第3話 第一章 遭遇(3)

(3)

 それから二九時間後、補給を済ませたリギル星系軍第二艦隊が同じ宙域に戻ってくるとミルファク星系軍は、各象限に散らばっていた各艦隊の体制を整え第三惑星前方に布陣していた。距離四二光分。双方が第一級戦闘速度で向かっていけば約五時間で射程範囲に捉える事が出来る。


「グラドウ主席参謀。敵の位置がはっきりしている以上、すぐに戦闘ははじまらない。無駄な緊張は解しておくべきだ。全艦隊に標準戦闘隊形にて前進。各艦長は士官、兵を二時間交替にて休憩をとらせろ。と伝えてくれ」

シャイン中将は告げると、前方のスコープビジョンに移る敵の動きに目を向けた。

 標準戦闘隊形。各艦艇を四つの戦闘グループに分け一つのグループがエリザベート級航宙母艦を中心に前方にヘーメラー級駆逐艦、次いでハインリヒ軽巡航艦、ロックウッド重巡航艦、左右にテルマー級巡航戦艦、後方にシャルンホルスト級航宙戦戦艦を配置した標準戦闘隊形である。 

 二グループを上下にその間に二グループを左右に分け形である。前方からみればひし形に上から見れば三角形に見えるこの体系は、敵艦隊の体系により柔軟に対応できるもっとも標準的な戦闘隊形とされている。


「司令もお休みになったらどうですか。司令の言うとおりすぐに戦闘は始まりません」

グラドウ主席参謀がそういうと

「そうだな。交替で休むとするか」


それから四時間後・・

「レーダー士官敵の動きはどうだ」

「第三惑星の前方に展開していますが、動いている様子がありません」

「グラドウ主席参謀。ライアン副参謀を呼んでくれ」

ライアン副参謀が来るのを待って、

「二人の意見を聞きたい。敵艦隊が布陣したまま動いていない状況をどう見る」

「まだ、惑星上の作業が終わらず、とりあえず戦闘隊形を整えただけで、動くに動けない状況ではないでしょうか」

そう言うとライアン副参謀はグラドウ主席参謀に目をやった。

「私もそう思いたいのですが、少し解せません。敵は既二九時間前に我々を捉えています。戦闘するにしろ、撤収するにしろ、未だに惑星上に兵や物資を残しておくのはおかしい気がします。何か別の理由があると考えます」

「しかし、敵が惑星上の鉱床の確保とこの星系の主権を考えているならば、ここは守らなければならないと考えます」

ライアン副参謀がグラドウ主席参謀の考えに自分の意見を出した時、

「前方三〇〇万キロにアクティブソナー型機雷多数。後二五〇万キロで反応範囲内に入ります」

「全艦、減速。機雷との距離を一〇〇万キロで維持しつつ、時計回りに機雷源を迂回しろ」

「敵も我々が補給を完了するまでのんびり待ってくれていたわけではないようだ」

そう言うとシャインは目をつむった。


 ミールワッツ星系調査派遣艦隊は、リギル星系軍が後退し、補給を行っている間に前方六〇〇万キロに二〇〇万個のアクティブソナー型宇宙機雷を敷設した。アクティブソナー型宇宙機雷は、従来の熱源感知型機雷と違い、自ら指向性ソナーを持ち、動力源を切って慣性航法を使用しても近寄ってくる物体に対して機雷自身が進んでいく機能を持っている。


「敵さん。うまく停まってくれましたね」

アッテンボロー副参謀は、ウォッカー主席参謀とホフマン副参謀を両方に見ながら言った。

 ミールワッツ星系調査派遣艦隊第一七艦隊司令チャールズ・ヘンダーソン中将は、敵艦隊発見の知らせを受けた段階で資源調査を速めるとともに、荷電粒子砲の最大射程から機雷反応最大距離を差し引いた宙域に機雷を敷設する指示を出した。

こうすれば、機雷除去は不可能になる為、敵は大きく迂回しなければならない。

これこそがヘンダーソンの目的であった。

「あと八時間か。ぎりぎりだな。やはり無傷で第一九艦隊にバトンタッチというわけにはいかなそうだ」

ヘンダーソン司令の独りごととも思える言葉にウォッカー主席参謀はうなずくと

「敵が今の位置から機雷を迂回するのに三時間。双方が射程内に入るのに二時間。戦闘で三時間は持たせないといけません」

「仕方ない。敵迂回方向に戦闘隊形を防御隊形にて布陣しろ。ミサイルの射程に入り次第。発射しろ」


五時間後・・・

ミサイル最大射程を持つミルファク星系アテナ級重巡航艦とリギル星系ロックウッド級重巡航艦が先に発射した長射程ミサイルの戦闘から始まった。

長射程ミサイルは、敵艦隊方向軌道に発射し、三〇万キロを切った段階でミサイルの探知レーダーとミサイル同士の相互連動により目標に向かって進む。


「ミサイル至近。アンチミサイル、mk271c(アンチミサイルレーダー網)発射」

 双方のミサイル迎撃態勢を整えている駆逐艦の艦橋で命令が飛び交う。

 ミサイルを迎撃するのは、駆逐艦の役目である。敵が至近でもない限り駆逐艦搭載のミサイルでは敵艦艇まで届かない。よって先行する駆逐艦がミサイルを迎撃する役目になる。

 ミサイルを迎える艦艇側は、アンチミサイルとアンチミサイルレーダー網を艦隊の前方に発射することでミサイルのレーダー波を撹乱させミサイルを迎撃する。タイミングが早くても遅くても有効にならない為、ミサイルの餌食になる艦は多い。駆逐艦レベルだと一発で完全に宇宙のチリとなる。


「敵艦隊。戦艦主砲の射程内に入りました。」

「よし、撃て」

ミルファク星系軍は、防御優先の台形型、跳び箱を横にして上を前にだしたような状態の戦闘隊形を敷いた。ミルファク星系軍は、全面にワイナー級軽巡航艦、その両脇をヘルメース級駆逐艦、後続にアテナ級重巡航艦、すぐ後ろにアルテミス級航宙母艦、両脇を外側からポセイドン級巡航戦艦、アガメムノン級戦艦で固めた。

 この体制は、すぐに一つまたは二つの標準戦闘隊形に変更でき、相手方の攻撃に対して強い防御を行いつつ、すぐに攻勢に移れるというメリットを持つ。


 ミルファク星系軍の左翼を守るA2Gのマイケル・キャンベル少将は、ヘラルド・ウォッカー主席参謀に

「始まったな」

と言うと

「A2G1、座標アルファ三五○.一五、ベータ二五〇.一六、ガンマ四〇.一六に移動。A2G2座標アルファ三五○.一五、ベータ二七○.一六、ガンマ六〇.一六に移動」

 キャンベルは、ミルファク星系軍の体系が敵艦隊に対して左肩上がり右に突き出すような体系にとった。

 これにより味方艦艇に塞がれていた、最左翼に布陣していたアガメムノン級戦艦とポセイドン級巡航戦艦が敵艦隊の右翼に対して左斜め上から主砲を向けられるようになる。

「A2G全艦、敵が射程に入り次第、主砲を撃て」

 アガメムノン級戦艦は、スフィンクスの前足の様に突き出た荷電粒子砲が両足にそれぞれ二門ずつ装備されている。過熱を考慮しこの二門を交互に撃つのである。

核融合エンジンから取り出されたエネルギーを利用してエネルギーパックに充填されているプラズマよりエネルギーが高い荷電粒子を亜光速にまで加速し射出する、収束型荷電粒子砲である。

口径が二〇メートルと巨大な為、メガ粒子砲とも呼ばれている。その巨大なエネルギーをリギル星系軍が守る右翼に斜め上から浴びせかけた。

六〇万キロまで近づいた、先行するヘーメラー駆逐艦に荷電粒子エネルギーが到達すると、ものすごい光と衝撃によって全長二五〇メートルある艦の後ろ三分の一が消滅した。

 ハインリヒ軽巡航艦が核融合エンジンに直撃を受け一瞬の光と轟音(宇宙空間では音は伝達しないが)の後、そこにいたはずの全長三五〇メートルの軽巡航艦はチリと化していた。シャルンホルスト級航宙戦艦やテルマー級航宙巡航戦艦も被弾する。


二時間後・・双方に被害を出しながらも戦線が膠着していた時、ミルファク星系軍第一七艦隊旗艦アルテミッツのレーダー士官が、

「敵艦隊。開いていきます」

と叫んだ。

 艦隊司令ヘンダーソン中将は、一瞬目を開き、ごくりと唾を呑んだ。前方のスコープビジョンに映る敵艦隊が人食い花のように大きな口を開いて見えたのである。

 上下左右に三角形の体系をしていた布陣が、左右の艦隊は横になっていた三角定規が九〇度底辺を縦にして更に前方を前に対して左右に広げた。

上下の艦隊はそれぞれ上下に動いた。まるで台形体系をとっているミルファク星系軍を飲み込むような布陣である。

そのリギル星系軍が第一戦闘速度で第一七艦隊に迫ってきた。


「シューベルト被弾。マザーテイル撃沈」

「なに、マザーテイルが撃沈」

 航宙母艦も外側を守っていたアガメムノン級航宙戦艦シューベルトが被弾し、一番攻撃が受けにくい位置に布陣させている航宙母艦マザーテイルが撃沈された。

ヘンダーソン中将は、戦闘が自軍に不利に進んでいることを感じ始めていた。

「敵エリザベート級航宙母艦よりミレニアン戦闘機が出撃しました」

「こちらもスパルタカスを出せ」

 副参謀アッテンボロー中佐の言葉に第一七艦隊司令ヘンダーソン中将はそう指示を出すとスコープビジョンを見ながら苦味虫をつぶしたような顔になった。


 人類が地球という星の海の上で戦っていた時代から、その戦場が宇宙空間に代わっても制宙権を取ったほうが戦いを有利に進められる。

 既に双方が一〇万キロ近くまで接近していた。宇宙では目の前である。まさに近接戦闘の様相を呈していた。


「A3G宙戦隊カワイ中佐。発進準備完了」

「エアロック解除。発進して下さい。気をつけてね」

「えっ」

と舌を噛みそうになりながら、目元を緩ませる。

 アルテミス級航宙母艦の戦闘機射出口から強烈なダウンフォースを感じながら射出されると、同時に射出された三六機のスパルタカスを確認した。

「ジャック、キリシマ、キリン。各中隊射出できたか」

無事に射出を確認すると左ポケットにある小さなデジタルカードを見た。

「ちょっと行ってくる」

そう言うとカワイは、目の前に映るモニターパネルに目を向けた。全ての計器がグリーンであることを確認すると、口元のコムに向かって

「全機聞いているか。普段通りやれ。必ず三機一体でかかれ。カッコつけるなよ。英雄気取りに幸運の女神は微笑まないぞ」

 顔を前に向けるとリギル艦隊から発進したミレニアン戦闘機群が、最大速度でこちらに向かってくるのを直視した。

スパルタカス戦闘機・・全長二〇メートル、全高五メートル、全幅五メートル、エネルギーパック型推進エンジンを持つ。

 戦闘型と雷撃型があり、前者は、制宙権を目的とし両脇に内蔵型八〇センチ収束型荷電粒子砲を二門ずつ計四門備えた対戦闘機型機体である。後者は近接対艦ミサイルを装備した対艦攻撃機体である。

カワイは迫ってくるミレニアン戦闘機を視界に入れると、スクリーンパネルがロックしたことを確認した。

 別に肉眼で見えるわけではない。フルフェース型ヘルメットの視界の中にレーダーによる光学点が見えるのである。

 その光点を目が認識するとヘルメットから荷電粒子砲制御システムに指示が送られロックされる。

と同時に両脇から光の帯が伸びると、すぐに右ペダルを強く踏んだ。強烈な横Gとともに右に回転した機体の左側をオレンジ色の光が通り過ぎていく。ほんの一瞬のことである。 

 機体の回転を戻し、ヘルメット越しに見るとグリーンの点が一瞬赤くなり消えた。敵は荷電粒子エネルギーを受ける前に撃ったのであろう。そう考えると次の目標点を探した。

 一時間後、四機のミレニアンを撃墜したカワイが戦闘母艦ラインに戻ると、移住区と核融合エンジンの間にある格納エリアの横に大穴があいていた。

 スパルタカスがそのまま入れそうな穴である。すでに自動補助機密液が硬化している。空気が漏れてはいないだろうが、内部は隔壁が閉鎖され入れないようになっているのだろう。

ずいぶん、やられているな。そう独り言をつぶやくと、機体射出口の下に機体を持っていた。後は自動である。射出口が開き、格納アームが伸びてきて、機体をつかむとそのまま機体格納エリアへ引き上げら。

「A3G宙戦隊カワイ中佐。着艦完了」

シューという音と供に前方のエアロックがレッドからグリーンに変わると、機体を包んでいたパネルが両脇のレールに吸い込まれていった。

すぐに整備員が取り付き、外側からスパルタカスのコクピットのロックを解除すると上方に持ち上がったコクピットカバーの下にコクピットに収まったカワイが

「ふーっ」

と息を吐いて立ち上がった。

「もう一度出そうだ。すぐに推進エネルギーパックの充填と荷電粒子エネルギーパックの補充を頼む」

そういうと周りに目を向けた。スパルタカス格納エアカバーが締めたままになっている格納エリアが、まだずいぶん残っている。

結局、二回目の出撃はなかったが、後に各中隊長からの報告で実に八機ものスパルタカスが撃墜されたことを知った。三六機中未帰還機八機、一回の出撃で実に二〇%の損耗である。

他の隊はどうなんだろうかそう独り言をつぶやいた。


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