連絡艦、中間が星間連絡艦、最下部が首都星や他の衛星と往来する連絡艇の港になっている。

中心部に向かって港のすぐ手前に資材ヤード、工業地区、次のブロックに中央部が商用地区、その両脇がシェルスターで働く人々の居住区、貝の中心部のすぐ手前が政治、経済、軍事関係者の居住区。

そして円形状の中心部に政治、経済、軍事、警察の建物があり港から中心部向けて幾本もの幹線道路とそれを交差する環状線が走っている。

しかし、これらはすべて衛星の内部にあり、衛星の表面に位置するところは大型の強化軽合金クリスタルパネルで覆われた一五〇キロ平方に渡るミドリプラントと呼ばれる牧草地、田園風景が広がる巨大な人口衛星である。

衛星のその姿からシェルスター名付けられ、政治、経済、軍事、警察の中枢として機能している。軍艦艇を収容する衛星は軍事衛星として別途存在する。

キャンベル星系評議会代表のオフィスとウッドランド大将のオフィスは、その中枢地区の中にある。


「今回の件で、イエン委員などがこれを機にリギル星系を奪取しろとふざけたことをいっています。今、そんな行動に出てみなさい。西銀河連邦がこれを良い機会だとして一気に西銀河連邦治安維持星系の対象にしてしまいます」

キャンベル代表の強い口調を聞きながらウッドランドは、頭の中で考えていた。

西銀河連邦は軍事、経済の強力な星系同士が集まってできた組織だ。軍事力だけでも三〇〇倍、経済力にして五〇〇倍の差がある。

 西銀河連邦は、各有力星系同士が牽制し合い、その領土拡大ができないでいる。故に危険分子と判断された星系や独自に治安維持ができない星系等を吸収し、自分たちの星系体に組込もうと虎視眈々としているのだ。

今回は遭遇戦だ。構えて戦闘を行ったわけではない。


「連邦への言い訳は考えておかなくてはなりません。これは、何とかなるとしても、リギルとの今回の騒動の収拾に向けた交渉の糸口を見つけるのは容易ではありません。向こうとしても一個艦隊の大半を失いました。お互い運が悪かったではすまないと思います。いずれにしろ、至急評議会を開催して、事の収拾にあたらなければなりません。協力をお願いします。詳細については後ほど連絡します」

「はっ、承知致しました」

ウッドランドがスクリーンパネルの前でミルファク航宙軍式の敬礼を行うとキャンベルの映像が消えた。ウッドランドはキャンベル代表との会話が終わると

「ヘンダーソン中将に私のオフィスに来るよう伝えてくれ」

スクリーンパネルのセクレタリボタンを押しながらそういうと窓の向こうに目をやった。


 チャールズ・ヘンダーソン中将、資源探査の為にミールワッツ星系に派遣された第一七艦隊司令官である。そのヘンダーソン中将のオフィスは、シェルスターと同一軌道上にある軍事衛星アルテミス9にある。


軍事衛星アルテミス9・・・第一七艦隊と第一八艦隊の衛星基地。直径一〇キロ、厚さ四キロの円盤形をしており、上下に円盤を二キロで区切り上半分が第一七艦隊基地、下半分が第一八艦隊基地である。

 円盤の両面上部外側は強化軽合金クリスタルパネルで覆われており外側二〇〇メートルから内側の中に衛星に住む人々の空気、水、食料をまかなってくれる約七二キロ平方にも渡る広大な牧草地帯、田園風景が広がっている。

 軍艦艇は円盤の外側(正確には上部の外側)から順に戦艦、航宙母艦が第一層、巡航戦艦、重巡航艦が第二層、軽巡航艦、駆逐艦が第三層、四層そして第五層、六層が哨戒艦、特設艦、工作艦、輸送艦、強襲揚陸艦のドックヤードになっている。

 ドックヤードは、円盤の外周部から内部に二キロまでとなっており、その内側直系六キロを円盤の上側から居住地区、商用地区、工業地区、資材地区と順に中心部に向かっている。居住地区が一番外側なのは、円盤の外にある田園地区が居住者の公園兼用しているからである。

 そして円盤の中心分にこの軍事衛星の心臓部とも呼ぶエネルギープラントがある。核融合エネルギーは推進剤によって安定した供給が出来るようになっており、これよって生み出されるエネルギーはこの衛星の全てのエネルギーを賄っており、外部からの供給を必要としない点では、この衛星が完全な自給自足の衛星であることを物語っている。

 このアルテミス9と同じ軍事衛星が一〇基、シェルスターと同一軌道上を回っており、惑星メンケントからは静止衛星となっている。


 このアルテミス9の第一層の奥、居住地区の港側にチャールズ・ヘンダーソン中将のオフィスがあった。

「ヘンダーソン中将、ウッドランド大将より連絡が入っています」

着信音と共にスクリーンパネルにシノダ中尉の顔が現れ、そう報告を受けると、すぐにつないでくれとヘンダーソンが応答した。

 スクリーンパネルにウッドランドの姿が現れるとヘンダーソンは、ミルファク航宙軍式敬礼をするとスクリーンパネルに映るウッドランドも答礼をした。

「ヘンダーソン中将、報告書は読んだ。今回は大変だったな。偵察隊は予想範囲内だったが、まさかリギル星系の正規艦隊が現れるとは誰も予想していなかったことだ。今回の件で評議会の委員たちがにぎやかになっている。詳しく話を聞きたいので私のオフィスに来てくれ」

「了解しました。すぐに伺います」

そう言うとスクリーンパネルからウッドランドの姿が消えた。スクリーンパネルのセクレタリボタンを押すと

「シノダ中尉、ウッドランド大将のオフィスに行く。シェルスターへの連絡艇を手配してくれ」

と言った。

 連絡艇は、アルテミス9第一層の軍艦艇がある円の反対側から出る。そこまでは自走エアカーが走っている。

 ヘンダーソンはミルファク航宙軍士官が着る紺色の制服を着ると鏡の前で乱れを直した。

 中将の肩章は金板に星二つ、胸には航宙軍を現すミルファクスターが光っていた。

 オフィスのドアを出て、自走エアカーが走っている道路まで歩いて二分。既にシノダ中尉は、エアカーの前で待っていた。エアカーのガルウイングが上がり、後部座席にヘンダーソン中将が乗り込むと続いて前部座席にシノダ中尉が乗った。

「中将、連絡艇は、五六番ゲートです」

ヘンダーソンは頷くと、シノダは自走エアカーを始動した。少し浮き上がると軽いマグネット音とともにスーッと前に動き出した。

後は交通管制システムに組み込まれた情報を元にエアカーが五六番ゲートまで連れて行ってくれる。エアカーのシートは固めだが、走行路に接地していないので全く振動がない。大きく開かれた窓は搭乗者の都合でスモークにもクリアにも出来る。

時計回りに右方向に走っていくとやがて港に行く検問所が見えてきた。自分たちが来た側は軍艦艇及び軍関係者のみが住んでいるが、連絡艇のある港側の移住区は民間人も住んでいる為、出入りに検問所が設けられている。

検問所に近づくと、既に連絡が入っているのか衛兵が直立の姿勢で敬礼をしていた。シノダ中尉は一度エアカーを止めると窓を開け、

「ヘンダーソン中将がシェルスターに行かれます」

とだけ言うと衛兵は、

「どうぞお通り下さい」

と言ってほぼ金属の塊に近いゲート開けた。ヘンダーソンは衛兵に答礼しながら、頭の中で仕方ないことだが、この鉄の塊のゲートはもう少しましなものにならないかと考えていた。

 外部侵入者が強行突破できないよう、二〇ミリ携帯レーザーキャノンでも壊れない厚さ二メートル高さ三メートルの重合金ゲートだ。


 やがて宙港が見えてきた。こちらは、首都星連絡艇、衛星間連絡艇の他、軍事資材や民間物資を輸送する輸送艦も出入りする。連絡艇の周りには、宙港で働く人々や衛星に移動する民間人、軍人で賑わっていた。

 自走エアカーの走る右手には、簡単な食事スペースや夜になるとバーになるだろうお店が多く並んでいる。そんな中をヘンダーソンの乗るエアカーは、やがて五六番ゲート前に着いた。

停まる瞬間、ほんの少し走行路に着地するショックがあるが、気にするほどではない。シノダ中尉が、ガルウイングのドアを開けるとヘンダーソンは、エアカーを降りて周りを見た。


円周で三一.四キロの内、連絡艇のゲートとして使用されているのは、約半分の一五キロ。大小の連絡艇ゲートが二〇〇ある。以外は輸送艦用と修理ドックになっている。五六番ゲートは時計回り方向に五六番目にあるゲートだ。

シノダ中尉はエアカーの走行路から一〇〇メートル先にあるゲート入り口に小走りに向かうと、ゲート内の状態ランプがグリーンになっていることを確認して搭乗側エアロックを開けた。

中には、長さ七〇メートル、幅三〇メートル、高さ六メートル、先端を丸くした蒲鉾形のシルエットとエターナル推進エンジンを持つ中型連絡艇が待っていた。既にドアが開かれ、客人の到来を待っているようだった。

シノダ中尉が搭乗側エアロックを開けたのを待ってパイロットが連絡艇の入り口に出てきていた。

ヘンダーソン提督が近づくと航宙軍式敬礼で

「提督お待ちしておりました。提督が御乗艇次第発進します」

ヘンダーソンは、答礼しながら、連絡艇の中に入ると縦横二〇メートルの正方形の客室の中に簡単なカウンターバーとゆったりとした椅子が置かれていた。

 将官か星系評議会の高官だけが乗ることのできる連絡艇である。ヘンダーソンがゆっくりと椅子に座るとシノダ中尉が少し離れた後ろの椅子に座った。

それを確認したパイロットは連絡艇のドアを閉め、内側からのロックボタンを押すと、パイロットルームへ移動した。

「宙港管制センター、こちら第五六番ゲート、B一〇四連絡艇、発進準備完了」

パイロットが告げると

「こちら宙港管制センター。第五六番ゲート、エアロック解除」

数秒後、

「エアロック解除完了。進路クリア。B一〇四連絡艇発進許可。第一二航路を利用して下さい」

「B一〇四連絡艇。了解」

パイロットは宙港管制センターからの発進許可が出ると、進行側ゲート内側にあるエアロックランプがグリーンになっているのを確認して、ランチャーロック解除ボタンを押した。

 連絡艇を包んでいたゲートの正面が両サイドに開くと連絡艇の下にあったランチャーロックが外れ、連絡艇がガクンと軽く下に動いた。そのまま下に少し動くとやがてゆっくりと前進し始めた。

宇宙に出るまでに宙港のゲートから六〇〇メートル。これは輸送艦のゲートとの関係もあり、この長さになっている。

ゲート内進行中は誘導ビームに乗っているので、極めてゆっくりと前進する。やがて、ゲートを離れるとパイロットは、右側にあるレバーを一目盛りゆっくりと前に倒した。エターナル推進剤がエンジンに投入され、連絡艇が押される。

ヘンダーソンは、少し椅子に背中が押されるのを感じながら、ゲートを出たなと感じた。

連絡艇の客室は、強化クリスタルパネルで覆われている。スモークにもクリアにも出来る。

 アルテミス9を出ると、ヘンダーソンはクリスタルパネルを淡いクリアにして左手にアルテミス9の姿を見ながら、これからウッドランド大将と話すことになるだろう事を考えていた。

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